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デザインサイズの分析:フラット(ポロ) vs 帽子
デジタイズは「線をなぞる作業」ではなく、毎分1000針クラスで動く刺繍機の負荷に耐える“工学設計”です。ノードを1つ置く前に最優先で決めるべきなのは、そのデザインを何に確実に収めるかです。
このワークフローでは、安定したポロ(フラット)と、立体的な帽子(3Dパフ)の両方で使えるサイズにした「マスターデータ」を作ります。これを基準にすれば、用途ごとに最初から作り直す手間を減らせます。
両対応の基準サイズ(デュアルユースの目安):
- 幅: 3.5インチ(左胸の定番サイズ)
- 高さ: 2.0インチ(帽子で安全に収まりやすい高さ)

このサイズ設定が防げる典型トラブル
初心者に多いのが、シャツ向けに高さを大きめ(例:2.5インチ)で作ってしまい、あとから帽子に載せたときに額のカーブや下側の縫い目(スウェットバンド付近)に当たってしまうケースです。後で縮小すると、サテン柱が細くなりすぎて破綻しやすくなります。
現場のコツ: 最初から高さを2.0インチに抑えておくと、一般的なベースボールキャップの見える範囲に収めやすく、下側の危険な縫い目に触れにくくなります。
縫い順の考え方(コメントより要約): 生地が波打つような「うねり(ウェーブ)」を抑えるには、中心から外へ進む縫い順が有効です。端から端へ一方向に縫うと、特に柔らかい素材では生地を押してしまい、最後にシワ(パッカリング)が残りやすくなります。

デジタイズ・チェックリスト:10項目で抜け漏れ防止
プロは記憶に頼らず、手順(プロトコル)で品質を担保します。チェックリストは、ソフト上の「たった1クリック」の設定ミスで製品を台無しにしないための保険です。

「コックピット表示」:Wilcomで常に開いておきたい3つのウィンドウ
作業中は次の3パネルを見える状態にします。速度計・燃料計のように、状況判断が速くなります。
- Object Properties(オブジェクトプロパティ): 選択中オブジェクトの物理設定(密度、プル補正など)
- Color Object List(カラーオブジェクトリスト): 縫い順(シーケンス)のタイムライン
- Design Information(デザイン情報): 総ステッチ数、色数、トリム数、最大ステッチ長などの統計


準備:見落としがちな消耗品と「事前点検」
ソフト設定だけでは完結しません。現場の失敗は、物理セットアップの軽視から起きます。テスト縫い前に、最低限の準備を揃えます。
物理セット(例):
- 針: 帽子/パフなど硬めにはシャープ系、ポロなどニットにはボールポイント系が使われることがあります。針先が荒れていると糸切れ・毛羽立ちが一気に増えます。
- 糸: 通常は40番相当が一般的。パフはフォームと糸色が近いほど、わずかな欠けが目立ちにくくなります。
- スタビライザー(裏当て): ポロなどはカットアウェイ、帽子はティアアウェイが使われることが多いです。
- ヒートガン: 3Dパフの仕上げ(フォームの毛羽の処理)に使用
- ピンセット: 細かいフォーム片の除去
作業への組み込み: 刺繍ミシン 用 枠入れ の手順を厳密に運用するなら、「テスト縫い」は必須工程として扱います。新規データをいきなりお客様の製品に入れないのが基本です。
準備チェック(準備完了の判定)
必須: すべてチェックが付くまで次へ進まない。
- ターゲットサイズ確認: 幅3.5インチ × 高さ2.0インチ(帽子と胸の両対応)
- コックピット準備: Object Properties/Color Object List/Design Information を表示
- グリッドON: 位置合わせ用ガイドを有効化
- 安全確認: Design Informationでトリム数を確認(少ないほど良い)
- 物理セット: ハサミ、フォームと糸の色合わせ、適切な針
- 下糸(ボビン糸)点検: ボビンケース内の糸くずはないか、引き出し抵抗が極端に重くないか
縫い順設計:一手で2つの問題を潰す
縫い順(シーケンス)は、生地の「押し/引き」を決めます。順番が悪いと、色の境目に隙間が出たり、アウトラインが合わなくなったりします。
基本ルール:
- 中心→外: 中央で生地を固定し、歪みを外周へ逃がす
- 下→上: 帽子では下側の安定を活かしやすい

中心始まりが「ズレ(ドリフト)」を抑える理由
針が何千回も貫通すると、生地が上下に跳ねるような挙動(フラッギング)が起きます。外周を先に縫うと、内側が後から緩み、塗りが境界に届かないことがあります。
そこで最初に中心のランニング(走り縫い)を入れると、生地とスタビライザーを“仮止め”する効果が出ます。
チェックポイント: 中心ランが走るとき、音が一定で滑らかか確認します。強い「ドスドス」音が出る場合は、枠張りが甘い/素材が跳ねている可能性があります。
ソフト操作の要点:Column B とステッチ角度
ここではWilcom固有の操作が出ますが、考え方はどのソフトでも同じです。曲線を「段付き」にしないために、曲線向きのツールと角度管理を使います。
手順:Column Bで中心のサテンを作る
Column B は、幅が変化する柱(筆記体・スウッシュ等)を作りやすいツールです。
流れ:
- Column B ツールを選択
- 開始点で左右をクリックして幅を定義
- 形状に沿って、点をペアで打つ(A側→B側)
- Enter でステッチ生成



手順:角度がガタつく(階段状)ときの修正
自動/勢いで作ると、ステッチ角度が乱れて“階段”のように見えることがあります。サテンは水の流れのように滑らかに見せたいところです。
- オブジェクトを選択
- Ctrl + H(リシェイプ)
- 角度線(ハンドル)を表示
- 柱のエッジに対して直角(90°)になるように整える
チェックポイント: 拡大して確認し、曲線部で糸が一箇所に寄っている(密集している)なら、角度ハンドルを調整して分散させます。

セットアップチェック(セットアップ完了の判定)
- グリッドON: 位置合わせ確認
- 下絵ロック: 'K'(または同等操作)で背景画像を固定
- 縫い順方針: 中心→外のロジックを適用
- ツール選定: 曲線サテンはColumn Bを優先
- 角度修正: Ctrl+Hでサテンの流れを整えた(ガタつき無し)
注意:機械安全
業務用刺繍機は毎分800〜1000針で動作します。
* 稼働中は枠周辺に手を入れない
* 糸処理は必ず停止してから行う
技術設定:密度とプル補正
ここが品質の分かれ目です。初期値のままでは、狙った見え方にならないことが多いので、意図して調整します。
密度:カバレッジ(覆い)の設定
密度は、ステッチ列の間隔です。
- 一般的な初期値の目安: 0.40mm〜0.45mm
- 動画内の設定(フラット): 0.38mm
理由: 少し詰めることで、ポロの地色が透けにくくなりつつ、硬すぎる“板”になりにくいバランスを狙えます。

アンダーレイ:土台
アンダーレイは、上糸を支える基礎です。
- 選択: ダブルジグザグ
生地を押さえ、上糸が乗る“高さ”を作ることで、見た目が立体的になりやすくなります。

プル補正:太さ(見え方)を作る要素
刺繍は縫うと糸が締まり、見た目の幅が細くなります。
- 設定: 0.40mm(太め方向)
画面上で少し太らせておくことで、実縫いで締まったときに狙いの太さに近づけます。
チェックポイント: 画面上では柱が「太く見える」ことがありますが、縫い上がりで締まって適正に見える前提の設定です。

フラット用データの確認ポイント
Design Informationで確認:
- 総ステッチ数: 約2400(短時間で検証しやすい)
- トリム数: 目標は2回(トリムが増えるほど時間と糸始末が増える)
- 最大ステッチ長: 6.6mmが表示されていることを確認(動画内)
3Dパフ刺繍用に変換する
ここから同じデータを“変換”します。3Dパフは、糸でフォームを「押さえる」だけでなく、縫い目で「切り離し(パーフォレーション)」を作る発想になります。
手順:パフ用への変換
- デザインを複製(フラット用を上書きしない)
- 密度を変更:
- パフ密度: 0.18mm〜0.20mm
- 理由: フォームを切り離すには、フラットより高密度が必要
- 端(エンド)を締める:
- サテン柱の端が開いているとフォームが残りやすいので、端をタイトにして切れ目を作る

「パーフォレーション」の考え方
切手のミシン目のように、針が“切り取り線”を作るイメージです。密度が粗い(例:0.40mmのまま)と、フォームが切れずに押さえ込まれるだけになり、剥がすときに仕上がりを崩しやすくなります。
枠張り:現場のボトルネックと対策
動画では、仕上がり比較がMaggieFrameのマグネット刺繍枠で提示されています。

帽子/厚物の枠張りで起きやすいこと: 標準の樹脂枠は、手で押し込み、ネジで締めてテンションを作る必要があります。繰り返すと次の問題が出やすくなります。
- 枠跡: デリケート素材にリング跡が残る
- 手首負担: 反復作業で痛みが出る
- ズレ: 厚み(生地+芯+フォーム)で固定が甘いと縫製中に動く
改善の方向性: こうした課題がある場合、現場では マグネット刺繍枠 のようなマグネット刺繍枠に切り替えることがあります。ネジ締めではなく磁力でクランプするため、枠張りが速く、一定テンションを作りやすいのが利点です。量産では マグネット刺繍枠 用 枠固定台 と組み合わせることで、位置合わせの再現性が上がり、やり直しを減らしやすくなります。
注意:マグネット安全
マグネット刺繍枠は強力な磁石を使用します。
* 挟み込み注意: 強い力で吸着します。接触面に指を入れない
* 医療機器: ペースメーカー等から距離を取る
* 電子機器: カード類やスマホ画面に近づけない
判断フロー:素材/アイテム → スタビライザー&枠張り方針
セットアップを論理的に決めるための目安です。
1) 安定したフラット(ポロ/キャンバス等)?
- スタビライザー: カットアウェイ 1枚
- 刺繍枠: 標準枠またはマグネット刺繍枠
- リスク: パッカリング(波打ち)
2) 帽子+3Dパフ?
- スタビライザー: ティアアウェイを重ねる運用が選ばれることがあります
- 刺繍枠: 帽子用治具/帽子枠、または用途に合う強力固定の枠
- リスク: フォームが残る
- 対策: 密度0.18mm、端(エンド)を締める、必要に応じてヒートガンで仕上げ
- 生産性のヒント: 厚い積層(生地+芯+フォーム)で固定が不安定なら、刺繍ミシン 用 マグネット刺繍枠 のような選択肢が検討対象になります
3) 細い筒状(パーカーの手首など)?
- 課題: 標準枠では枠張りが難しい
- 対策: 最小径の枠を探す、または縫い代(シーム)を開いて作業スペースを確保する方法が言及されています。袖用 チューブラー枠 を持っている場合は活用します。
トラブルシューティング
異音、糸切れ、仕上がり不良が出たら、症状から切り分けます。
1) 症状:下糸側で糸が団子になる(いわゆる鳥の巣)
主な原因候補:
- 上糸テンションが弱い
- 糸掛けミス(天秤に通っていない等)
対処: 押さえを上げた状態で、上糸を最初から掛け直します。
2) 症状:鋭角(V字)で糸だまり・盛り上がりが出る
主な原因: 鋭角(特に15〜25度以下のようなきつい角)にサテンを突っ込むと、同一点に糸が集中します。
対処:
- サテン柱をVの奥まで入れず、手前で止める
- ランニングで次の開始点まで“歩かせる(トラベル)”
- Vを無理に一体化(マージ)せず、キャップ(端処理)で整理する
3) 症状:3Dパフの縁が毛羽立つ/汚い
主な原因: 密度が粗い(0.20mmより大きい)/針が鈍い
対処:
- 密度を0.18mmへ
- パフ用は針を新しくする
- 仕上げでヒートガンを使用(素材を焦がさないよう注意)
4) 症状:生地が縮み寄る(スクランチ)/歪む
主な原因候補(コメントより要約): トリムが多い、または軽い素材に対して負荷が大きい
対処:
- 縫い順を中心→外へ整理
- ポロ等はティアアウェイよりカットアウェイが安定しやすい
仕上がり比較と量産の現実
動画の最後は、フラット(上)とパフ(下)の縫い上がり比較です。
趣味から仕事へスケールさせるには、必要なのは2つです。安定したデータと枠張りの効率。
- 安定したデータ: フラットは密度0.38mm、パフは0.18mm、そして高さ2.0インチの制約を守る
- 枠張りの効率: データが完璧でも、1枚の枠張りに5分かかれば利益が削れます。マグネット刺繍枠 と 枠固定台 のような仕組みで、枠張り時間と枠跡、作業疲労を減らす方向性があります。
運用チェック(作業完了の判定)
- シミュレーション再生: 中心→外の流れで不自然なジャンプがない
- トリム確認: トリムは必要最小限(目安:4回未満)
- 設定の切り替え確認: フラット(0.38/プル補正0.40) vs パフ(0.18/端を締める)
- 枠張り確認: 叩くと太鼓の皮のような張り感。マグネット刺繍枠 用 枠固定台 使用時は位置合わせマークが一致
- 監査: 本番前に必ず端布でテスト縫いを実施
