目次
メタリック糸が切れる理由と、止めるための手順
メタリック糸は、刺繍の見栄えを一気に格上げしてくれる反面、いきなり「パチン」と切れたり、針穴付近で糸がささくれて鳥の巣になったりと、現場泣かせの代表格です。
原因の中心は、動画でも繰り返し触れられている 糸のメモリー(巻き癖)。メタリック糸は芯糸の周りに箔(フィルム)が巻かれている構造のため、スプールから出た瞬間のカールを保持しやすく、そこに摩擦や急な加減速が重なるとテンションが跳ね上がって切れやすくなります。

この記事でできるようになること(やめるべきことも含む)
「運任せ」から卒業して、再現性のある段取りに変えるために、以下を扱います。
- メタリック糸の“糸送り”を安定させる(=切れの大半を潰す)
- 太い12wtを詰まらせずに走らせるための密度調整(サイズ変更の考え方)
- 綿/レーヨン/ポリエステルの素材選び(仕上がりと耐久性)
- 小さな文字・モノグラムをくっきり出すための細糸運用
- FSL(フリースタンディングレース)を柔らかく仕上げる糸とスタビライザー
重要な考え方:メタリック糸の不調は「糸の品質」より「糸の供給(糸送り)」が原因のことが多いです。プリテンションに入る前の糸が、ねじれ・折れ・振動を起こしていると、機械側でいくら調整しても安定しません。まずは「機械に入る前に糸を整える」ことが最優先です。
準備:スプールに触る前の“見落としがちな消耗品”チェック
機械設定に入る前に、ここを整えるだけで切れが止まるケースがあります。
「クリーンスレート」チェックリスト:
- 針は新品前提: いま刺さっている針をそのまま使わないでください。目視できない微細なバリでも、メタリックの箔を一気に削って切れの原因になります。
- ボビン周りの清掃: 綿糸や毛羽の出やすい糸を使った後は、釜周りにフェルト状の埃が溜まりがちです。抵抗(ドラッグ)が増えてテンションが乱れます。掃除してからスタート。
- 上糸の掛け直し(テンション皿に確実に入れる): 上糸を一度抜いて、テンション皿に“挟まる感触”がある状態で掛け直します。スルッと抜けるなら入っていません。
- ボビンの巻き状態: 砂時計型/片寄りはNG。均一な円筒状に見えること。
動画は糸の扱いが主題ですが、現場では「針の劣化」や「釜の埃」で“メタリックが切れる”ことも同じくらい多いです。
手順:切れにくいメタリック糸セットアップ
手順1 — まず速度を落とす
メタリック糸は伸びが少なく、急加速・急停止のショックで切れやすい糸です。動画でも最初に「スピードを落とす」ことが挙げられています。
チェックポイント: 停止した直後にスプール側で糸が余ってループしたり、糸溜まりが出ていないか確認します。音も目安で、安定していると一定のリズムで回りますが、無理をしているとバタついた音になりがちです。
期待できる結果: 色替え、止め縫い、密度の高い箇所での突然のスナップが減ります。
注意: トラブル対応中ほど安全優先。速度を落としても針は危険です。糸切りや手を入れる作業は必ず停止してから行い、通電中に押さえ周りへ手を入れないでください。
手順2 — スプール位置を変える:メタリックは水平ピンを避ける
動画の結論は明確で、メタリック糸では水平スプールピン運用を外すのが基本です。
水平ピンで固定されたスプールから糸を引き出すと、糸がスプール端からほどけるたびにねじれが入りやすく、メタリックのような“平たい糸”はそれが折れ(キンク)になって針穴で詰まりやすくなります。

代わりに、スプールが回転して横方向にほどける形、または距離を取って垂直に落とす形にします。動画では「Thread Tamer(スレッドスタンド)」で、糸を上から垂直に引き出し、落下距離(空中の区間)で巻き癖を落ち着かせる見せ方をしています。
チェックポイント: スタンドから最初のガイドまでの糸が、電話コードのような強い螺旋になっていないこと。できるだけ素直に垂れている状態が理想です。
期待できる結果: 巻き癖由来の摩擦とテンションスパイクが減り、切れ・ささくれが減ります。
手順3 — 追加対策:回転式ディスペンサーで“ねじれの追加”を消す
動画では「Ultimate Thread Dispenser(回転式ディスペンサー)」も紹介されています。スプールをベアリング上で回転させ、糸を“巻かれた方向のまま”横にほどくことで、引き上げによるねじれを増やしにくくします。


チェックポイント: 手で糸を引いたとき、スプールが引っ掛かりなくスムーズに回ること。
期待できる結果: 糸がフラットに入りやすくなり、針穴付近のささくれ(鳥の巣の前兆)が減ります。
メタリックに効く針選び(動画で指定されている内容)
針穴は、1分間に何百回も糸が通る“トンネル”です。トンネルが狭いと、箔が削れて切れます。
動画での推奨:
- 一般的なメタリック: トップステッチ針 90/14
- 針穴が大きめで、溝も深く、糸への負担が減りやすいという考え方です。
- 太めのメタリック(例:Glamourなど): 100/16へ上げる

チェックポイント: 針に糸を通し、前後に引いて“引っ掛かり”がないこと。少しでも抵抗があるなら、番手を上げる判断が安全です。
期待できる結果: 針穴での摩耗が減り、切れにくくなります。
裏側の“かさ”を減らして摩擦を減らす
動画では、下糸に 80wtの軽いボビン糸(プリワウンド)を使って裏の厚みを減らす提案が出ています(DecoBobの例)。
刺繍の糸締まりは、上糸と下糸が布の中で結ばれる構造です。上下が太いと結び目が大きくなり、針が布を貫通するたびに抵抗が増えます。下糸を細くすると、密度の高い部分でも“詰まり感”が減ります。

チェックポイント: 枠を裏返して触ったとき、地図の等高線のようにゴツゴツ盛り上がっていないこと。
期待できる結果: 仕上がりが柔らかくなり、密度部でのメタリック切れが減ります。
枠張りとスタビライザーが、実はメタリックの安定に効く
動画は糸中心ですが、実務では 枠張りの安定=針の直進性 に直結します。生地がわずかに動くだけで針がたわみ、針板や針穴周りに当たってメタリックが切れることがあります。
もし「ズレて枠を張り直す」「枠跡が強く出る」などが頻発しているなら、道具側がボトルネックの可能性があります。
位置合わせを安定させたい場合、プロ現場では 刺繍用 枠固定台 を使い、枠を固定して両手で生地をコントロールすることが多いです。
また、ネジ締めタイプの枠は厚物で保持が難しかったり、強く締めるほど枠跡が出やすくなります。そこで マグネット刺繍枠 が有効になります。磁力で厚みに追従してクランプできるため、薄手からタオルのような厚手まで保持が安定しやすく、結果として針の通り道が安定し、糸切れの要因を減らせます。
注意: マグネットの安全管理は必須です。 ペースメーカー等の医療機器を使用している方の近くでは扱わない、スマホ・クレジットカード等の磁気に弱いものへ近づけない、指を挟まないよう保持姿勢を徹底してください。
太い12wtを刺繍で使うためのコツ(密度トラブルを避ける)
12wtは太くて立体感が出る一方、40wt想定のデザインにそのまま流すと、糸が詰まって針が動けなくなりやすいです。

準備:本番と同じ“積層(サンドイッチ)”で必ずテスト
動画でも強調されている通り、本番と同じ素材構成で試し縫いをします。 キルトサンドイッチに刺すのか、布+スタビライザーに刺すのかで抵抗が変わり、テンションのバランスも変わります。テスト段階で潰しておくと、ほどき作業が激減します。
手順:密度を下げる「サイズだけ上げて、ステッチ数は増やさない」
動画の要点はこの3ステップです。
- デザインを選ぶ
- デザインサイズを拡大する(スケールアップ)
- ステッチ数(針数)を増やさない
サイズだけ大きくして針数を据え置くと、同じ針数がより広い面積に配置されるため、結果として密度が下がり、太い糸が寝るスペースができます。
チェックポイント: 拡大後のプレビューで、塗りつぶしが少し“スカスカ”に見えるくらいが狙い目です。太糸がその隙間を埋めます。
期待できる結果: 糸溜まり・詰まりが減り、太糸らしい表情がきれいに出ます。
針番手とテンション:見て判断するポイント(一般的な目安)
動画では太い糸に対して針番手を上げる話が出ています。12wt運用では、トップステッチ針 100/16が一つの目安になります。
チェックポイント: まずは“バランスした糸締まり”になっているか(上糸が裏へ引き込まれすぎない/下糸が表へ上がりすぎない)を試し縫いで確認します。
期待できる結果: ループ・糸切れ・詰まりが減り、安定して回せます。
太糸運用は「段取りコスト」も含めて判断する
太糸は速度を落とし、針や調整も増えがちです。単発なら成立しても、数量が増えると段取り時間が利益を圧迫します。
量産で位置ズレまで同時に抱えると破綻しやすいので、安定した枠張りのために 刺繍 枠固定台 のような固定治具を導入し、まず“枠張りの再現性”を上げるのが現実的です。
また、英文原稿では多針機へのアップグレード例が挙げられていましたが、動画内では具体的な機種名の言及は確認できないため、ここでは一般論として:太糸と標準糸を頻繁に切り替える運用では、段取り削減の観点から複数針運用が検討対象になりやすい、という位置づけになります。
綿・レーヨン・ポリエステル:素材の選び方
素材選びは色だけでなく、仕上がり(光沢)と耐久性(洗濯・摩耗)に直結します。

綿刺繍糸:マットでヴィンテージ感、ただし毛羽(リント)前提
綿は反射が少なく、落ち着いた“手刺繍っぽい”表情が出ます。一方で天然繊維なので毛羽は出ます。
メンテナンス負担(現場の現実): 動画でも「綿はリントが出る」点に触れています。綿を多用するなら、釜周りやテンション周りの清掃頻度を上げる意識が必要です。
チェックポイント: ボビンケース周りに“綿埃”が見えたら、その時点で掃除。
期待できる結果: マットで上品な仕上がりを維持しやすくなります。
レーヨン vs ポリエステル:光沢の質と、実使用での強さ
どちらも光沢はありますが、用途適性が違います。
- レーヨン: なめらかな連続光沢で見栄えが良い。扱いはやや繊細。
- ポリエステル: 摩耗や洗濯に強く、実用品向き。光沢は“キラッと反射する”タイプになりやすい。

選び方の目安(動画の趣旨):
- タオル/ジャケット/頻繁に洗うもの: ポリエステル
- ウォールハンギング等の装飾用途: レーヨンも選択肢(見た目重視)
チェックポイント: 「完成直後の見た目」ではなく「使われ方(洗濯・摩擦)」で決める。
期待できる結果: 仕上がりクレーム(色落ち・毛羽立ち・摩耗)を減らせます。
機械の“音”で異常を拾う(経験者がやっている感覚チェック)
素材を変えると、音も変わります。
- 正常: 一定のリズムで回る
- 要注意: カチカチ(針が金属に当たる系)、バタつき(糸が緩い/糸送り不安定)、重い唸り(摩擦増)
高摩擦のメタリックや、リントが出る綿に切り替えたときほど、音の変化は早めに出ます。違和感が出たら止めて、針と釜周りを確認します。
小さなモノグラムをくっきり刺す方法
小文字(目安として6mm未満)は、刺繍の難所です。標準の40wtは、細部に対して太すぎることがあります。
なぜ小文字が潰れるのか
細い線や小さなループに対して糸が太いと、サテンの柱が膨らみ、文字の内側("a"や"e"の穴)が埋まりやすくなります。
手順:上糸を細くする(動画の提案)
動画では、細部を出すために 60wt〜80wt(例:DecoBob) のような細い糸を上糸に使う提案があります。
チェックポイント: "a"や"e"の内側が、糸で塞がらず“抜け”として残っていること。
期待できる結果: 角が立ち、文字が読めるレベルでシャープになります。
また、モノグラムを定番商品として回すなら、枠張りの再現性が品質を決めます。小文字はズレに弱いので、安定運用には hooping station for embroidery machine のような固定が効きます。
FSL(フリースタンディングレース)を柔らかく作る
FSLは布が残らず、糸そのものが“生地”になります。ごまかしが効かない分、糸とスタビライザー選びが仕上がりを決めます。

手順:柔らかくする糸の組み合わせ(動画の内容)
標準的な40wtで作ると、硬く感じることがあります。柔らかさを出すには、糸量(繊維量)を減らす方向で考えます。
「ソフトレース」基本式:
- 上糸: 50wt
- 下糸(ボビン): 80wt(色はできれば近い色)
- さらに柔らかく: 上糸80wt+下糸80wt
チェックポイント: スタビライザーを洗い落として乾燥後、角をつまんだときに自然に垂れること(突っ張って立たない)。
期待できる結果: 手触りが柔らかく、繊細なレース感が出ます。
スタビライザー:薄いものを重ねるより「厚手1枚」が有利な理由
FSLはウォッシュアウェイ(WSS)が必須です。薄いものを2〜3枚重ねると、層同士がズレて位置合わせが崩れやすくなります。
動画では、厚手のウォッシュアウェイ(例:Lace Maid)のように 1枚で保持できるタイプを推奨しています。

チェックポイント: 枠に張ったスタビライザーが“ドラムのように”ピンと張れていること。押してもたわみにくい状態が理想です。
期待できる結果: アンダーレイとサテンの位置合わせが崩れにくくなります。
実務向け:素材/案件別「スタビライザー&糸」判断フロー
- FSLか?
- Yes: 厚手のウォッシュアウェイ+50wt/80wtで柔らかさ調整
- No: 次へ
- 伸縮素材(Tシャツ等)か?
- Yes: 伸び止め目的でカットアウェイ系を検討。枠張りで伸ばしすぎないために マグネット刺繍枠 が有効な場面があります。
- No(デニム/タオル等): 条件によりティアアウェイも選択肢
- 洗濯・摩耗が多い用途か?
- Yes: ポリエステル糸を優先
- No: 見た目重視でレーヨン/綿も検討
症状→原因→対策(現場用クイック表)
動画のQ&Aを、すぐ使える形にまとめます。
| 症状 | ありがちな原因 | まずやる対策 | 再発防止 |
|---|---|---|---|
| メタリックが切れる | 巻き癖+ねじれ+摩擦 | 水平ピンをやめる。 垂直スタンド/回転式で糸送りを整える | 速度を落とす/糸溜まりを出さない |
| メタリックがささくれる(鳥の巣) | 針のバリ/針穴が小さい | 針交換(トップステッチ90/14目安) | 釜周り清掃と針の定期交換 |
| 12wtが詰まる | デザイン密度が高すぎる | サイズを上げるがステッチ数は増やさない | 本番と同条件で試し縫い |
| 小文字が潰れる | 糸が太い | 上糸を60wt〜80wtへ | 小文字は枠張りズレも厳禁 |
| FSLが硬い | 糸量が多い/スタビ重ねすぎ | 50wt/80wt運用+厚手WSSを1枚 | 層ズレを作らない |
| ポキッ(下糸が表に出る) | 下糸色のコントラスト/バランス不良 | 下糸をニュートラル色(グレー/トープ等)へ | 80wt下糸で目立ちにくく |
仕上げ:再現性のある運用にする(時短と品質の両立)
刺繍は変数管理です。機械の“魔法”ではなく、変数を潰すほど結果が安定します。
この手順を回せるようになると:
- メタリック糸が「怖いオプション」から「売れる定番」に変わる
- 12wtの立体表現を、詰まりで止めずに提供できる
- 小文字が読みやすく、商品として成立する
終了時チェック(次回のトラブルを減らす習慣)
- 枠に張ったまま糸処理して確認: ジャンプ糸の取り残しを減らす
- メタリック/綿を使った日は即清掃: 釜周りをブラシや清掃でリセット
- 設定を記録: うまくいった速度・針番手・糸送り方法はメモして再現性を作る
道具のアップグレード指針: 量が増えて「枠締めがつらい」「枠張りが追いつかない」なら、技術ではなく道具がボトルネックです。
- レベル1: デザインに合う ミシン刺繍用 刺繍枠 を揃える(大きすぎる枠はズレ要因)
- レベル2: マグネット刺繍枠 で枠張り時間短縮と枠跡低減
- レベル3: 帽子案件なら 刺繍ミシン用 キャップ刺繍枠 の専用システムで曲面を安定させる
材料の特性を理解して、糸送りと枠張りを整える。これが、刺繍を安定して回す最短ルートです。
