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日常清掃だけでは足りない理由
業務用の多針刺繍機を運用していると、毎日の「釜周り(フック周り)のエアブロー清掃」はルーティンになっているはずです。ところが、その日常清掃が原因で、糸くずやホコリが機械の奥へ押し込まれてしまうことがあります。特に、ニードルプレート・トリマーを制御している“後方のセンサー部”にゴミが回り込むと、トリマー不調の引き金になります。
マシン刺繍の厄介なところは、「予防のための清掃」が、結果的にトラブルの原因を奥へ移動させてしまうケースがある点です。糸くずは消えるのではなく“移動して溜まる”だけ。ニードルプレートの裏側にある隠れたセンサー周辺に堆積し、刃が戻ったこと(ホーム位置)を検知するセンサーの読み取りを邪魔します。
ここで紹介するのは、ソフトウェアの定期メンテ表示には出てこないことが多いものの、トリマーを安定稼働させるために定期的に必要になる作業です。目的はシンプルで、ニードルプレート後方の“センサー/モーターがある奥まったポケット”にアクセスし、圧縮空気で糸くずを飛ばして誤検知を防ぐことです。

よくある故障パターンは、トリマーの動きが不安定になり始め、やがてセンサー系のエラーが出たり、トリマーが出たまま戻らず「ホームしない」状態になる、という流れです。多くの場合、部品不良というより“センサー周りが汚れている”ことが原因になります。
現場のコツ(経験則): 清掃中に、缶エアの細いストロー(ノズル)など小さな樹脂パーツを機械内部に落とした/吹き飛ばして入ってしまった場合は、その場で作業を止めてください。電源の入切はせず、異物がギアに噛んだり、リンク機構に引っかかったり、基板側へ移動する前に回収します。ピンセットや粘着テープなどで確実に取り除いてから再開します。(コメントでもこの点を心配する声があり、制作者は床に落ちたものを回収できたと回答しています。)
注意: 機械安全。 カバーを外す前に、指を挟みやすい箇所(特にヘッド周りの可動部)に手を入れない、袖口やアクセサリーを引っかけない、工具をヘッド内部に落とさない——この3点を徹底してください。キャリッジを動かすために通電する場合は、動作範囲から手を外し、意図して操作してください。
対象機種:Bernina E16/Bravo/Summit ほか
この手順は、ニードルプレート・トリマーを搭載している機種が対象です。動画内で対象として挙げられているのは以下です。
- Bernina E16 Pro
- Bravo Gen 2(ニードルプレート・トリマー搭載機)
- Summit 刺繍機(ニードルプレート・トリマー搭載機)
- EMT16 系モデル

また、コメントで「Amayaでもできる?」という質問があり、制作者は「Amayaも背面(銀色カバーの下)にモーターがある」と回答しています。カバー形状やネジ位置は異なる可能性がありますが、“背面側のモーター/センサー周辺に糸くずが溜まり、誤動作につながるので定期的に清掃する”という考え方は共通です。
複数台の melco 刺繍ミシン を運用している場合、この「背面ポケット清掃」を月次または四半期(稼働量に応じて)に組み込むだけで、原因が見えにくい停止時間をまとめて減らしやすくなります。
必要な工具(3mm六角レンチ+エアだけ)
専用の整備工具一式までは不要ですが、ネジを傷めないための“確実さ”が重要です。動画で使用しているのは次の2つです。
- 3mm 六角レンチ(付属工具の標準サイズ)
- 圧縮空気(缶エア、または充電式エアダスター)


忘れがちな準備物&事前チェック
「清掃だけ」とはいえ、ヘッドのカバーを外してセンサー周りに触れる作業です。準備不足が二次トラブルにつながりやすいので、最低限ここは押さえます。
- マグネット付きパーツトレー: 重要。ネジの紛失や落下を防ぎます。
- ヘッドライト/強めのライト: センサー部は暗く影になりやすく、見えないと狙って清掃できません。
- マイクロファイバークロス: 乾いたもの(毛羽が出ないもの)。
- 任意: 壁際設置で手が入りにくい場合は、短いレンチや短柄工具があると作業性が上がります。
補足(現場感): 糸くずはフェルト状に固まり、静電気で樹脂に貼り付き、センサーの隙間に詰まりやすい性質があります。エアは「狙って当てる」ほど効果が出ます。見えない状態で吹くと、ゴミを別の場所へ移動させるだけになりがちです。
作業前チェックリスト(ネジを触る前に)
- 機種確認: ニードルプレート・トリマー搭載機であることを確認。
- 工具準備: 3mm六角レンチ、ライト、パーツトレーを用意。
- ノズル確認: 缶エアのストローが緩い場合は、抜けないよう固定してから使用。
- 電源方針: 完全に電源OFFで作業する(初心者向け)か、キャリッジ移動のために通電する(要注意)か決める。
- 作業エリア: 刺繍枠や生地、ハサミなどをアーム周辺から撤去。
手順:背面リンク機構カバーを外す
動画では、まず大きい外装カバー(化粧カバー)を外し、その後にニードルプレート後方の小さな黒い金属カバー(リンク機構カバー)を外して内部へアクセスしています。

手順1 — 清掃対象を把握する
清掃するのは、ニードルプレート後方の黒いカバーの下にある、トリマーのリンク機構を制御する センサー と モーター機構 周辺です。
チェックポイント: 釜周り(ボビンが入るエリア)と、ニードルプレート後方のリンク機構エリアを見分けられる。
完了の目安: 「釜周り清掃」ではなく、日常のエアブローでゴミが回り込みやすい“背面ポケット”を狙って清掃する作業だと理解できている。

手順2 — 外装(化粧)カバーを外す(ネジ4本)
- 3mm六角レンチで、ヘッド外装カバーを固定しているネジを緩めて外します。
- 動画では、合計 4本 のネジで固定されていることが説明されています。
チェックポイント: 外したネジはすべてパーツトレーへ。 手応え確認: 六角が浅く掛かっているとナメやすいので、レンチを奥まで差し込んでから回します。
完了の目安: 大きいグレーの外装カバーがスムーズに外れ、ヘッド内部が見やすくなります。


手順3 — キャリッジを手前に出して作業スペースを作る(任意)
制作者は安全のため電源を切ったうえで、作業しやすいようにキャリッジを前へ出してスペースを確保しています。通電が必須という話ではありませんが、アクセス性は上がります。
チェックポイント: キャリッジ(パンタグラフ)が、背面側のネジに無理なく手が届く位置まで前に出ている。
完了の目安: 手首をひねり過ぎずに作業でき、ネジ落下のリスクを下げられる姿勢が取れます。

手順4 — 黒いリンク機構カバーを外す(ネジ4本/3mm六角)
ここがアクセスの要です。リンク機構を保護しているカバーを外します。
- ニードルプレート後方の黒い金属カバーを見つけます。
- 3mm六角レンチを使用します。
- ネジは 4本:前側に2本、後ろ側に2本。
- 動画では、後ろ側のネジを外すために膝をついて作業しています。
チェックポイント: 4本すべて外して数が合っている。 現場のコツ: 外装カバー側のネジと混ざらないよう、トレー内で分けて置くと組み戻しが確実です。
完了の目安: 黒いカバーが持ち上がって外れ、ギアやシャフト、配線などが見える状態になります。


エアブロー前チェックリスト
- アクセス確認: 黒いリンク機構カバーが完全に外れている。
- ネジ管理: 外したネジがトレーにまとまっている。
- 視認性: ライトで内部を照らし、ホームセンサー位置(手順5)を確認できる。
- エア確認: 缶エアの場合、機械に向ける前に別方向へ軽く試し吹きし、液が出ないことを確認。
隠れたセンサーを特定して清掃する
カバーを外すと、リンク機構の中に清掃すべきポイントが2つあります。
- 小さな黒いタブ(ホーム位置を検知する基準)
- その奥にある モーター機構(トリマーのリンクを動かす)

手順5 — センサーの基準タブとモーター機構を確認する
- 小さな黒いタブ(フラグ)がセンサー部を通過して、刃が戻った(ホーム)ことを検知します。
- その背面側にモーター機構があります。
チェックポイント: エアを当てる前に、タブとモーターの両方を指差しで確認できる。
完了の目安: グリス部へ闇雲に吹くのではなく、センサー周辺の隙間を狙って清掃できる状態です。


手順6 — 圧縮空気で糸くずを飛ばす(狙い撃ち清掃)
充電式エアダスターでも缶エアでも構いません。ノズルを“狙って”当てます。
- 角度1: センサーの隙間/タブ周辺へ(短い噴射を数回)
- 角度2: モーター機構側へ(横方向に軽く掃くように)
制作者は、日常の釜周り清掃でゴミがこのポケットへ“押し戻される”ため、ここを定期的に追加清掃する必要があると説明しています。
チェックポイント: 糸くずが舞い上がって外へ出る(奥へ押し込まない)。
完了の目安: タブ周辺や黒い樹脂面に付いた灰色のモヤ(糸くず)が減り、見た目にスッキリします。
注意(作業上の落とし穴):
- 缶エアの液噴き: 缶は立てた状態で使用し、液が出るようなら一旦止めます。
- グリス部の扱い: 溶剤を含む布で拭き取るなどは避け、乾いた糸くずの除去に留めます。
melco bravo 刺繍ミシン のような業務用ヘッドを運用している場合、この「背面ポケット」の狙い撃ち清掃は、トリマー由来の停止を短時間で減らすのに有効です。
組み戻しと動作確認
組み戻しは基本的に逆手順ですが、“戻し方”でトラブルを閉じ込めないことが重要です。
- 黒いリンク機構カバーを元に戻す(動画で示される前後方向に注意)。
- リンク機構カバーのネジ4本を締める。
- 外装カバーを戻し、ネジ4本を締める。
手順7 — 組み戻しは「挟み込みゼロ」を最優先
チェックポイント: 最後のネジを締める前に、目視で一巡します。
- 落下物なし: ネジや小物が内部に残っていない。
- 異物なし: ストローや工具が入り込んでいない。
- 配線の挟み込みなし: センサー周辺の配線がカバーとフレームの間に噛んでいない。
完了の目安: カバーが浮かずに密着し、ネジはスムーズに回って座まで入ります。最初から重い抵抗がある場合は、いったん戻して噛み込みや斜め入り(ねじ山破損)を疑います。
手順8 — トリマー動作の確認
この作業は“予防”が目的です。センサーとモーター周辺を清潔に保ち、トリマーが正しくホームへ戻る状態を維持します。
実務的な確認手順:
- 電源ON。
- 初期動作音に違和感(引っかかり音、異音)がないか確認。
- 可能であれば操作パネルからトリム動作を実行、または小さなテストデザインでトリムを含む動作を確認。
melco emt16x 刺繍ミシン クラスの運用で台数がある場合は、清掃日をログに残しておくと、後日の症状とメンテ周期の相関が取りやすくなります。
運用チェックリスト(「できた」の確認)
- 起動: 起動時にセンサー系エラーが出ない。
- 音: カバーのビビりやガタつき音がない。
- 動作: トリム後に刃が確実に引っ込み、出たままにならない。
- 記録: メンテ日を記録した。
注意: マグネット枠の取り扱い。 このメンテ中はカバーが外れて電子部品が露出します。強い磁力体は不用意に近づけないようにし、マグネット刺繍枠 はスペーサーを付けた状態で保管し、取り回しは両手で行って挟み込みに注意してください。
トラブルシューティング
トリマー不調の切り分けを「症状→原因→優先対応」で整理します。
| 症状 | 考えられる原因 | 優先1の対処 | 優先2の対処 |
|---|---|---|---|
| トリマーのセンサーエラー | 背面ポケットの糸くずでセンサーが誤検知。 | 背面センサー部の清掃(本手順)。 | 配線コネクタの緩みを点検。 |
| 刃が出たまま戻らない(ホームしない) | 糸くずが戻り動作を物理的に邪魔している。 | モーター周辺のブロー清掃(本手順)。 | リンク機構の引っかかりがないか確認。 |
| トリム後に糸が針から抜ける | 張力や糸道、針状態などの要因。 | 糸調子と針を確認。 | ソフト側の糸端設定(テール長など)を見直す。 |
コメント由来の質問(要点): 「トリムのたびに糸が針から抜けてしまう(E16)」
動画自体はこの症状を直接診断していませんが、まずは現場で再現性を見ながら次を確認すると切り分けが早くなります。
- 糸道確認: 糸が天秤やガイドから外れていないか。
- 針の状態: 針穴の傷やバリがあると糸が傷み、抜けやすくなります。
- 生地の安定: 生地が上下にバタつく(フラッギング)と、トリム前後の糸の保持が不安定になります。
安定性の見直し: bernina 刺繍ミシン(E16 Proなど)で、機械側を清掃しても不安定さが残る場合は、枠張りの安定性も疑います。一般的な刺繍枠は連続運転で緩みが出ることがあり、フラッギングの原因になります。汎用タイプやブロック付きの magnetic embroidery hoop に切り替えると一定の保持力が得られ、原因が糸くずではない“謎のトリム不調”が落ち着くことがあります。
まとめ(得られる効果)
この短時間のディープクリーニングを定期ルーティンに加えることで、ニードルプレート・トリマー系で特にトラブルが出やすい「隠れたホームセンサー周辺」と「モーター周辺ポケット」を保護できます。結果として、トリマーエラーや「ホームしない」停止が減り、回復作業に取られる時間を抑えられます。
メンテから生産性へ
メンテは稼働を守り、ワークフローは利益を作ります。
生産を意識する現場では、道具選びが効率に直結します。枠張りが安定すると振動が減り、針折れや位置ズレのリスクも下がります。
- レベル1: センサー周りを清掃(まずここ)。
- レベル2: 消耗材の最適化(生地に合った裏打ちなど)。
- レベル3: ワーク保持の見直し。枠跡や枠張りの疲労が課題なら、マグネット刺繍枠 は現場のアップグレード候補です。標準枠より素早くセットでき、保持が安定しやすいため、機械の精度維持にもつながります。
設備増強や機種比較(melco amaya 刺繍ミシン を含む)を検討している場合でも、結局いちばん安いのは「止まらない機械」です。このメンテ時間を計画に組み込み、運用規模に合わせて道具も整えていきましょう。
