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刺繍データ化はPNGよりSVGが有利な理由
自動データ化(オートデジタイズ)は魅力的です。画像から「ワンクリック」で刺繍データができるように見えますが、現場目線で言うと、初心者がつまずきやすいポイントでもあります。ソフトは“ピクセル”を見て判断しますが、私たちは“ペンギン”を見ています。ソフトは境界のにじみ(アンチエイリアス)を別色として拾い、結果として「見た目は7色なのに、データ上は200色以上」という状態になりがちです。これが密度過多、輪郭のガタつき、糸絡み(下糸側のトラブル)につながります。
このガイドでは、動画のワークフローをそのまま分解し、SewArtのWizardでPNGを整理してBrotherのPESに変換する手順、そして重要な仕上げとしてSewWhat-Proで「縁取り(アウトライン)が先に縫われて下に埋もれる」問題を糸順で直す方法までを、作業者が再現できる形でまとめます。
操作画面が複雑で頭が疲れるときは、一度深呼吸してください。ここでは「どこを押すか」だけでなく、「なぜその判断が必要か」をセットで説明します。次に別の画像を扱うときも、慌てずに原因切り分けできるようになります。

この動画で分かること/分からないこと
SewArtは便利な橋渡し役ですが、人間の意図までは理解できません。たとえば「くちばしは顔と別パーツで、影が必要」という判断は、色の数値だけでは伝わりません。だからこそ、後半の“手作業の整理(クリーンアップ)”が効いてきます。動画は、少し手を入れるだけでソフトの判断を「刺繍向き」に寄せられることを示しています。
また、講師が強調している時短ポイントがSVGです。PNGは点の集合、SVGは線と曲線(ベクター)です。可能ならSVG(カッティングファイルとして配布されていることもあります)を使うと、今回のようなピクセルノイズ整理にかかる時間を大きく減らせます。
趣味を仕事にしたい人ほど、覚えておきたいのはこれです。いちばん高い消耗品は「時間」です。1件あたりの単価が低い作業で、PNGの修正に長時間かけると利益が消えます。
ソフトの話でも「刺繍枠」と「スタビライザー」が効いてくる理由
どれだけデータが良くても、物理が悪いと仕上がりは崩れます。データは地図、刺繍枠は地形です。
自動データ化したファイルを試し縫いするなら、条件を揃えた“実験環境”が必要です。生地のテンションが毎回違うと、ズレの原因が「データ」なのか「枠張り」なのか分からなくなります。特に、滑りやすい素材や厚物でネジ式枠を強く締めると、枠跡(枠焼け)が出たり、位置が微妙に動いて輪郭がズレたりします。
- 現場で起きること: まっすぐ合わせたつもりでも傾く/パーカー等で枠が閉まりにくい、などは“ハード側のボトルネック”です。
- 改善の方向性: ミシン刺繍 用 枠固定台を使うと、位置合わせの再現性が上がり、「画面で見た位置=実際に縫われる位置」に近づきます。トラブル時も、ズレた原因がデータか作業かを切り分けしやすくなります。
Step 1: SewArt Wizardで減色する
動画は、SewArtのインストールフォルダにあるサンプルPNG(ペンギン)から始まります。ここでの落とし穴は「見た目の色数」と「データ上の色数」が一致しないこと。人間の目には7色程度でも、PNGの境界のにじみが別色として認識され、動画では246色として扱われています。

サンプル画像を読み込む(動画と同じパス)
- 操作: SewArtで Open をクリック。
- 移動: C: Program Files S & S Computing SewArt Samples。
- 選択: Penguin.png を開く。
Wizardを使う意味
Wizardは、似た色をまとめて色数を減らすためのフィルターです。動画では、いきなり大きく減らさず、段階的に落としていきます。 246 → 184 → 123 → 92 → 61

なぜ61で止めるのか? ここが「ディテールを保てる境目」だからです。 61色の時点では、くちばしの黄色が“明るい黄色/影の黄色”として分かれたまま残ります。動画のように30まで落とすと、その差が潰れて単色っぽくなります。判断基準は「構造的な情報(影、境界、目のハイライトなど)が消えた瞬間に止める」です。

注意:Posterizeは黒い輪郭がある画像だと崩れやすい
動画ではPosterizeも触れますが、このペンギンでは使いません。
- 狙い: 色をベタ面化してまとめる。
- リスク: 黒い輪郭が周囲の色に“にじんで”ギザギザになり、刺繍にすると輪郭が荒れやすい。

「全部自動でやってくれるはず」という発想が一番危険です。Posterizeは強い処理なので、輪郭を残したい絵柄では慎重に。
減色を段階的にやると失敗しにくい理由
減色は一気にやるほど、境界の再計算が荒くなります。段階的に落とすと、各ステップで“許容できる見た目か”を確認しながら進められるため、致命的な潰れを避けられます。
Step 2: MergeとDespeckleで手作業クリーンアップ
Wizardで減色しても、まだ「見た目は同じなのに別色扱い」の色が残ります。ここからは手作業で整えます。

動画どおりの手作業マージ手順
目的は、画面上の色を“糸の現実”に合わせることです。青糸が1本しかないなら、データ上も青は1色にまとめた方が管理しやすく、無駄な色替えも減ります。
- 青(ボディ)をまとめる:
- 操作: ツールバーの Merge をクリック。
- 手順: 基準になる青を選び、パレット上の似た青(散っている青)を順にクリックして吸収させる。
- 確認: 体の青がムラなく1色に見えるか。
- 黄色(くちばし)を整理する:
- 条件: 黄色は2色(明/影)を残す。ここを1色にすると立体感が消えます。
- ノイズ除去: 背景や白部分に紛れた黄色の点は Despeckle で落とす(単発ピクセルの除去)。
- 紫(マフラー)を整理する:
- 条件: 紫も2色(主色/影)にまとめる。
- 確認: 拡大して、輪郭付近に砂粒のような点が残っていればDespeckleで整理。
目標の状態(動画の到達点)
講師は最終的に、扱いやすい 8色 に整理しています。
- 赤(背景:一時的)
- 紫1(明)
- 紫2(暗)
- 黄1(くちばしベース)
- 黄2(くちばし影)
- 青(ボディ)
- 黒(アウトライン)
- 白(目/お腹)
現場のコツ:画面の色を“写真並み”に追いすぎない
刺繍データは写真ではなく設計図です。色数を増やして画面を綺麗にしても、縫製ではトリムやジャンプが増え、結果が荒れることがあります。まずは「少ない色で形が崩れない」ことを優先すると、安定しやすいです。
Step 3: 透明色指定のために背景を塗りつぶす
ここは直感に反しますが重要です。「背景を縫わない」ようにしたい一方で、白を透明にすると目やお腹の白まで消えてしまいます。

動画と同じ手順でやる
- ツール: Fill Region(バケツ) を選ぶ。
- 色: ペンギン本体に使われていない、コントラストの強い色を選ぶ(動画は赤)。
- 実行: 背景を塗りつぶす。
期待される見え方
ペンギンの周囲が赤で埋まり、被写体が浮きます。いわば“赤いグリーンバック”です。
使い分けの考え方(動画内容に沿った判断)
- 白い要素(目・文字・お腹など)がある:
- 対応: 背景を赤などで塗り、赤を透明指定する。
- 白い要素がない:
- 対応: 背景が白でも、白を透明にして問題ない場合がある。
- 入力がSVG:
- 対応: そもそも背景が透明のことが多く、この工程を省ける場合がある。
Step 4: Auto-Sewの精度を上げるため輪郭線を太らせる
自動データ化で差が出るのがここです。細すぎる線は、ソフトが輪郭として認識しにくく、縫いが途切れたり不安定になったりします。動画でも、Pencilで黒線をなぞって“追える輪郭”にしています。

手順
- ツール: Pencil(Freehand) を選ぶ。
- 色: スポイトで既存の黒い輪郭を拾う。
- 操作: 薄い部分や途切れそうな部分を中心に、黒線をなぞって均一にする。
狙い: ソフトに「ここが輪郭だ」と分かる情報を与えること。線がはっきりすると、形状の解釈が安定します。
期待される見え方
輪郭が少し太く、漫画っぽい見た目になります。自動データ化では、このくらいの“分かりやすさ”が結果を良くします。
注意: 線をつなげてしまう事故に気をつけてください。フリーハンドで描くと、別パーツ同士が意図せず接触することがあります。接触すると、ソフトが同一オブジェクトとして処理し、顔の境界が崩れる原因になります。拡大して「橋渡し」が起きていないか確認します。
Step 5: SewWhat-Proで縫い順(糸順)を修正する
ここからは“アート”ではなく“工学”です。縫いを生成してPESに書き出し、SewWhat-Proで自動データ化の弱点(縫い順)を直します。

Auto-Sewで縫いを生成(透明色指定まで)
- クリック: Stitch Image。
- 選択: Auto-Sew Image。
- 設定: 基本はデフォルトで進める(密度などを触るのは慣れてから)。
- 透明色: Set Transparent Color を選び、赤い背景をクリックして透明指定する。
背景を赤で塗ってあるので、赤だけを“縫わない色”として指定できます。
BrotherのPESとして書き出す
- 操作: File > Save As。
- 形式: Brother (.pes) を選ぶ。

SewWhat-Proでプレビューし、縫い順を直す
SewWhat-ProでPESを開きます。 よくある問題: 自動生成だと、黒いアウトラインが「Color #1」になって先に縫われることがあります。

動画では、この状態だとアウトラインが下に埋もれて見栄えが落ちるため、糸順を入れ替えます。
修正手順:
- メニュー: Edit > Order Threads。
- 対象: Thread 1(黒のアウトライン)を見つける。
- 変更: 黒を最後に回す(動画では Position 7 に移動)。

期待される結果
塗り(本体)が先に縫われ、最後に黒いアウトラインが乗るため、輪郭が締まって見えます。

任意:糸色を見やすく調整する
講師は、SewWhat-Pro上で色味も調整しています。シミュレーションの見え方が改善し、完成イメージを掴みやすくなります。

準備チェック(Prepの終わり)
- 素材: 画像(PNG/JPG/SVG)を用意し、読み込めることを確認。
- サイズ: デザイン寸法を確認(動画は約4x5インチ)。
- 方針: 白要素があるなら背景塗りつぶし(赤)を行う。
- 色の優先順位: くちばしの黄色2色など、残すべき差を決める。
- 補足: 画面上の操作は視覚的に追う方が理解しやすい(動画を見返しながら進めるのが有効)。
セットアップチェック(Setupの終わり)
- Import: 画像をSewArtに読み込んだ。
- Wizard: 減色を段階的に実施し、ディテールが残るところで止めた(目安は約60色)。
- Merge: 似た色をまとめ、扱いやすい色数に整理した。
- Despeckle: 点ノイズを除去した。
- 背景: 背景を赤で塗りつぶした。
- 輪郭: Pencilで輪郭を補強した。
運用チェック(Operationの終わり)
- 生成: Auto-Sewを実行し、赤背景を透明色に指定した。
- 書き出し: PESで保存した。
- 確認: SewWhat-Proで開いた。
- 並べ替え: 重要: アウトラインを最後に縫う順番へ移動した。
- シミュレーション: 縫い順が自然か確認(塗り→ディテール→輪郭)。
注意: 本番生地の前に、必ず試し縫いをしてください。自動データ化は密度が過剰になりやすく、針折れや糸絡みの原因になります。最初の1回は特に慎重に。
ここからが「実際の刺繍ワークフロー」
データが整っても、枠張りが不安定だと輪郭ズレは起きます。
- 起きがちな悩み: ネジ式枠で毎回同じテンションにできない/厚物で枠が閉めづらい。
- 家庭機ユーザーの選択肢: brother pe800 用 マグネット刺繍枠のようなマグネット刺繍枠は、締め付け作業を減らし、テンションの再現性を上げやすい方法のひとつです。
- 作業量が多い場合: 日々の枚数が増えるほど、枠張り時間の短縮が効いてきます。brother 用 マグネット刺繍枠のように、段取りの標準化を意識すると改善しやすくなります。
注意: マグネットの取り扱い:強力な磁石は指を挟む危険があります。取り外しはゆっくり行い、身体に医療機器がある場合はメーカーの安全距離の指示に従ってください。
トラブルシューティング(症状 → 原因 → 対処)
| 症状 | ありがちな原因 | すぐできる対処 |
|---|---|---|
| 点だらけの縫い(紙吹雪みたい) | PNG由来の色ノイズが多い | 縫い生成前にWizardで減色を進め、Mergeで色をまとめる |
| くちばし等のディテールが消える | 減色しすぎ(例:30まで落とした) | 約60色付近まで戻し、残りは手作業Mergeで整理 |
| アウトラインが埋もれる | アウトラインが先に縫われている | SewWhat-Proで Edit > Order Threads、アウトラインを最後へ |
| 四角い背景まで縫ってしまう | 透明色指定ができていない | Auto-Sewで Set Transparent Color を使い、赤背景をクリック |
| 輪郭が途切れる/ガタつく | 元画像の線が細すぎる | Pencilで輪郭を補強してからAuto-Sew |
| 枠跡が強い | 刺繍枠の締めすぎ | 生地を浮かせる(フローティング)検討、またはマグネット枠の検討 |
縫う前の品質チェック(画面を鵜呑みにしない)
- 密度: ベタ面が重なりすぎていないか(針折れリスク)。
- 移動: 左右に飛びすぎる縫い順になっていないか(無駄なジャンプ)。
- 枠張りの再現性: 枠に張った生地のテンションが毎回同じか。
安定した 刺繍ミシン 用 枠入れ(枠入れ/枠張り)ができると、データの良し悪しを正しく評価できます。
結果
この手順を動画どおりに踏むことで、ノイズの多いPNGからでも、刺繍向きのPESに近づけられます。
- Wizardの止めどころ(約61色)で、くちばしの陰影を残す。
- 背景を赤で塗り、透明色指定を確実にする。
- SewWhat-Proでアウトラインを最後に回し、仕上がりを締める。

この流れが身につくと、単発の成功ではなく「再現性のある作業」になります。仕上がりを安定させるには、物理側の標準化も重要です。用途に合った ミシン刺繍用 刺繍枠 を揃え、必要に応じて マグネット刺繍枠 のような選択肢も検討すると、テスト縫いの精度が上がり、原因切り分けが速くなります。
