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マシン刺繍で「パス(Pathing)」が重要な理由
デジタイズは単に形を描く作業ではなく、高速で動く針が通る「ルート設計」です。パス(Pathing)が甘いデータは、縫製中に停止やトリムが増え、結果としてジャンプ(飛び糸)処理の手間や糸トラブルが増えます。
このレッスンでは、Kathleen McKeeの手順に沿って、ランニングステッチを使い、デザインの各パーツを“縫いながらつなぐ”考え方を解説します。狙いはシンプルですが効果は大きく、刺繍機ができるだけ止まらずに連続縫いできるデータに近づけます。
効率が落ちると何が起きるか
停止・再開が多いデータは、時間をロスするだけでなく糸にも負担がかかります。スタート/ストップの繰り返しでテンションが乱れやすく、次のようなトラブルのきっかけになります。
- 鳥の巣(ボビン側の糸だまり)
- 糸切れ/糸の毛羽立ち(針穴付近で擦れて切れやすい)
- テンションムラ(表面に不均一さが出る)
ソフト側の挙動として覚えておきたいのが、ジャンプの扱いです。動画内では、次の縫い始めが2mm以内ならトリム指令が出ず、糸を引きずって移動する場合がある、という前提が語られています。とはいえ、現場では「引きずり」が表に出ると後処理が増えるため、ランニングステッチを下に埋めて移動する設計で、そもそも迷いを減らすのがポイントです。

手動パンチの基本ツール(Z / X / V ショートカット)
作業スピードを上げるには、メニューを探す時間を減らし、ショートカットでツールを切り替えるのが近道です。このワークフローは、主に次の3つを行き来します。
- ストレートブロック(Z):直線的なサテン柱(角のある形)を手動で作る
- カーブブロック(X):リボンのような曲線(ベジェ系のカーブ)を手動で作る
- ランニングステッチ(V):ここでは渡り縫い(トラベル)として使い、パーツ同士をつなぐ
「指が覚える」切り替えがミスを減らす
Z / X / V で切り替えると、アイコンを探してクリックする回数が減り、入力のリズムが崩れにくくなります。特に手動パンチは「次が上か下か」を見失うと一気に崩れるので、ツール切り替えの迷いを減らすことが品質にも直結します。


サテン柱は「上→下」のリズムで作る
手動デジタイズはリズムが命です。オートデジタイズのように形を選んで終わりではなく、柱の両側を交互にクリックしてステッチ角(糸の振り)を決めます。
合言葉:「上(Top)、下(Bottom)、上、下」
動画の手順では、このリズムを頭の中で唱えながら入力します。
- 上(Top)クリック:糸振りの片側を定義
- 下(Bottom)クリック:糸振りの反対側を定義
この順番が崩れて「上、上」と続くと、柱がねじれたような状態になり、サテンの光沢が乱れたり、縫い目が交差して見える原因になります。
補足(動画の前提): リボン例では最大幅が11mm程度と説明されています。これは見やすさのために大きく表示している意図があり、後で縮小できる前提で進めています。


ランニングステッチでパーツをつなぐ(橋渡しの考え方)
ここが本題です。デザインを「迷路」のように考え、 1つ縫い終わったら、止まらずに次へ抜ける“出口”を作る。 その出口が、後で上から隠れるランニングステッチ(渡り縫い)です。
手順:リボンのパス設計ワークフロー
Step 1 — まず渡り縫いを置く(トラベルの下地)
- ランニングステッチ(V)を選択。
- デザイン上の「縫い始めとして自然な位置」(動画ではリボン下側)から開始。
- 後でサテン柱に覆われる位置に、細いラインとして渡り縫いを引く。
チェックポイント: 画面上では細い線として見えますが、完成時には上のサテンで“埋まる”前提です。渡り縫いを置くのは、ジャンプを出さないためだけでなく、縫い始めで糸を拾わせる時間を作る意図もあります。
注意: 実機でテスト縫いをする際は、稼働中に針周りへ手を入れないでください。ランニングからサテンへ移ると動きが一気に速くなります。
Step 2 — サテン柱で渡り縫いを隠す(手動パンチ)
- ストレートブロック(Z)へ切り替え。
- 先ほどのランニングの上を覆うように、柱を入力。
- リズムは 上(Top)→下(Bottom)。曲線に入ったら カーブブロック(X)へ。
成功の目安: サテンが渡り縫いを完全に覆い、表に細い線が出ないこと。
Step 3 — 島をつなぐ(次のパーツへ橋をかける)
- ランニングステッチ(V)へ戻す。
- 1つ目のサテンの終点から、次のパーツ(ループ)の開始点まで線を引く。
- その線は、後で重なって隠れる領域(ループの重なり部分)を通す。

Step 4 — ループ部をカーブで作る
- カーブブロック(X)を選択。
- 外側と内側を交互にクリックして形を作る。
- 形がガタつく場合は、点を増やしすぎない(必要最小限)ことを意識する。

Step 5 — 最後のパーツへ抜けて完了する
- ランニングステッチ(V)で最後のテール部へ移動。
- 手動パンチでテール部を入力。
- オブジェクトの確定は ダブルクリック。

現場目線:なぜ「迷路ロジック」が効くのか
停止・トリムが増えるほど、縫い時間だけでなく糸処理やトラブル対応の機会も増えます。パスを整理して連続縫いに寄せることは、仕上がりの安定と作業効率の両方に効きます。
量産を見据えるなら、データ最適化に加えて段取りも重要です。たとえば枠張りの再現性を上げる目的で 刺繍用 枠固定台 を使い、位置ズレのばらつきを減らす運用も検討されます。
ノード編集とベジェハンドルでカーブを整える
最初の入力で完璧に仕上がることは稀です。形の「整え」は、デジタイザーが品質を作り込む工程です。
Step 6 — アウトラインを連続で回す
- 見やすいようにコントラストの強い色(動画では黒)を選ぶ。
- ランニングステッチで外周をなぞる。
- 途中で内側へ移る必要がある場合も、パスを切らずに、後で隠れる位置を通って連続ラインにする。

Step 7 — ノード編集で滑らかにする
- 編集(Reshape/Edit)モードに入る。
- ノードを右クリックして、点の種類を切り替える(直線/曲線)。
- 曲線ノードのハンドル(ベジェの腕)をドラッグして、カーブの張り具合を調整する。
チェックポイント: 目標は「引っ張ったゴム」のように、滑らかで途切れない曲線です。折れや段差があると、縫い目にも角が出やすくなります。


「音」で分かる良いカーブ
カーブがガタつくと、枠を動かす機構が細かくギクつき、縫い音も落ち着きません。滑らかなカーブは動きが連続になり、縫い品質と機械負担の両面で有利です。
基礎整理
ここで身につけるのは「連続ラインで縫い切る」設計です。
- ゴール: できるだけ止めずに縫い、必要な場面(色替え等)だけトリムする
- 方法: Z / X / V を切り替え、下に埋める渡り縫いで“糸の通り道”を作る
事前準備
データの良し悪しを正しく判断するには、布が動かない条件を作る必要があります。ズレはデータのせいに見えますが、実際は枠張りや支持が原因のことも多いです。
用意しておきたい消耗品・小物
- 針: テスト前に新品へ交換
- 下糸(ボビン糸): 巻きムラや糸くずを確認
- スタビライザー: 生地に合わせて選定
- 印付け: センター位置を取るためのマーキング
判断の目安:生地と枠張り方
テスト縫いは、生地がズレない前提で初めて意味が出ます。
- 滑りやすい/厚みがある(例:ジャケット背中、滑りの良いポリエステル)
- リスク: 標準枠だと保持が甘く、アウトラインがズレやすい
- 対策: 粘着系の補助や、保持力を上げるために マグネット刺繍枠 を検討(ネジ式の引っ張り合いが減り、枠跡のリスクも抑えやすい)
- 伸びるニット(Tシャツなど)
- リスク: 針打ちで伸び、位置合わせが崩れる
- 対策: 伸びを抑える支持を優先し、枠張りで引っ張りすぎない
- 量産(同一位置を繰り返す)
- リスク: 枠張りの再現性が落ちると、仕上がりのばらつきが増える
- 対策: 刺繍ミシン 用 枠入れ の段取りで、毎回同じ位置に入る仕組みを作る
準備チェックリスト
- 針: 新品に交換済み
- 下糸: 糸くず清掃、スムーズに回るボビン
- 刺繍枠: たるみがなく、ただし生地を歪めない
- ソフト: 拡大表示で、渡り縫いがサテンに確実に隠れるか確認
セットアップ
データを実機に落とし込む前の最終確認です。
頭の中で「縫い順」をなぞる
スタート前に、縫いの流れをイメージします。
- 下側から開始
- 渡り縫いで移動
- サテンで覆う
- 次のパーツへ渡って連続縫い
空中を横切る“長い移動”が見えるなら、パスが切れている可能性があります。
セットアップチェックリスト
- 開始位置: マーキングに対して針位置が合っている
- パス確認: シミュレーターで、空白を横切る長い直線移動がない
- 干渉: 枠アームが周囲に当たらない
運転(テスト縫い)
縫いながら確認するポイント
- 縫い始め: 下糸を拾うまでが不安定なら、最初の数針は上糸端を軽く保持して様子を見る
- 切り替え: リボンからループへ移る場面で、連続して縫えているか(不自然な停止がないか)
- 見え方: サテンの端から渡り縫いが覗いていないか(覗くなら、渡り縫い位置や柱幅の見直し)

運転チェックリスト
- 音: 余計なトリム音が頻発しない
- 見た目: サテン下の渡り縫いが表に出ない
- 位置: 黒アウトラインが黄色リボンに沿っている
仕上がり確認
刺繍が終わったら、枠から外す前に状態を見ます。
表面の確認
サテン柱の密度感と、端の乱れをチェックします。渡り縫いが透ける場合は、柱の幅・渡り縫いの通し方・編集のいずれかに改善余地があります。
裏面の確認
停止・トリムが多いデータほど、裏に糸端や結びが増えやすくなります。連続縫いに寄せたデータは、流れが比較的きれいに見えます。
トラブルシューティング
症状:「アウトラインがリボンから大きくズレる」
- 原因候補: 縫製中に生地が動いた
- 対処:
- 生地に合った支持を見直す
- 保持力を上げるために brother 用 マグネット刺繍枠 のような選択肢も検討(使用環境に合わせて)
- ソフト側で補正が必要なら設定を再確認
症状:「裏で糸がループして絡む(鳥の巣)」
- 原因候補: 上糸の通し不良、テンション不安定、停止/再開が多い
- 対処:
- 上糸をかけ直す(基本動作を丁寧に)
- 不要な停止が出ていないか、パスを見直す
症状:「ランニングでつないだのにトリムが入る」
- 原因候補: ランニング終点と次のサテン開始点が離れている/重なっていない
- 対処: ソフト上で、ランニングの終点が次オブジェクトの開始点に重なる(またはわずかに越える)ように調整する
注意: マグネット刺繍枠は保持力が強く、指を挟むと危険です。取り扱い時は指の位置に注意してください。
まとめ
手動パンチ(Z / X)とランニングステッチ(V)を行き来し、パスを「迷路」のように設計できるようになると、デジタイズは“形を置く”作業から“縫いを設計する”作業に変わります。
得られる効果:
- 仕上がりが整う: ジャンプ(飛び糸)や糸端処理が減る
- 縫いが止まりにくい: 連続縫いに寄せられる
- 安定しやすい: 編集でカーブを整え、動きが滑らかになる
データが整ってくると、次は段取りや治具側がボトルネックになることがあります。枠張りを安定させる目的で マグネット刺繍枠 を導入するなど、運用面の改善も合わせて検討すると、量産で差が出ます。


