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ITHキルトブロックを“組み立てられる形”に仕上げる:精密トリミングと構造の考え方(Block 5)
マシン刺繍は「布に飾りを入れる作業」と思われがちですが、ITH(In-The-Hoop)キルトに入った瞬間、求められるのは“装飾”よりも“組み立て精度”です。Sweet Pea Embroidery「Haunted House」第5回の「Roof Block」は、その感覚を切り替えるのに最適な回。
この工程の成否は、ミシンが縫う動きだけで決まりません。むしろ、枠を外してトリミング台に戻ったときの判断がすべてです。刺繍デザインを縫っているのではなく、後で縫い合わせて完成させるための「キルト用モジュール(部品)」を作っています。
ここでは、スタビライザーの枠張り、バッティングのフロート、そして最重要の「縫い代を残すトリミング」と「アップリケとして切り落とすトリミング」を、現場目線で整理します。

考え方の切り替え(最重要):これは「絵を刺繍する」ではなく「ブロックを製造する」作業です。通常のアップリケのように縫い目ギリギリまで全部切ってしまうと、後でブロック同士を縫い合わせるための“縫い代(つなぎしろ)”が消えます。ここでのミスは見た目だけでなく、組み立て不能に直結します。
生地準備:テーマより“濃淡(バリュー)”と“柄のサイズ感(スケール)”
縫い始める前に、ブロックの見え方はほぼ決まります。この回でSueは、テキスタイル選びの基本として「テーマより濃淡と柄の大きさが効く」ことを見せています。
屋根はハロウィン柄を選びつつ、煙突用のドット柄を「目玉っぽく見立てる」アイデアで組み合わせています。ハロウィン専用プリントでなくても、
- ドットの大きさが“目”に見える(スケール)
- 背景に対して目立つ(濃淡差)
この2点が揃えば、十分に“それっぽく”成立します。


「90/10で統一感」ルール
ブロックごとに生地を変えすぎると、途中で迷いが増えます。迷いを減らすために、次の比率で考えると作業が安定します。
- アンカー(90%):同じ生地を複数ブロックで繰り返す(例:空=Skyの生地を統一)
- キャラクター(10%):糸色や小さなアクセントで変化をつける(この回ではライムグリーンの糸が“登場人物”として効く)

補足:糸色や生地の“違い”が気になる場合は、同じ要素を別の場所でも繰り返して配置すると「ミス」ではなく「意図」に見えやすくなります。
Step 1:枠張りの基礎=土台作り(スタビライザーが骨格)
ITHブロックの形状安定は、スタビライザーで決まります。この回はデザインサイズが7x7で、刺繍枠は8x8を使用。Sueはここでカットアウェイ・スタビライザーを選択しています。

なぜカットアウェイなのか(ITHでは“残る骨格”)
通常の刺繍はスタビライザーをきれいに取り除くことが多いですが、ITHキルトではスタビライザーがブロックの“骨格”として残り、形を支えます。
- カットアウェイ:引っ張り方向が変わっても耐えやすく、ブロックの四角が崩れにくい
バッティングは“フロート(浮かせ置き)”で入れる
まずスタビライザーに配置線(四角)を縫って、置き位置の地図を作ります。

次に、その線を覆うようにバッティングを上から置きます。これがフロートです(バッティング自体を枠に噛ませない)。


チェックポイント(張り具合):枠張りしたスタビライザーは、指で軽く叩くとピンとした感触が目安です。ただし、強く引っ張りながら締めすぎると、枠から外したときに戻ってシワや歪みの原因になります。狙うのは「フラットでしっかり」=伸ばし切らない張り。
枠張りの“摩擦”を減らす(作業回数が多い人向け)
ITHは、ブロックごとにスタビライザーを新しく枠張りする場面が増えます。量産や連続作業になるほど、枠の着脱がボトルネックになりがちです。
改善の段階(作業負担の減らし方)
- Level 1:ネジ締めが固い場合は、滑り止めシート等で握りやすくする
- Level 2:繰り返し作業が多いなら、マグネット刺繍枠で着脱の手間を減らす(“引っ張ってネジ締め”の摩擦を減らす)
- Level 3:Brother系の1本針で運用している場合、マグネット刺繍枠 brother 用のように機種に合わせた枠で、厚みのある材料でもセットしやすくする
注意:マグネットの安全管理
マグネット刺繍枠は強力な磁力で吸着します。
- 挟み込み注意:勢いよく吸着すると指を挟みやすいので、必ずゆっくり位置決めしてから合わせます。
- 医療機器:ペースメーカー等を使用している場合は距離を取ってください。
- 電子機器・磁気カード:USBメモリやカード類、機器の上に直接置かないようにします。
Step 2:最重要「縫い代を残す」トリミングルール
バッティングをタックダウンしたら、余分をカットします。ここが一番ミスが出やすい工程です。


「内側/外側」ラインで考える
アップリケの癖で「縫い目ギリギリまで切る」が染み付いていると、ITHキルトでは失敗します。
ブロックを2つのゾーンに分けて考えます。
- 構造ゾーン(内側):厚みを減らしたいので、縫い線に寄せてトリミング
- 組み立てゾーン(外側):ブロック外周は後で縫い合わせるための縫い代。ここは切り落とさない
ルール:四角の外周に関わる線は“縫い代として残す”。四角の内側に描かれる形(屋根形状など)は“アップリケとして寄せて切る”。
手の動きが安定するトリミング(カーブ刃ハサミ)
Sueが使っているようなカーブ刃(ダブルカーブ)刺繍ハサミは、刃先が布面に沿いやすく、枠を傷つけにくいのが利点です。
- 切るときは刃先で少しずつ進め、角は一気に回さず小刻みに方向転換すると、切り過ぎが減ります。
注意:機械トラブルの予防
フロートしたバッティングや生地の余りが、針周りや可動部の進路に垂れ込むと、巻き込みや位置ズレの原因になります。縫い始める前に、余りが動線に入っていないか確認してください。
Step 3:空(Sky)生地のアップリケと“止めどき”判断
バッティングで構造を作ったら、見える面=空(Sky)生地をアップリケします。
チェックポイント:ボビン残量(“ボビンチキン”を避ける)
Sueは途中で下糸(ボビン糸)が少ないことに気づき、賭けずに交換しています。


なぜ重要か:タックダウンや密度のある縫いで下糸切れを起こすと、縫い抜けが目立ち、再開時の結び玉が段差になりやすく、キルトとしてのフラットさに影響します。
アップリケ実行:縫う→枠を外す→内側だけ切る
Sky生地を置いて縫い、枠を外してトリミングします。


ここでも考え方は同じです。Skyはブロックの“内側要素”なので、内側ラインはアップリケとして寄せて切る。一方で、ブロック外周に関わる部分は、縫い代として残す判断になります。


作業量が増えたときの標準化(位置合わせの再現性)
趣味で数枚なら、枠を外して切る時間も楽しめます。ですが、枚数が増えると「枠張り」と「位置合わせ」が効率を左右します。
トラブル対策:メンテナンスを“儀式”にする
Sueが言う「fluffies(糸くず・リント)」の掃除は、見た目の問題ではなく予防整備です。
症状:ボビン周りに糸くず(リント)が溜まる
- 原因:キルト綿やコットン生地は繊維落ちが多く、ボビン周りに溜まりやすい
- 対策:ボビン交換のタイミングで、ボビン周辺を軽く清掃してから再開する(Sueも交換時に掃除を促しています)
まとめ:次工程(折りたたみ生地)へつなぐ“正しい余白”を残す
この回のゴールは、きれいに縫えたこと以上に「後で縫い合わせられる余白(縫い代)を残した状態で、ブロックがフラットに保たれている」ことです。
スタビライザーを骨格として扱い、内側/外側のトリミングルールを守れば、組み立て時に四角が崩れにくく、後工程が一気に楽になります。
隠れ必需品チェック(始める前に揃える)
- 予備のボビン:途中交換が出ても止まらないように
- 刺繍用ハサミ:カーブ刃があるとトリミングが安定
- 清掃用ブラシ:ボビン周りの糸くず除去用
- テープ類:余り布が動線に入らないように整理する用途
1. 準備チェック(作業台の段取り)
- スタビライザー:カットアウェイを枠より十分大きくカット
- ハサミ:枠を外したらすぐ切れる位置に置く
- ボビン:残量が少ないなら先に交換(賭けない)
- 生地:Sky/Roofをアイロンで整える
2. セットチェック(縫い始め前)
- デザインサイズ:7x7であること、枠が8x8であることを確認
- 枠張り:フラットでしっかり(引っ張りすぎない)
- 配置線:見やすい糸色で縫う(Sueはライムグリーン)
3. 縫い後チェック(次へ進む前の確認)
- バッティングの覆い:配置線を確実に覆っている
- タックダウン:四辺すべてでバッティングを捕まえている
- トリミング:枠を外してから実施
- 縫い代:外周側を切り落としていない(内側だけ寄せて切る)
- 作業台:切りくず・糸くずを片付けてから次の縫いへ
判断フロー:ITHを安定させる最短ルート
質問1:材料の積層は?
- コットン+薄めのキルト綿:標準の刺繍枠+カットアウェイから開始
- 厚みがあり枠が閉めづらい:次へ
質問2:枠跡(枠跡)や、枠の着脱ストレスが出ている?
- いいえ:現状維持でOK。張り具合の再現性を優先
- はい:刺繍枠 刺繍ミシン 用の中でも、着脱が簡単な方式(例:マグネット)を検討
質問3:10枚以上の連続作業(準量産)?
- 単発:現状の枠で、都度丁寧に確認
- 連続:hoopmaster 枠固定台などで位置合わせを標準化し、測り直しを減らす
この流れで、作業を「うまくいくといいな」から「毎回同じ品質でいける」に寄せていきましょう。
