目次
セットアップ:画像の読み込みと下準備
手動デジタイズは、マシン刺繍の「設計」です。流れるように縫えるデータになるか、30秒ごとに糸切れするデータになるかの差は、ここで決まります。ここでは Wilcom EmbroideryStudio e4.2 を使い、2段構成のロゴ――スクリプトの「Miami」と、ブロックの「FLORIDA CIRCUIT」――を手動でデジタイズしていきます。
ゴール: 画像をなぞるのではなく、糸の引き(プル)や針の動きを前提にした「縫いの設計図(スティッチマップ)」を作ります。

手順1 — ビットマップ(JPG)を読み込む
- ツール位置: 上部ツールバーの Import Graphic をクリックします。
- ファイル選択: フォルダを開き、画像が表示されない場合はファイル形式のプルダウンを All Graphic Files または JPG に切り替えます。
- 確認: ワークスペース上に画像が配置されればOKです。
チェックポイント: 100%表示で文字の輪郭(ピクセルのエッジ)が判別できること。ここがボケていると、ノード位置が甘くなり、仕上がりも崩れやすくなります。
手順2 — 余白を削ってビットマップをトリミングする
余白が大きいと、必要以上に画面を引いて作業することになり、ノードの精度が落ちます。先にトリミングして、視線と作業範囲をロゴに集中させます。
- 選択: 画像をクリックして選択します。
- メニュー: Graphics > Crop Bitmap を選びます。
- ツール: Rectangle を選択します。
- 実行: ロゴの外周を囲むようにドラッグしてトリミングします。

成功基準: ロゴに対してキャンバスが適切に詰まり、ワークスペースの「散らかり感」が減ります。
手順3 — 画像をロックして動かないようにする
これは必須です。 拡大縮小や選択の途中で背景画像がわずかでもズレると、最後まで気づかずに位置ズレのデータを作ってしまい、試し縫いで初めて発覚します。
- 選択: 背景画像をクリックします。
- ロック: キーボードの K を押します。
チェックポイント: 画像をドラッグしても動かないこと。動く場合は、もう一度 K を押して状態を確認します。
注意: ロックを飛ばさないでください。途中で背景を合わせ直す手戻りが大きく、作業が止まる原因になります。
デジタイズ前のサイズ感チェック(現実確認)
動画のデザインはおおよそ 横30 cm(約12インチ)で、いわゆる「ジャケットバック」相当のサイズです。
- 物理的な補足: このサイズ感だと、幅のあるサテンは分割なしでは糸が浮きやすくなります(後述の Auto Split が重要)。
- 運用上の補足: 後から大きく縮小する前提なら、最初から目的サイズでデジタイズする方が安全です。縮小は密度バランスが崩れやすく、糸切れ・針折れの原因になり得ます。
手動デジタイズの要点:Column A の使い方
ここからは「量産目線」です。自動デジタイズは輪郭線のような結果になりがちですが、手動では Column A で左右の“土手(バンク)”を作り、角度と流れをコントロールします。

手順4 — Column Aでスクリプトの「M」を作る
- ツール: Column A を有効にします。
- 考え方: 文字を“道”だと考え、左側・右側をペアで打ってサテンの通り道を定義します。
- 入力の基本(重要):
- 左クリック=角/直線ポイント(「M」の先端など、シャープにしたい箇所)
- 右クリック=曲線ポイント(ループのふくらみなど、滑らかに回したい箇所)
- 進め方: 幅や曲率が大きく変わるタイミングごとに、左右1組のポイントを追加していきます。
チェックポイント: 黄色のワイヤーフレーム(左右を結ぶ“はしご”の段)が、流れとして自然に見えること。ここが糸の角度になります。
左クリック/右クリックを分ける理由
刺繍機は「不規則」が苦手です。ノードが多すぎたり、曲線が角扱いになっていると、縫い目がガタついて布上で粗が出ます。
- 現場ルール: 曲線は「必要最小限のノード」で形を作る。
- 見た目の基準: 高速道路のカーブのように滑らかであること。ギザギザだと縫いもギザつきます。

仕上げ調整 — Reshapeで縫い流れを整える
一発で完璧に打つ必要はありません。最後に整えます。
- ツール: Reshape(ノード編集のアイコン)を選びます。
- 操作: ノードをドラッグして輪郭を滑らかにし、“はしごの段”(角度線)が自然につながるように調整します。

チェックポイント: コーナーでサテンが急に詰まったり、内側に寄って団子状に見える場合は、角度線の流れを少し分散させてください。
学習者がつまずきやすい点(操作の切り分け)
カーブが四角っぽく見える場合は、曲線にしたいノードを「角(直線)」で打っている可能性があります。該当ノードの種類を見直し、曲線として扱われているか確認します。
必須設定:下縫い(Underlay)と Auto Split
画面上で綺麗でも、布が引かれてシワになれば失敗です。ここで“縫えるデータ”にします。
手順5 — 下縫い(Center Run)と下縫い長さを設定する
下縫いは、表糸の前に布とスタビライザーを押さえる土台です。
- プロパティ: Column Aオブジェクトの Object Properties を開きます。
- タブ: Underlay を選びます。
- 設定:
- Underlay Type: Center Run(中心に1本走らせる)
- Underlay Length: 2.00 mm

補足: 下縫いが粗すぎると土台が弱くなり、表サテンが安定しません。動画では 2.00 mm を基準に設定しています。
手順6 — Auto Splitで“長くて緩いサテン”を防ぐ
幅のあるサテンは、糸が長く渡るほど引っ掛かりやすく、見た目も緩くなります。そこで Auto Split で分割して押さえます。
- プロパティ: Fills タブへ移動します。
- 操作: Auto Split を有効化します。
- 設定:
- Auto Split Length: 7.00 mm
- Stitch Spacing(密度): 0.40 mm

密度(0.40 mm)の考え方: 動画で使用している基準値です。まずはこの値でプレビューと試し縫いを作り、素材に合わせて微調整するのが安全です。
Auto Splitが実際に解決していること
Auto Split を入れないと、幅のある箇所で針が長距離を渡り、糸が浮いてループ状になりやすくなります。
- リスク: 引っ掛け・ほつれ・見た目のだらつき
- 対策: Auto Split が途中で針落ちを作り、見た目を大きく変えずに糸を押さえます。
渡り縫い(Run Stitch)でトリムを減らす
トリムが多いほど停止回数が増え、量産では時間ロスになります。つながる箇所は“渡って隠す”のが基本です。
手順7 — 渡り縫いを入れて不要なトリムを回避する
トリムは積み上がると大きなロスになります。つながる構造なら、渡り縫いで連結して流れを作ります。
- 判断: 「M」の脚など、次のサテンで覆える移動があるか確認します。
- ツール: Run Stitch を選びます。
- 操作: 1つ目のセグメント終点から、次のセグメント開始点までをランでつなぎます。
- 配置: 後でサテンに覆われる“内側”を通すのが原則です。

チェックポイント: 細いランの線がサテンの下に隠れるルートになっていること。
現場のコツ:ブロック文字は手動で作る理由
名前刺繍のような一般テキストなら自動文字でも便利ですが、ロゴの文字は形が独自であることが多く、手動の方が“版下どおり”に合わせやすくなります。
手順8 — 「FLORIDA CIRCUIT」をColumn Aで手動デジタイズする
- 方法: 同じく Column A で作成します。
- 打ち方: 「F」「L」など角が多い文字は、基本は左クリック(角/直線)中心で組み立てます。

チェックポイント: 角が必要以上に丸くならないこと(ロゴ指定の角度・形状に合わせる)。
手順9 — 繰り返し文字は複製して揃える
同じ「I」を何度も打ち直すと、微妙な差が出て目立ちます。1つを完成させて複製する方が、品質も作業効率も安定します。
- 作成: まず「I」(または「R」など)を1つ、丁寧に作ります。
- 複製: 選択して Duplicate(Ctrl + D)。
- 配置: 背景画像に合わせて位置を調整します。


補足: 同一オブジェクトを複製すれば、形状・ステッチ構成が揃い、見た目の統一感が出ます。
準備(Prep)
デジタイズが終わっても、勝負は半分です。ここからはPCの外、実際の縫製準備に移ります。初心者が失敗しやすいのは、ソフト操作よりも“準備の抜け”です。
量産現場では、ここを標準化できるかが生産性に直結します。胸位置などの配置を毎回揃えるために、枠固定台 を使って段取りを組む現場もあります。
見落としがちな消耗品&事前チェック(省略しない)
糸だけでは回りません。最低限、次を揃えてください。
- 3. 接着スプレー/仮止めデータ: 枠張りを強くできない場合に、スタビライザーを布に固定するため。
- 2. 新しい針: 75/11が基準。ニットはボールポイント(BP)、布帛はシャープを目安に。
- 3. 糸切り(ハサミ): 切れ味が落ちると糸端が荒れ、スタートが汚くなります。
- 4. 適正サイズの刺繍枠: 小さいデザインに大きすぎる枠は振動が増え、品質が落ちやすくなります。
注意: 針の安全確認。 糸掛け前に針先を目視し、指先(爪)で軽く確認します。引っ掛かり(バリ)がある針は即交換してください。バリは糸を傷め、糸切れや生地ダメージの原因になります。
チェックリスト — Prep(本番データ化の前)
- 見た目: 版下画像は十分に高解像度か?
- スケール: 仕上がりサイズは確定しているか?(デジタイズ後の大幅な拡大縮小は避ける)
- 資材: 必要な糸色が揃っているか?
- 状態: ミシンは清掃されているか?(ボビン周りの糸くず確認)
セットアップ(Setup)
データが指示書なら、刺繍枠とスタビライザーは“布を従わせる装置”です。ここがブレると、同じデータでも結果が変わります。
枠張りを毎回まっすぐ・同じテンションで揃えるのは難易度が高い作業です。そこで、枠張りの再現性を上げる目的で、ミシン刺繍用 刺繍枠 を比較検討するオペレーターも多く、枠跡(枠のリング跡)や手首負担の軽減が判断軸になります。
分岐で選ぶ:試し縫い用スタビライザーの考え方
シワ(パッカリング)を減らすための基本分岐です。
- ケースA:伸びる素材(Tシャツ、ポロ、機能性ニット)?
- 結論: カットアウェイ(Cut-Away)
- 理由: ニットは縫製中も着用・洗濯でも動きます。カットアウェイは形状保持に強く、歪みを抑えます。
- ケースB:安定した素材(デニム、キャンバス、ツイル)?
- 結論: ティアアウェイ(Tear-Away)
- 理由: 生地自体が支えになるため、縫製中に平らに保てれば十分なことが多いです。
- ケースC:毛足がある素材(フリース、タオル)?
- 結論: カットアウェイ + 水溶性トッパー
- 理由: 毛足に糸が沈むのを防ぎ、文字の輪郭を出しやすくします。
チェックリスト — Setup(ソフト側)
- 版下: ビットマップはロック済み(K)
- 流れ: 開始点/終了点は無理がないか
- 物理: 下縫いが有効(Center Run/2.00 mm)
- 物理: 大きいサテンに Auto Split(7.00 mm)が入っているか
- 保存: マスター(.EMB)と機械用(.DST/.PES)を分けて保存
運用(Operation)
ここから実行です。家庭用1針でも業務用多針刺繍機でも、考え方は同じです。
量産で重要なのは「再現性」です。段取り時間を詰める目的で、手作業の位置合わせから 刺繍用 枠固定台 に移行し、ミシン稼働中に次の衣類を準備する運用もあります。
手順フロー(チェックポイント付き)
- スクリプトから作る: まず「Miami」を進める。
- チェック: カーブは右クリックで打てているか。
- 整形: Reshapeで流れを整える。
- チェック: 角度線が不自然に折れていないか。
- 物理設定: 下縫い・密度・Auto Splitを確認。
- チェック: 密度 0.40 mm、Auto Split 7.00 mm。
- 連結: 渡り縫いでトリムを減らす。
- チェック: 隠れるルートになっているか。
- ブロック文字: Column Aで作り、繰り返しは複製。
- チェック: 文字の水平・間隔が揃っているか。
作業スピードを上げる練習(反復の型)
速くするコツは、雑に急ぐことではなく「同じ形を少ないノードで安定して作る」ことです。1文字を繰り返し作り、ノード数を減らしながら形状を保てるか試してください。
チェックリスト — Operation(ミシン側)
- 下糸(ボビン糸): 途中で足りなくならない量か(目視)
- 上糸経路: テンションディスクに正しく入っているか(軽く引いて抵抗を確認)
- 刺繍枠: 枠張りテンションが安定しているか
品質チェック(Quality Checks)
画面だけを信じないでください。画面は糸調子、布の引き、針のたわみを見せてくれません。

画面上のチェック(Wilcom)
- 渡り縫い: 渡りがサテンの下に隠れているか(見える位置に出ていないか)
- 開始/停止: 段取り上、無理のない位置になっているか
実縫いチェック(触って確認)
試し縫いを行います。
- サテンを指でなでる: 滑らかで適度な盛り上がりがあるか。ザラつく場合は密度過多、または下縫い不足の可能性があります。
- 生地を曲げる: 板のように硬い場合は、密度や下縫い設定の見直しが必要です。
- 角を見る: 角が丸くなる場合は、ソフト側で補正(プル補正)の検討が必要になります。
量産では枠張りの再現性が品質変動要因になります。hoopmaster 枠固定台 のようなワークフロー(または互換のマグネット運用)で位置ズレを減らし、不良を抑える現場もあります。
トラブルシューティング
問題が起きたら、落ち着いて 経路 → 針 → データ の順で切り分けます。
症状:サテンが長く浮く/ループが出る
- 原因: 幅があるのに分割がなく、長い渡りが発生している。
- 対処:
- Auto Split がONで、7.00 mm になっているか確認。
- 上糸テンションが緩すぎないか確認。
症状:デジタイズ中に背景画像が動く
- 原因: ビットマップをロックしていない。
- 対処: 画像を選択 → K。
症状:枠跡(リング跡)が残る
- 原因: 従来枠は摩擦と圧で固定するため、繊維を潰したりテカリが出やすい。
- 対処: 道具の見直し(枠の種類・固定方法)を検討。
症状:厚物の枠張りで手首が痛い/作業がつらい
- 原因: 厚手の縫い代や段差に対して、枠のはめ込みに力が必要。
- 対処: 枠張りがボトルネックなら、マグネット刺繍枠 の導入検討も選択肢になります。厚みのある箇所でも押し込み力を減らしやすく、枠跡の軽減にもつながる場合があります。
注意: マグネットの安全。 強力磁石は工業用工具です。ペースメーカー等の医療機器には近づけないでください。また、吸着時の挟み込みに注意し、指をフレーム間に入れないようにしてください。
仕上がり(Results)

この流れで進めると、「勘」ではなく「設計」でデジタイズできるようになります。版下に似せるだけでなく、ミシンが安定して縫える構造になります。

「プロっぽい仕上がり」の基準
- 隙間がない: サテンが適切にかぶり、下地が見えにくい。
- 硬すぎない: ワッペンのように板状にならず、布のしなやかさが残る。
- 裏が汚くない: サテンの裏が極端に荒れず、下糸(ボビン糸)の出方が安定している。
道具のアップグレード導線(学習→利益)
ソフトを覚えるのがステップ1、ワークフローを整えるのがステップ2です。 データが安定してきたのに生産が遅い場合、ボトルネックは「枠張り時間」になりがちです。マグネット刺繍枠 使い方 を含め、従来枠との段取り差(速度・生地保護・作業負担)を比較し、必要な生産量に合わせて最適化してください。
