目次
Hatchで手動レタリング:いわば「白書」的に作り込む考え方
手動レタリング(文字の手動デジタイズ)は、「趣味レベル」と「仕事で通る品質」を分ける重要スキルです。自動フォントは手軽ですが、クライアント指定のロゴ文字(独自の字形・比率・角の立ち方)に合わせたいとき、狙い通りにならないことが少なくありません。このガイドでは、無音の作業録画を手順として再構成し、ロゴ文字「MAISON MFWM」を手動でデジタイズしていきます。
目的は画面の真似ではなく、糸と布がどう動くか(刺繍の物理)を理解しながら作ること。HatchのDigitize Blocks(ブロック手動デジタイズ)でサテン列を組み立て、ステッチ角度で光沢の流れを整え、下縫い設定で構造を安定させます。
この方法の「なぜ」: 手動デジタイズは、糸で形を“彫刻”する作業です。ロフト(ふくらみ)、プル(縮み込み)、フロー(光沢の流れ)を自分で設計できます。ここが身につくと、糸切れや隙間が減り、見栄えの良いロゴが安定して作れるようになります。
このガイドで身につくこと:
- スケールの基準化: 幅124 mmを先に固定する理由
- サテン列の設計: Digitize Blocksで「M」「A」、難所の「S」を作る手順
- 見え方の設計: ステッチ角度で光沢を揃える考え方
- 構造の安定: Edge Run+Zigzag下縫いの組み合わせ
- 実務の落とし穴回避: テスト刺繍〜枠張りまでの現場チェック

手動デジタイズと自動フォント:なぜ20分かけるのか
「Autoで一発」のほうが早いのに、なぜ手動で作るのか。
- エッジのキレ: 自動生成は針落ち位置が不自然になり、輪郭が“毛羽立った”印象になりがちです。手動なら針落ちを意図して配置できます。
- 継ぎ目の隙間対策: 例えば「A」の横棒が脚に当たる部分など、重なり(オーバーラップ)を自分で設計できます。
- 採算: データが悪いと、糸切れ・停止・不良が増え、結果的に時間と材料を失います。
- 例: 50枚量産で、データ不備が原因の停止が続くと、段取りが崩れて大きなロスになります。
- 対策: 良いデータ+安定した設備(例:SEWTECH multi-needle machines)で、止まらない運用に近づけます。
取り込みとサイズ合わせ:土台づくり
動画は「MAISON MFWM」の参照画像を取り込み、幅124 mmにリサイズするところから始まります。ここが全工程の基準点です。

Step 1 — 取り込みとスケール固定
- 操作: 新規デザインを作成し、参照画像を読み込みます。
- 重要操作: 画像を選択し、縦横比ロック(鍵アイコン)をオン。幅入力欄に124 mmを入力します。
- 見た目チェック: グリッド上でおよそ12〜13cm程度に見えるか確認。小さすぎる/大きすぎる場合は、単位(mm/インチ)を疑ってください。
現場のコツ(サイズを先に決める理由): 密度や下縫いなどのパラメータはサイズに依存します。124 mmで良い密度でも、200 mmに拡大するとスカスカに、60 mmに縮小すると硬すぎる…ということが起きます。最初にサイズを固定してから作ると、その後の判断(下縫い、補正、密度)が最終サイズに対して整合します。
生産目線のチェック: データが良くても、最後は物理側(枠張り)でズレます。枠跡(枠の圧痕)や位置ズレが出る場合、標準の樹脂枠がボトルネックになっていることがあります。現場では、保持が安定しやすいミシン刺繍用 刺繍枠(マグネット式など)を選び、データで作った寸法を潰さない運用に寄せるケースもあります。
Digitize Blocksを使いこなす:サテン列を“設計”する
Digitize Blocksは、輪郭をなぞるというより、サテン列の左右の境界(川岸)を決めるツールです。左右の点をペアで置き、その間を糸(サテン)が埋めます。

クリックのリズム(点の置き方の感覚)
- 左クリック: 角や直線の制御に使うイメージ
- 右クリック: 曲線を滑らかにするイメージ
- 感覚: 左右の点ペアが“足幅”。足の向きを変えると、サテン列の向き(ステッチ角度)が回ります。
直線系の文字:「M」「A」「I」の作り方
まずは直線主体の文字から。ここは角の立ち方と、継ぎ目の重なりが品質を決めます。

Step 2 — 「M」(骨格づくり)
- 操作: Digitize Blocksを選択し、最初の縦画の下側から開始します。
- 作り方: 点ペアを置きながら上へ。鋭い角を曲がる箇所は、角が丸まらないように、ブロックを区切って作り直す判断が必要になることがあります(角を“立てる”ため)。
- 合格基準: 角が「丸い」ではなく「削り出したように」見えること。

Step 3 — 「A」(横棒=ブリッジ)
- 操作: 左脚→右脚の順で作成。
- 接合: 横棒は最後に別ブロックで作ります。
- 重要:重なり(オーバーラップ): 横棒の始点は左脚の“内側”から、終点は右脚の“内側”へ入れて終わらせます。
- 理由: 刺繍は縫うほど縮み込み(プル)が出ます。輪郭同士を“触れるだけ”にすると、実物では隙間が開きやすくなります。

Step 4 — 「I」(シンプルに揃える)
- 操作: 上の点ペア、下の点ペアで完了。
- 見た目チェック: 幅が「M」の縦画と揃っているか。ここが揃うと一気に“仕事の文字”になります。
曲線:「S」「O」(差が出る難所)
曲線は、点が少ないとサテンがカクカクして“多角形”に見えます。

Step 5 — 「S」(曲線の作法)
- 操作: Sのカーブでは、点ペア間隔を短くします。
- 作り方: 点ペアを結ぶ線(ステッチ角度の基準)が、カーブに対して極端にねじれないよう、形に合わせて少しずつ回します。
- 見た目の基準: プレビューが“リボン”のように流れること。曲線に平らな面(カクつき)が見えたら点が不足しています。
- 対処: サテンがねじれて見える場合は、点ペアの向きが不自然な可能性があります。Reshapeツールでノード位置を調整します。

Step 6 — 「O」(太さの一貫性)
- 操作: 手動ブロックで作ると、Oの太さを均一に保ちやすくなります。
- チェック: 開始点と終了点の重なりが目立たないか(段差・コブが出ないか)を確認します。

Step 7 — 残り(N, M, F, W, M)を同じ理屈で仕上げる
- 効率: リズムが掴めたら同じ手順でテンポ良く進めます。
- 「W」: 内側の鋭い谷で糸が詰まりやすいので、角の処理を丁寧に。
- 「F」: 横棒は「A」と同じく、脚に“内側から”入れて隙間を防ぎます。
[FIG-10] [FIG-11]
補足(段取りの考え方): 商用作業では、デジタイズ中に現場側は枠張りや段取りを進めたいところです。位置再現性を上げるなら、刺繍 枠固定台や刺繍 枠固定台を使って、毎回同じ位置に枠張りできる体制にすると、ソフト側の精度が現場で活きます。
Object Propertiesで仕上げる:刺せるデータに“工学的に”する
デジタイズ直後は「絵」に近く、Object Propertiesで初めて刺繍として成立します。ここで下縫い(Underlay)を設計します。

下縫いの基本形:Edge Run+Zigzag
動画ではこの組み合わせが使われています。

Step 8 — 下縫い設定
- 操作: すべてのオブジェクトを選択(Ctrl+A)→Object Propertiesを開きます。
- 設定1: Underlay 1 = Edge Run
- 狙い: 外周に沿って下縫いを入れ、サテン列の端を安定させます。
- 設定2: Underlay 2 = Zigzag
- 狙い: 上糸サテンの土台を作り、沈み込みや透けを抑えます。
- Auto Split: OFF(動画ではオフ)
- 理由: このサイズの文字では、サテンの“つや”を活かしたい場面が多く、分割が入ると見た目が分断されやすくなります。
プル補正(Pull Compensation):文字のキレを守る要点
動画内で明示されているわけではありませんが、文字の隙間・細りの原因として最優先で疑うべき項目です。サテンは縫うほど幅が狭く見えやすくなります。
- 対策: Pull Compensationを追加します。
- 見た目チェック: 画面上では“少し太い”くらいに見えるのが、実刺繍でちょうど良くなることがあります。

注意(機械安全): 新規データのテスト刺繍では、速度を上げすぎないでください。高密度のサテンは針が熱を持ちやすくなります。異音や過度な負荷を感じたら、針の状態や設定を見直し、必要に応じて交換してトラブルを避けます。
書き出しと最後の壁
最後はTrueViewのプレビューで全体確認。文字がつながって見え、輪郭がきれいで、光沢の流れが破綻していないことを確認します。
書き出しの考え方: 作業用ファイル(Hatchの.EMB)と、機械用ファイル(.DST、.PESなど)は両方保存します。機械用だけだと、後から編集しやすいオブジェクト情報が失われることがあります。
枠張り(物理側)の変数: データが良くても、滑りやすい素材では枠内で生地が動き、位置ズレが出ます。
注意(マグネット安全): マグネット刺繍枠は強力な磁力を使用します。指挟みの危険があるため、合わせ面に指を入れないでください。磁場の影響を受ける医療機器を使用している場合は使用を避け、磁気に弱いもの(磁気カード等)には近づけないでください。
判断フロー:生地・スタビライザー・枠張りの選び方
実刺繍前に、現場側の段取りをこの順で決めます。
1. 生地が安定している(デニム、キャンバス、ツイル)?
- スタビライザー: ティアウェイで足りることが多い
- 枠張り: 標準枠でも安定しやすい
- データ側: 標準的な補正で進めやすい
2. 生地が伸びる(鹿の子、Tシャツ、機能素材)?
- スタビライザー: カットアウェイが基本
- 枠張り: 枠跡リスクが上がる
- 対策: 過度に引っ張って枠張りしない。必要に応じて刺繍ミシン 用 枠入れの補助やマグネット枠で圧を分散する。
- データ側: 位置ズレ・細りが出やすい前提で、テスト刺繍で確認する
3. 表面が起毛・凹凸(フリース、タオル)?
- スタビライザー: カットアウェイ+水溶性トッパー
- 理由: トッパーがないとサテンが毛足に沈み、輪郭がぼやけやすい
- データ側: 下縫いで持ち上げる設計を意識する
Prep:作業前チェックリスト(プリフライト)
始める前に、事故と手戻りを潰します。
作業環境・ソフト側
- Hatch: グリッド表示で位置確認できる
- 参照画像: 「MAISON MFWM」を読み込み済み
- 単位: mmで作業している
見落としがちな消耗品
- 針: 生地に合った針を使用(摩耗した針は品質を落とします)
- 下糸(ボビン糸): 残量確認(文字途中で切れると復旧が面倒)
- 糸切り: ジャンプ糸処理用のハサミを準備
Prepチェック
- 画像幅が正確に124 mm
- 縦横比ロックが有効(画像が潰れていない)
- Digitize Blocksツールを選択できる
- 文字の作成順を頭の中で整理できている
Setup:デジタイズ作業の表示設定
Setupチェック
- ノード配置しやすい拡大率に設定
- サテン生成の見え方を確認できる表示(ステッチ表示など)
- ジャンプを減らすための開始/終了点の考え方を決める
Operation:実行フェーズ(工程内検証)
工程内チェック(Step-by-Step)
- M: 角が丸まっていない/必要箇所で重なりが取れている
- A: 横棒が脚の内側に入り、隙間が出にくい
- I: 幅が他の縦画と揃っている
- S: 曲線が滑らかでカクつきがない
- O: 太さが均一で継ぎ目が目立たない
- 全体: 全オブジェクト選択済み
- 下縫い: Edge Run+Zigzagが適用されている
- Auto Split: OFFになっている
トラブルシューティング:「失敗」から「復旧」へ
| 症状 | 見分け方 | 主な原因 | すぐ効く対処 |
|---|---|---|---|
| 継ぎ目に隙間 | サテンの間から下地が見える | 重なり不足/補正不足 | 接合部の重なりを増やす、必要なら補正を見直す |
| 曲線がギザギザ | 「S」「O」が多角形っぽい | 点ペアが少ない | Reshapeで点を追加し、曲線の変化を細かく追う |
| 生地が波打つ | 文字周りがうねる | 密度過多/枠張り不安定 | スタビライザーを適正化、密度を見直し、保持を安定させる |
| 枠跡 | 枠の圧痕が残る | 締めすぎ/圧が集中 | 過度に締めない。必要に応じて保持方式を見直す |
| 糸切れ | 停止が増える | 摩擦・針状態・負荷 | 糸道確認、針交換、条件を見直してテストする |
設備を見直すタイミング
デジタイズは上達しても、現場のボトルネックが枠張りや段取りにあると伸び悩みます。
- 詰まりどころ: 枠張りに時間がかかる/停止が多い/再現性が出ない
- 見直し方向:
- 安定: マグネット枠で保持を均一化し、枠跡やズレを減らす
- 生産性: 単頭より多針刺繍機のほうが色替えの手間を減らしやすい(例:SEWTECH)
このガイドの手順でデータを整え、チェックリストで検証し、必要に応じて現場側の段取りを強化してください。
