目次
毛足(ナップ)の高い素材が難しい理由
毛足のある素材(例:バスタオル、ふわふわのブランケット、毛足の深いフェイクファー)は、慣れている方でも一段難易度が上がります。パイル/毛がバネのように起き上がって上糸を押し返すため、縫い目が生地の「谷」に沈みやすく、サテンの縁がギザギザに見えたり、小さな文字が潰れて読めない“モヤッとした仕上がり”になりがちです。
動画では、OML EmbroideryのSueがEmbrilliance Enthusiastの機能「Knockdown Stitches(ノックダウンステッチ)」を使って、この問題をソフト側で素早く解決する流れを紹介しています。考え方はシンプルで、いきなり本刺繍を入れるのではなく、先に“土台”を縫って毛足を物理的に寝かせ、刺繍面を安定させます。

タオルのループにサテン枠が飲み込まれたり、ベビーブランケットの名入れがぼやけた経験があるなら、このワークフローは費用対効果が高いスキルです。仕上がりの「手作り感」と「業務品質」の差が出やすいポイントでもあります。

ノックダウンステッチとは?
ノックダウンステッチは、デザインの“下”に自動生成され、刺繍順で最初に縫われる補助ステッチ層です。柔らかい面に沈み込まないように面で支えるイメージで、毛足を押さえ込んでから本刺繍を載せるための下地になります。Sueは、一般的な下縫い(アンダーレイ)と本来の塗り(フィル)との中間のような、密度を抑えたフィル系の層として説明しています。

実演から重要なポイントは次の2つです。
- 文字に沿って“賢く”回り込む(輪郭追従):単語全体の大きな四角を敷くのではなく、文字ごとに沿うように生成されるため、不要な硬さが出にくく、風合いを損ねにくい。
- 刺繍順が自動で先頭になる:生成された層は“下地”として先に縫われる前提で配置され、順番を並べ替える手間が要りません。
ただし、ソフトだけで完結する話ではありません。毛足のある素材は物理的に動きやすく、固定が甘いと下地の上で素材がズレます。だからこそ、厚物ほど枠張り(刺繍ミシン 用 枠入れ)の精度が仕上がりを左右します。データが完璧でも、枠が緩いと救えません。
手順:Embrillianceでノックダウンステッチを追加する
ここでは動画の操作手順をそのまま追いながら、縫い始める前に「合っているか」を判断できるチェックポイントを追加しています。

Step 1 — 本当に“毛足押さえ”が必要な素材か確認する
Sueは最初に見極めから入っています。すべての凹凸素材にノックダウンを入れる必要はありません。不要に密度を増やすと、硬さや針熱のリスクが上がります。
触って判断する目安(触感チェック):
- 毛並みに逆らって撫でる: 繊維が立ち上がるか(例:ベロア、フェイクファー)。
- パイルをつまむ: ループ/毛が簡単に分かれるか(例:タオル)。
- デザイン側の条件: 1インチ未満の小文字、細い線、輪郭が命のロゴか。
判断:
- 必要: ノックダウンステッチを追加。
- 不要: トッピング(上面の水溶性フィルム)だけで対応。

Step 2 — 下地を入れたいオブジェクトを“漏れなく”選択する
動画ではSueがShift Select(Shiftキーで複数選択)を使い、メインのアンカーデザインと文字をまとめて選択しています。これにより、下地がアート全体を支える形になります。
操作手順:
- キーボードのShiftを押しながら、対象を順にクリック。
- オブジェクト一覧(Object Pane)で、下地が必要な要素をすべて選ぶ。
- 画面チェック: 選択枠(バウンディングボックス)が、必要な要素を全部囲んでいるか確認。
よくあるミス: 小さな記号や細部の選択を落とすと、その部分だけ下地が生成されず、そこだけ沈んで見えます。

注意(安全): 毛足の高い素材は押さえが高く上がる必要があり、糸端やループが見えにくくなります。稼働中は押さえ周りに手を入れないでください。ジャンプ糸のカットは必ず停止してから行います。
Step 3 — Utilityから「Add Knockdown Stitching」を実行する
クリック手順自体は簡単ですが、メニュー項目はEmbrillianceのEnthusiastで使える機能です。
- 操作: 上部メニュー → Utility
- 選択: Add Knockdown Stitching

チェックポイント(見た目):
- 視覚: デザインの“背面”に、薄い格子状(クロスハッチ)の層が追加されて見えます。色はグレーや白っぽく表示されることがあります。

Step 4 — 生成された層を拡大して確認する(ズーム確認)
Sueが強調しているのは「拡大して見る」ことです。サムネイル表示だけで判断しないでください。文字周りにどう入っているかが重要です。

良否の基準:
- 輪郭追従: 文字の形に沿って入っている(良い)/大きな一枚板のように入っている(硬くなりやすい)。
- 余白: 文字の外側にわずかな“押さえ込みの余裕”があると、周辺の毛羽立ちを抑えやすくなります。

Step 5 — “見えない補助”の考え方(糸色+トッピング)
Sueの実例では、白いブランケットに対してノックダウンを白で縫い、機能は持たせつつ見た目に出にくくしています。ノックダウンは「見せる刺繍」ではなく「押さえるための層」として考えるのがコツです。

併用の基本(ハイブリッド): 動画の要点は、ノックダウンはトッピングの完全代替ではなく、組み合わせると安定するということです。
- ノックダウンステッチ=毛足を寝かせる“土台”(縫い込まれて残る)
- 水溶性トッピング(上面フィルム)=毛羽を押さえる“仮設”(後で除去)
枠跡(枠焼け)という現場問題: タオルなど厚物は、通常の刺繍枠を強く締めるとパイルが潰れて枠跡が残りやすくなります。
- 症状: 仕上がりにリング状の跡が残り、蒸気でも戻りにくい。
- 対策の方向性: 厚物の固定は、締め付けで潰すより“面で保持”する発想が有効です。たとえば マグネット刺繍枠 はネジ式のような局所的な圧迫を避けやすく、毛足を過度に潰しにくい用途として検討されます。
なぜ水溶性トッピングがまだ必要なのか
Sueの結論は明確で、ノックダウンはトッピングの100%代替ではありません。組み合わせることで結果が安定します。

重なり(スタック)の考え方
- ノックダウン層: 毛足の大部分を押さえて“床”を作る。
- 水溶性トッピング: ノックダウンの格子の隙間から出てくる細い繊維を抑え、針の動きを邪魔しにくくする。
量産での再現性
タオルを10枚など連続で回す場合、トッピングを毎回同じ位置・同じ張りで置くのは地味に時間がかかります。そこで ミシン刺繍 用 枠固定台 のような枠固定台を使うと、枠と裏打ちを安定させた状態で、タオルとトッピングを一定の手順でセットしやすくなります。
実例:フェイクファーのブランケットにアンカー刺繍
Sueの例は、毛が長く動きやすいフェイクファーのブランケットという“難条件”です。

うまくいった理由(動画内容の整理)
- 糸色の工夫: ノックダウンを素材色に寄せて目立たせない。
- 下地の追加: ノックダウンを先に縫って毛足を寝かせる。
- 過度に密度を上げない: 必要以上に詰めないことで硬さや歪みを抑える。

現場向けのコツ/よくある質問(コメントより要約)
- 機能が見当たらない: コメントでも「Essentialsには“Add Knockdown Stitches”がない」という声があり、別途購入(上位機能)であることが示されています。まず自分のエディション(Enthusiastかどうか)を確認してください。
- 水溶性トッピングは何枚?/両面に使う? コメントで質問が出ています。動画内のSueの説明は「併用を推奨」という趣旨ですが、コメント返信では「このプロジェクトでは表の水溶性は使わず、裏はティアアウェイを使った」とも述べられています。つまり、素材・デザイン・狙う品質で組み合わせは変わります。迷う場合は、まずは“表にトッピング+ノックダウン”の組み合わせを基準にし、結果を見て調整するのが安全です。
- デザインの一部(中央だけ等)にも入れられる? コメントで質問があります。動画の操作ロジック上は「選択したオブジェクトに対して適用」なので、入れたい部分だけを選択して実行する考え方になります(まずは選択範囲を明確に)。
厚物の取り回し
厚いブランケットは自重で枠が引っ張られ、位置合わせズレ(輪郭の隙間など)が出やすくなります。
- 対処: 余った布を机に載せるなどして、枠に重量がかからないように支える。
- 固定の考え方: 厚物は保持力が不足すると途中でズレやすいため、用途によっては マグネット刺繍枠 のような保持方法を検討する価値があります。
注意(マグネットの安全): 強力なマグネット刺繍枠は勢いよく閉じて指を挟む危険があります。磁石は上から落とさず、横から滑らせるように合わせ、指を進行方向に置かないでください。また医療機器を使用している場合は磁石を近づけないなど、取り扱いに注意してください。
Prep
刺繍データの調整以前に、段取り(準備)が揃っていないと現場は止まります。
Hidden Consumables Table
| Item | Purpose | Expert Note |
|---|---|---|
| Needle | 75/11 or 90/14 Ballpoint (for Knits) or Sharp (for Terry) | Dull needles snag loops. Use a fresh one. |
| Topping | Water Soluble Film (Solvy) | "Lite" weight is usually sufficient combined with Knockdown. |
| Spray Adhesive | Temporary bond (KK100/505) | Essential for floating thick towels on stabilizer. |
| Tweezers | Picking out topping | Precision matters when finishing. |
位置の再現性を上げたい場合は、マグネット刺繍枠 用 枠固定台 のように枠を安定させて、裏打ち・素材を手順化してセットできる環境が有効です。
Prep Checklist
- 素材確認: ループ(タオル)か、毛足(ファー)か。
- ソフト: ノックダウンを適用したか。
- 針: 新しい針か(厚物は針が傷みやすい)。
- 下糸(ボビン糸): 途中で切れない量があるか。
- 刺繍枠: 厚みを無理に潰さず、刺繍範囲を安定して保持できるサイズか。
Setup
Setupは、ソフト上のデータを“物として縫える状態”に落とし込む工程です。
Physical Setup
- 枠張り: 標準枠ならネジを緩めて素材を無理に潰さない。刺繍ミシン 用 マグネット刺繍枠 を使う場合は、素材を置いてマグネットで固定する。
- トッピング: 上面に水溶性フィルムを載せ、必要なら四隅をテープ等で固定(縫い範囲外)。
- 可動域確保: 余ったブランケットをまとめ、針棒やアームに巻き込まれないようにする。
Setup Checklist
- 順番確認: ノックダウン層が最初に縫われる順番になっているか。
- トッピング範囲: デザイン全体を覆っているか。
- クリアランス: 手回しで押さえが毛足に引っかからないか。
- 安全: 余布が可動部に干渉しないか。
Operation
縫い始めは“試験飛行”です。音と見た目で異常を早期に拾います。
Speed Recommendation (The Sweet Spot)
一般的な刺繍機は800〜1000SPMで動かせますが、毛足素材は安定優先です。
- タオル/ファーの目安: 600〜700SPM程度まで落として様子を見る。
- 理由: 凹凸面で高速にすると、押さえがループを拾うリスクが上がります。
Sensory Checkpoints
- 音: 一定のリズムが理想。強い打音が続くなら、層が厚すぎる/針が合っていない可能性があります。
- 見た目: ノックダウンで毛足がすぐ寝るか。格子の上に毛が目立って突き出るなら、トッピングの追加などを検討します。
量産では、刺繍中に次の品物を準備できる段取りが効きます。刺繍 枠固定台 を使うと、枠のセット作業を安定して回しやすくなります。
Operation Checklist
- 下地の効き: ノックダウンで毛足が押さえられているか。
- 位置合わせ: 本刺繍が下地に対してズレていないか。
- 糸調子: 上面に下糸が出ていないか(毛足が糸を引っ張っている場合は要調整)。
Quality Checks
仕上がりは“厳しめ”に見ます。
ギフト/販売基準のチェック
- 輪郭: サテンが毛羽でギザギザに見えないか。
- 可読性: 文字が潰れていないか。
- 風合い: 硬すぎないか(硬いなら次回は下地の適用範囲を絞る等を検討)。
- 残留: トッピングがきれいに除去できているか。
Troubleshooting Guide
| Symptom | Likely Cause | The "Quick Fix" |
|---|---|---|
| 毛足が縫い目から出る | 下地なし | ソフトでノックダウンステッチを追加(Step 3)。 |
| 四角くゴワつく | 下地の範囲が広すぎる | ソフトで拡大確認し、必要なオブジェクトだけ選択して適用する。 |
| 枠跡(リング状) | 枠の締めすぎ/パイル潰れ | 蒸気で回復を試し、次回は マグネット刺繍枠 など保持方法を見直す。 |
| 糸絡み | 素材が跳ねる/層が動く | トッピング併用と、層が動かない固定を見直す。 |
| メニューに項目がない | エディション違い | EmbrillianceがEnthusiastか(Essentialsのみではないか)確認する。 |
Decision Tree: スタビライザー選びの考え方
迷ったときの判断フローです。
- 素材が伸びる?(例:ミンキー、ニット系ブランケット)
- YES: カットアウェイ系の裏打ち+トッピングを基本に検討。
- NO(タオル等): ティアアウェイ等の裏打ち+トッピングを基本に検討。
Results
Embrilliance Enthusiastのノックダウンステッチは、タオルやフェイクファーのような毛足素材で、文字や輪郭を“沈ませない”ための実用的な方法です。本刺繍の前に毛足を物理的に寝かせることで、エッジのキレと可読性を取り戻せます。
毛足素材の仕上がりを安定させる要点は、次の3点に集約できます。
- ソフト: ノックダウンステッチ(下地)
- 副資材: 水溶性トッピング(表面制御)
- 固定: 厚物でも安定しやすい枠・枠張り手順(例:マグネット刺繍枠 の活用検討)
厚物・毛足素材が日常的に入る現場ほど、データだけで戦わず、固定と段取り(枠固定台など)まで含めてワークフローを整えると、失敗が減り、品質と生産性が両立しやすくなります。

