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Bernina 830(第1世代)を理解する:この機種は「手順の握手」が必要
Bernina 830(第1世代)が「気難しい」「ループが出る」「急に止まる」と感じるなら、まず結論から言います。あなたのせいではありません。 この機種は、決まった順序と“感覚の合図”で糸を通すことを前提に設計されています。
機械式のテンションとは違い、B830 は電子テンションとセンサーで状態を判断します。センサーを外したり、テンションが噛む前に一気に引き下ろしたりすると、機械側は「糸がない/切れている」と誤判定しやすくなります。
ここでは、曖昧な「たぶん合ってる」をやめて、
- ボビンの“向き”を目で確定する
- ボビンケースの“カチッ”を指で確定する
- 上糸の“センサー通過”と“ひと呼吸”を音と画面で確定する
という、再現性のあるルーティンに落とし込みます。

Step 1: ボビンを正しく入れる
Bernina 830 のジャンボボビンは容量が大きく優秀ですが、左右対称ではありません。内蔵マグネットの都合で、向きが決まっています。
1) ボビンの向きを確認(「マグネット面」ルール)
糸の出方を見る前に、まずボビン本体を見ます。片面にホログラムのような光る銀色リングがあります。これがマグネット面です。
- 見た目の基準: 銀色のリング(マグネット面)が 手前(自分側) を向くように持ちます。
- 糸の出方: マグネット面を手前にした状態で、糸は 時計回り にほどけます(上側を通って右方向へ流れるイメージ)。
- 挿入: その向きのままボビンケースへ入れます。マグネット面を奥(自分と反対側)にして入れようとすると物理的に入りにくいので、無理に押し込まないでください。
期待する状態: 抵抗なくスッと収まります。

現場のコツ(よくあるつまずき)
初心者が一番やりがちなのは「糸掛け」ではなく、向きが合っているのに疑って力を入れてしまうことです。正しい向きなら、基本的に力は要りません。引っかかるなら止めて、銀色リングが手前かを見直してください。
「スリット→カチッ」ボビン手順(下糸テンションの要)
下糸は、溝に置くだけでは不十分です。ボビンケースのテンションばねの下に、糸が確実に“座る”必要があります。

2) ボビンケースのスリットに糸を入れる
- ボビンケース外周にある小さなスリット(切り欠き)を探します。
- 糸をそのスリットへ狙って入れます。

3) テンションばねの下へ引き込み、「カチッ」を指で確認
テンション不良の多くはここで起きます。糸がばねの上を滑っているだけだと、引きが「ガサガサ」「異常に重い」「逆にスカスカ」になります。
- 動作: 左手の人差し指で、ケースの縁に沿って糸を奥へ引き戻すように動かします。
- 感覚の合図(触感/音): 糸がテンション機構に入る瞬間に、指先に小さな 「カチッ」(スッと落ちる感じ)が来ます。音として聞こえないこともあるので、指の感触を優先します。
- 確認: 糸を軽く引いたとき、スムーズに動きつつ、適度な抵抗がある状態が理想です(歯科用フロスをケースから引き出す程度の抵抗感)。

注意: フック周り(ボビン周辺)を触る前に、必ず電源を切ってください。誤ってペダルに触れると駆動が動き、ケガにつながります。
4) 下糸を長めに引き出す
最初の回転で糸を拾うため、下糸はケチらないのが安定します。
- 目安: 12–14インチ
- 別の推奨: 18インチを勧める人もいます。どちらでも構いませんが、短すぎるのは避けてください。
5) 「スピンチェック」
現場で使える簡易チェックです。ボビンを平らな面に置き、糸を引いて回転方向を見ます。
- 時計回りに回れば OK。
- 逆回転なら、ボビンの向きを入れ替えてください(マグネット面ルールの見落とし)。
見えない問題の対策(黒くて確認できない場合)
B830 の下糸周りは暗く、奥まっていて見えにくい個体があります。
「歯科ミラー」対策: 推測で進めないでください。角度付きの歯科用ミラーを使い、フック周りを鏡で覗いて、糸がスリットに入っているかを目視で確認します。
期待する状態: 糸が正しく座り、引き抵抗が一定で、目視でも確認できている。

コメント由来の注意:「糸の出口が見えなくて不安」
感覚だけで進めると、スリットに入った“つもり”で外していることがあります。見えない場合は、歯科ミラーと手元灯(LED など)で見える状態を作ってから次へ進んでください。
Step 2: 上糸立て(糸スタンド)の準備
B830 はスイング式の糸立てを備えています。位置によって糸の供給の仕方が変わります。

1) 作業に合わせて糸立て位置を切り替える
- ボビン巻き: 糸立てを 内側へ
- 縫い/刺繍: 糸立てを 外側へ
※マニュアル上は上記の使い分けですが、どちらの位置でも動作自体は可能です。とはいえ、作業の再現性を上げるなら、まずは推奨どおりに揃えるのが安全です。
2) 伸縮ポールの最上部ガイドを必ず通す
小巻でもコーンでも共通です。
- 伸縮ポールをしっかり伸ばします。
- 糸はスプールから上方向へ立ち上げ、最上部ガイドを必ず通します。
- ここを飛ばすと、後段のテンションが安定しません。

コメント由来の疑問:「上の小さなツメ(タブ)の前?後ろ?」
上部にある小さな樹脂のツメ周りで迷う人がいます。
- 基本方針: 伸縮ポールのガイドから、次のガイド(プリテンション側)へ、無理のない直線的な流れを優先します。
- やらないこと: 見た目の樹脂パーツに“巻き付ける”ような通し方は、図示がない限り避けます。
Step 3: 上糸の正しい通し方(B830 は「能動的に」糸を噛ませる)
B830 の上糸は、ただ通すだけでは不十分です。センサーと電子テンションが「糸が通った」と認識し、テンションが噛む動作が入って初めて安定します。
1) 上部ガイドから開始
伸縮ポールのガイドから、機械本体側へ糸を下ろします。

2) センサー周辺へ導く
ミシン右上のプリテンション周辺へ糸を導きます。
最重要:金属アイ(上糸センサー)を外さない
「縫えない」「すぐ止まる」「糸を認識しない」系の原因になりやすいポイントです。

1) 金属アイ(上糸センサー)に必ず糸を通す
小さな銀色の金属アイ(アイレット)があり、ここが上糸センサーです。糸がここに触れない/通らないと、機械が糸を認識しません。
チェックポイント:
- 目視: 糸が金属アイの中を通っているか
- 機械側の反応: LCD 画面で、糸掛けのアニメーションや表示変化が出る場合があります(機種・バージョンにより見え方は異なります)。
期待する状態: 機械が「糸あり」を認識し、縫い(刺繍)開始で即停止しなくなる。
トラブル切り分け
開始直後に「上糸を確認」系のエラーが出る場合:
- 原因候補: 金属アイを外している
- 対処: いったん上糸を外し、金属アイを“見ながら”通し直します。
両手が必要な理由:テンションを“ディスクの中”に入れる
古い機械のように片手でスッと引くと、テンションディスクの上を糸が滑ってしまい、実質テンションが掛からない「空掛け」状態になりやすいです。

両手で張って、上で一瞬止める(テンション噛み込みの手順)
これが B830 の“握手”です。
- 右手: スプール側の糸を押さえ、適度な抵抗(ドラッグ)を作ります。
- 左手: ガイドとセンサー周辺を通しながら、糸をしっかり張ります。
- 止める場所: テンション経路の上部に来たら、そこで止めます。
- ひと呼吸: ほんの一瞬待ちます。
- 合図: 小さな作動音(ウィーン/カチッ)や、画面の反応が出ることがあります。
- その後: 待ってから、縦の溝へ糸を引き下ろします。
チェックポイント(感覚): 両手で張った状態だと、糸がテンション部に“深く入る”感触が出ます。
期待する状態: 裏側の糸玉(鳥の巣)や、上糸テンションゼロ由来のループが減ります。
コメント由来の痛み:「歯車アイコンがほぼ毎回出る」
テンション系の誤認識は、糸掛けを急ぐと起きやすいです。
- 原因候補: 両手で張らずに通している/止めずに一気に引き下ろしている
- 対処: 両手で張り、上で一瞬止める手順を徹底します。
仕上げ:自動糸通しまでを雑にしない
最後で崩れると、結局やり直しになります。

1) 天秤(テイクアップ)経路に入れる
糸を下ろして天秤側の経路へ入れます。機械内部の溝に入るとき、軽い“入り”の感触が出ることがあります。
2) 下側ガイド/針棒ガイドへ
針周りのガイドを通します。
3) サイドカッターで糸端を切る(自動糸通しの前提)
自動糸通しが安定するよう、糸端を所定の長さに揃えます。
- 糸を左へ引きます。
- 手動サイドカッターに掛けてカットします。

4) 自動糸通しボタンを押す
前面のボタンを押し、機構が動くのを確認します。

5) 画面の反応を確認
針への糸通し状態が表示される場合は、表示も確認します。

6) 端切れで試し縫い(本番前の必須工程)
いきなり本番に入らず、必ず確認します。
- 端切れ(綿など)を用意します。
- 直線で 5インチほど縫います。
- 裏面にループがないか、糸調子が極端に崩れていないかを見ます。

期待する状態: 糸調子が安定し、縫い目がバランスしている。
この糸掛けルーティンで防げること
「マグネット面」「スリット→カチッ」「金属アイ」「両手でひと呼吸」を揃えると、次のトラブルを大きく減らせます。
- センサー誤判定: 糸切れ扱いで止まる症状の予防
- 裏側の糸玉: 上糸テンションが噛んでいない状態の予防
- 不安定な再現性: “たまたま縫えた”から“毎回縫える”へ
ただし、糸掛けが完璧でも、刺繍では物理要因(生地の伸び・歪み、枠ズレ、スタビライザー不足)が別問題として出ます。糸調子は良いのにシワや位置ズレが出るなら、原因はスタビライザーと枠張り側にある可能性が高いです。
難しい素材では、摩擦式の通常枠よりも、布目を引っ張り合いにしにくい磁力式が選ばれることがあります。現場では bernina マグネット刺繍枠 のような選択肢が話題になるのは、糸掛けでは解決できない“歪み”を減らす目的があるためです。
Prep(準備)
成功は準備で決まります。
忘れがちな消耗品・事前準備
- 歯科用ミラー: ボビンスリット確認用
- 新しい針: 基準として刺繍針 75/11(消耗したら交換)
- 消える印つけ: 位置合わせの目印用
- 仮止めスプレー: 浮かせ貼り(フローティング)に便利
- ピンセット: 短い下糸端をつまむ用
糸に触る前のチェックリスト
- 安全: 針周りに手を入れる前に電源を切っている
- 清掃: ボビン周りの糸くずを除去している(センサー不調の原因)
- 針: 曲がり・欠けがない
- 視認: 歯科用ミラーとライトを用意
- 試し布: 端切れを手元に置いた
シャツなどを連続で処理する現場では、枠のネジ締めや位置合わせの反復で疲労が出て精度が落ちます。作業姿勢と再現性を揃える意味で、hooping station for embroidery machine のような位置決め補助は、単なる贅沢ではなく“精度維持の道具”になります。
Setup(セットアップ)
手順(チェックポイント付き)
- ボビン挿入:
- 作業: 銀色リング(マグネット面)を手前。糸は時計回り。
- 確認: スピンチェックで時計回り。
- ボビンの座り:
- 作業: スリットへ入れる → ばね下へ引き込む。
- 確認: 指先で「カチッ」。引きがスムーズで一定。
- 上糸:
- 作業: 伸縮ポール上ガイド → 金属アイ(センサー) → 上で一瞬止める。
- 確認: 両手で張れている。画面や作動音の反応がある。
- 針糸通し:
- 作業: サイドカッターで切る → 自動糸通しボタン。
- 確認: 針穴に糸が通っている。
分岐:スタビライザー選び(「張力不良に見える」症状の切り分け)
スタビライザーが合っていないと、糸調子不良と同じ見え方になります。糸を疑う前に確認します。
- 生地:伸びる(Tシャツ/ポロなど)
- スタビライザー: カットアウェイ(2.5oz)
- 理由: ニットにティアアウェイは縫い目が暴れやすい
- 生地:伸びにくい織物(綿/デニムなど)
- スタビライザー: ティアアウェイ
- 理由: 裏をきれいに仕上げやすい
- 生地:毛足が高い(タオル/ベルベットなど)
- スタビライザー: 裏=ティアアウェイ + 表=水溶性トッピング
- 理由: 糸が毛足に沈むのを防ぐ
アップグレードの考え方: 厚物・滑りやすい素材・段差がある素材は、通常枠だと保持が不安定になりやすく、枠跡も出やすいです。そうした物理限界を回避する手段として、マグネット刺繍枠 用 枠固定台 と磁性枠の組み合わせで“浮かせ貼り”を安定させる考え方があります。
Operation(運用)
毎回同じ確認をする(パイロットチェック)
刺繍はチェックリストが命です。
- 音: 低速で開始し、規則的な音か確認。異音(ガリガリ)が出たら即停止(糸玉の前兆)。
- 目視: 最初の 100 針を観察。上糸が寝ているか/下糸が表に出ていないか。
運用チェックリスト(最後の確認)
- 下糸: 引きがフロスのように一定か
- センサー: 金属アイを確実に通したか
- テンション: 両手で張って上で一瞬止めたか
- 針: 生地に合う針か
- 試し縫い: 5インチの確認をしたか
量産に入ると、最大コストは「枠張り時間」です。1枚ごとに測ってネジを締める運用は時間が伸びます。現場では hoopmaster 枠固定台 のような位置合わせ治具で、枠張りを短時間・一定品質に寄せることがあります。
Quality Checks(品質確認)
良い状態の目安
- 表: ループなし、輪郭がシャープ、下糸が表に出ない
- 裏: サテン列の中央に下糸が 1/3 程度見える
- 触感: 生地が波打たず、平ら(枠張りとスタビライザーが適正)
縫いと刺繍を切り替える場合
B830 は両方こなせますが、刺繍は許容範囲が狭くなります。
- 共通: 「マグネット面」「金属アイ」「ひと呼吸」の手順は同じ
- 違い: 刺繍では上糸テンションを少し弱めた方が糸が寝る場合があります
枠跡(生地に光るリング状の跡)や手首の負担が気になる場合、圧が均一になりやすい bernina マグネット刺繍枠 を検討する人もいます。
Troubleshooting(トラブルシューティング)
症状:下糸が「重い/ガサガサ」して引ける
- 原因候補: 糸がテンションばねの下に入っていない(上を走っている)
- 対処: ボビンを外し、「スリット→カチッ」をやり直す
症状:開始直後に「上糸を確認」系が出る
- 原因候補: 金属アイ(上糸センサー)を外している
- 対処: いったん外して通し直し。金属アイを目視で確認
症状:裏側に糸玉(鳥の巣)ができる
- 原因候補: 上糸テンションが噛んでいない(ひと呼吸なし/両手で張れていない)
- 対処: 両手で張り、上で一瞬止めてから引き下ろす
症状:下糸経路が合っているか確信できない
- 原因候補: 視認性の限界(暗くて見えない)
- 対処: 推測をやめ、歯科用ミラーとライトで確認する
注意: マグネットの安全性。磁性枠を使用する場合、強力な磁石が使われています。
1. 挟み込み: 強い力で吸着するため、指を挟まない
2. 医療機器: ペースメーカー等から距離を取る
3. 磁気影響: 磁気カードや一部記録媒体に近づけない
厚い段差(デニムの縫い代など)で枠が閉じにくいとき、無理に締め込むと破損につながります。閉まらない/保持できないのが続くなら、bernina マグネット刺繍枠 のような代替や、厚み変化に追従しやすい磁性枠を検討する判断材料になります。
Results(まとめ)
Bernina 830 を安定させる鍵は、機械の設計思想を尊重して「儀式化」することです。
黄金ルール:
- マグネット面は手前。
- 下糸はカチッ。
- 金属アイを通す。
- 両手で張って、ひと呼吸。
この4点が揃うと、B830 は不安定な相棒ではなく、精密な生産機になります。糸掛けが安定しても作業が遅い/身体がつらいなら、次のボトルネックは枠張り工程です。次の一手として 枠固定台 や磁性枠の導入を検討するのは、機械のスピードに作業準備を合わせる合理的な流れです。
