目次
糸調子(テンション)が重要な理由
マシン刺繍は、機械の中で起きている「引っ張り合い」です。糸調子とは、上糸(針糸)と下糸(ボビン糸)の力関係のバランスのこと。バランスが合うと、2本の糸は生地の内部で自然に結び合い、表からは結び目が見えません。その結果、輪郭がシャープで、触っても引っ掛かりにくく、洗濯にも耐える刺繍になります。
一方、どちらかが強すぎたり弱すぎたりすると、仕上がりは一気に崩れます。映像でも典型症状として、ループ(糸が輪になる)、生地のつれ(パッカリング)、糸切れが示されています。見た目の問題だけでなく、縫い目の“結び”が浅くなる=構造的に弱い状態です。

糸絡み(バードネスト)を防ぐ
「バードネスト(糸絡み)」は、縫っている最中にリズムよく ドンドン と異音がして、針板の裏側に糸の塊ができてしまう現象です。テンションダイヤルのせいにされがちですが、現場では糸掛け(糸道)のミスが原因になることが非常に多いのが実情です。上糸が天秤(テイクアップレバー)から外れたり、ガイドに正しく入っていないと、テンションが“効かない”状態になります。
この動画の最重要ルールはこれです:ダイヤルに触る前に、必ず上糸を最初から掛け直す。 テンションディスクに糸が正しく噛んでいない限り、数値をいじっても改善しません。
刺繍の強度(結び位置)を確保する
表面がきれいでも、それだけでは不十分です。目標は「1/3ルール」。サテン縫いの柱を裏返したとき、中央の1/3に下糸(ボビン糸)が見え、両端を上糸が包む状態が理想です。この“芯”があると、後から引っ掛けても糸が浮きにくくなります。

糸調子トラブルの切り分け
勘で回すのではなく、症状で判断します。ドライバーを持つ前に、まず縫い目が何を訴えているかを読み取ります。動画では、迷いを減らすためのシンプルな二択が示されています。
- 裏側に上糸のループ(色糸の輪)が出る → 上糸側が負けている(上糸テンションが弱い)
- 表側に下糸(白い点・白い筋)が出る → 上糸側が勝ちすぎ(上糸テンションが強い、または下糸が弱すぎ)

裏のループ/表の下糸露出
まずは裏側を見ます。指で触って、引っ掛かるようなザラつきがあり、色糸の輪が浮いているなら、上糸がスルスル出すぎている可能性が高いです。下糸が引き戻せず、結びが生地の中に入っていません。


逆に、表側に白い点が散ったり、中心に白い線が走るように見える場合は、上糸が強すぎて下糸を表へ引っ張り上げています。

現場のコツ(見かけの“偽陽性”): 動画でも注意されている通り、糸道の不具合はテンション不良にそっくりです。昨日まで問題なく、糸を替えた直後に崩れたなら、テンションを触る前に疑うべきは糸掛けです。特にプリテンションガイドから糸が外れると、症状が一気に出ます。最初にやるのは「掛け直し」を徹底してください。
「I/Hテスト」の考え方
動画では業界で定番の「I」または「H」テスト(シンプルなサテン柱)で確認する流れが示されています。複雑な花柄などでテストすると変数が増えすぎるため、調整には不向きです。単純なバーなら、裏側の上糸/下糸の比率を素直に観察できます。
狙う状態: 裏側が「色1/3・白(ボビン)1/3・色1/3」のバランスに見えること。
上糸テンションの調整
多くの家庭用単針機では、上糸テンションはメーカー推奨の範囲(ダイヤルの目印)を基準にするのが安全です。動画でも「まずはメーカー設定を基準に」と強調されています。ここを“ホームポジション”にして、そこから微調整します。


ダイヤル操作の基本
仕組みを理解すると迷いません。テンション部では金属のディスクが糸を挟み、抵抗を作っています。
- 時計回り(数値を上げる) → 挟み込みが強くなる → 上糸テンションが強くなる
- 反時計回り(数値を下げる) → 挟み込みが弱くなる → 上糸テンションが弱くなる

つまずきポイント(大きく回しすぎ): 動画が警告しているのは、いきなり大幅に動かすことです。例えば4.0でループが出たからといって8.0まで回すのは避け、まずは4.5のように小刻みに変更してテストします。大きく振ると、今度は逆側の症状が出て“追いかけっこ”になります。
デジタル設定(多針機など)
コンピュータ制御の多針刺繍機では画面側で調整する場合がありますが、原理は同じで、ディスクの締め付け量が変わるだけです。
業務用の視点: 多針機では針位置によって糸道の長さが変わるため、外側の針と中央の針で挙動が違うことがあります。これは異常というより“起こり得る差”なので、テストは同じ条件(同じ素材・同じスタビライザー・同じ速度など)で比較するのが近道です。
また、テストの再現性を上げるには、枠張りの条件を揃えることが重要です。フープが滑って生地がバタつく(フラッギング)と、糸調子が乱れて見えます。効率化ツールとして検討される 枠固定台 は、スピードだけでなく「毎回同じ張り」で検証できる点でも有効です。
下糸(ボビン)テンションの調整
ボビンテンションは、ボビンケースの小さなネジで調整します。動画の要点は明確で、ボビン側は最後の手段。まず上糸側で追い込み、それでも合わないときにだけ触ります。

ドロップテスト(ヨーヨーテスト)
動画ではボビンケースを扱う流れが示されています。ここでは現場で使いやすい確認として「ドロップテスト」を手順化します。
- ボビンを入れた状態でボビンケースを外す
- 糸端をつまんで、ケースをぶら下げる
- 手首を短く“コツン”と動かす
- 目安: 少し落ちて止まる(落ち方が極端でない)
- ほとんど動かない:締まりすぎ
- スルスル落ち続ける:緩すぎ
※動画でも「ごく小さく調整」と強調されている通り、ここは微調整が前提です。
ネジ調整を安全に行う
- 時計回り → 締める
- 反時計回り → 緩める
注意(ネジの落下): ボビンケースのネジは非常に小さく、緩めすぎると抜け落ちます。作業は落としても見つけやすい場所(白い布の上など)で行い、ほんの少しずつ回してください。
糸調子以外の原因も疑う(再発防止)
数値を合わせても縫い目が安定しない場合、動画が触れている通り「清掃」と「掛け直し」が効きます。テンションは、汚れや糸道のズレで簡単に再発します。


糸くず清掃
糸くずはテンション不良の原因になります。ボビン周りに糸くずが溜まると、部品の当たりが変わり、同じ設定でも抵抗が一定になりません。ブラシで除去し、必要に応じて掛け直しまでセットで行うと、原因の切り分けが早くなります。

針の状態も確認する
動画では針種の細部までは触れていませんが、針は縫い品質に直結します。糸切れが続くときは、テンションだけでなく針の摩耗や傷も疑い、掛け直しと合わせて交換を検討してください。
注意: ボビン周りを清掃するときは、必ず電源を切ってから作業してください。
糸の品質チェック
古い糸は劣化して切れやすくなります。また、糸の太さムラが大きいと、針穴や糸道で引っ掛かり、テンション不良のように見えることがあります。問題が長引く場合は、別の新しい糸で同条件テストを行うと切り分けに役立ちます。
さらに、枠の安定性も糸調子に影響します。Brotherの家庭用機で標準枠を使っている場合、素材によっては保持力が落ち、作業中に生地が滑ってつれが出ることがあります。頻繁に締め直しているなら、刺繍枠 brother se1900 用 の保持状態(生地が内側へ逃げていないか)も確認し、テンションの問題と混同しないようにしてください。
素材別の注意点
刺繍は「機械+糸+生地+スタビライザー」の組み合わせで決まります。動画でも、素材によって必要な調整が変わる点が示されています。

帽子(キャップ)とフラット物の違い
キャップは曲面で硬さもあり、縫製中の動きも大きくなりがちです。フラット物と同じ感覚で合わせると崩れることがあるため、テスト縫いで“その条件の最適点”を探すのが前提になります。
厚物(デニム/キャンバス等)での考え方
デニムやキャンバスなど厚手素材では、糸の摩擦が増えて糸の動きが変わります。テンションだけで押し切らず、同じテストで症状を見ながら微調整してください。
また、量産現場では毎回テンションを大きく触るより、枠張り条件の標準化が品質の近道です。厚物で枠張りが大変、あるいは枠跡が気になる場合は、ハード側の見直しも検討ポイントになります。
このとき、マグネット刺繍枠は、ネジ式のように力で押し込まずに固定でき、素材の厚みに追従しやすいのが利点です。業務用機向けでは ricoma 刺繍枠 や tajima 刺繍枠 の選択肢を検討する人もいます。
注意: マグネット刺繍枠は強力な磁力で挟み込みます。指を挟まないよう注意し、磁気に弱い機器には近づけないでください。
はじめに(Primer)
裏にループが出る、表に白い点が出る、ミシンの音が荒い——そんなときに必要なのは、当てずっぽうではなく手順です。
このガイドでは、動画の要点を「現場でそのまま使えるチェックリスト」に落とし込みました。
身につくこと:
- 切り分け: 症状から上糸/下糸どちらが原因か判断する
- ドロップテスト: ボビンテンションを安全に確認する
- 基準点: メーカー推奨を起点に微調整する
- 再発防止: 清掃と掛け直しで“戻る”原因を潰す
Prep
「スタート」を押す前に、変数を減らします。ここで雑にすると、テンションを見ているつもりで、実は作業条件のブレを見てしまいます。
消耗品・工具(見落としがちなもの)
- テスト用の端切れ: 本番と近い厚み・質感の生地を用意
- スタビライザー: テストでは条件を揃えやすいものを選ぶ
- ドライバー: ボビンケース用に小さめが必要
- 予備の針: トラブル切り分け用に新品を用意
チェックリスト — Prep:
- 基準点: 上糸テンションをメーカー推奨位置に戻す
- 清掃: ボビン周りの糸くずを除去する
- 掛け直し: 上糸を最初から通し直す
- 材料: 端切れ+スタビライザーでテスト条件を作る
Setup
Setupは「糸が通る道」を正しく固定する工程です。
Step 1: 上糸の掛け直し確認
上糸を通すときは、テンション部に糸が正しく入ることが最重要です。掛け直し後、糸を軽く引いて抵抗感があるかを確認し、違和感があれば再度掛け直します。
Step 2: 枠張りを一定にする
枠張りは弱点になりやすい工程です。生地はたるみがない状態にしつつ、無理に引っ張って歪ませないこと。枠が滑るとフラッギングが起き、テンション不良に見える縫い崩れが出ます。
作業改善の視点: Brotherユーザーで枠張りの再現性に悩む場合、マグネット刺繍枠 brother se1900 用 は、押し込み作業を減らし、生地ズレ由来の“偽テンション不良”を減らす助けになります。
チェックリスト — Setup:
- 掛け直し: 上糸を通し直し、抵抗感を確認
- ボビン: 正しい向きでセット
- 枠張り: たるみ・シワなし
- データ: シンプルな「I/H」テストを用意
Operation
ここからが実行手順です。順番を守るほど、原因が早く特定できます。
Step 1: 基準のテスト縫い
「I/H」テスト(サテン柱)を標準設定で縫います。 作業: 刺繍枠を外して裏返し、裏面を観察します。
Step 2: 症状で切り分け
裏面を見て判断します。
- ケースA: 「裏に色糸の大きなループが出る」
- 判断: 上糸テンションが弱い
- 対応: 上糸テンションを少し強くする(例:4 → 4.5)
- ケースB: 「裏は良いのに、表に白い下糸が出る」
- 判断: 上糸テンションが強い(または下糸が弱い)
- 対応: 上糸テンションを少し弱くする(例:4 → 3.5)
Step 3: ボビンの微調整(Step 2で収まらない場合のみ)
上糸側を動かしても改善しない場合に限り、ボビン側を確認します。 作業: ドロップテストを行い、必要ならネジを“ごくわずか”回します。
- 落ちすぎる:少し締める(時計回り)
- 落ちない:少し緩める(反時計回り)
判断の補助:生地とスタビライザーの影響
本当にテンションの問題か? 迷ったら次を確認します。
- 伸びる生地(Tシャツ等)か?
- はい: スタビライザー選定で縫いが崩れて見えることがあります。まず条件を揃えて再テスト。
- いいえ: テンション調整を継続。
- 毛足・凹凸がある素材(タオル等)か?
- はい: 糸が引っ掛かってループに見えることがあります。表面保護材の追加など、条件を変えて確認。
- いいえ: テンション調整を継続。
チェックリスト — Operation:
- 切り分け: ループが裏か/下糸が表かを確認
- 調整量: 上糸は小刻み、ボビンは微量
- 再テスト: 変更ごとに隣へテスト縫い
- 合格基準: 裏が「1/3ルール」に近い
品質チェック
バランスが取れたら、再現性を固めます。
糸端の状態を見る
糸を切った断面が毛羽立っている場合、糸道のどこかで擦れている可能性があります。テンションだけでなく、掛け直しと清掃もセットで見直します。
ツールを見直すタイミング(現場の現実)
設定で追い込むより、道具で安定させるのがプロの考え方です。枠張りに時間がかかりすぎる、毎回張りが変わる、特定アイテムだけ苦手——そう感じるなら、治具や固定の仕組みを検討する価値があります。
- 課題: 「厚物や粘着系で枠張りがつらい」
- 対策: マグネット刺繍枠で作業負荷とズレを減らす
- 効率差: 枠張り5分・縫い2分なら工程配分が崩れています。刺繍用 枠固定台 や brother 刺繍ミシン 用 枠固定台 のような枠固定の仕組みは、位置合わせと張りを標準化し、テンション検証の精度も上げます。予算が厳しい場合でも、目印を付けた簡易固定でも“手持ち”より再現性が上がります。
結果
この手順で、糸調子トラブルを「勘で回す」から「見て直す」に切り替えられます。
最終的に目指す状態:
- 裏面: サテン柱が「色・白・色」のバランスに近い
- 表面: 文字や輪郭がシャープで、下糸が表に出ない
- 対応力: 糸絡みが出たら「まず掛け直し」と判断できる
糸調子は、糸・生地・条件が変われば動きます。「固定の正解値」を探すより、60秒で切り分けて微調整できる技能を目標にしてください。それが、趣味から現場品質へ上がる分岐点です。
