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Janome MC9850 を使いこなす:ハードの要点・作業習慣・安定稼働のコツ
Janome Memory Craft 9850 を開封したばかりだと、「楽しみ」と同時に「本当に使いこなせるのか」という不安も出やすいはずです。本機は縫製と刺繍の“コンビ機”で、午前は服作り、午後はモノグラム刺繍……という運用が可能です。ただし初心者がつまずきやすいのは、まさにこの“縫製⇄刺繍”の切り替えポイント。ここで針折れや糸絡みが起きると、一気に作業が止まります。
本記事は取扱説明書の要約ではなく、動画で示された流れを「現場で失敗しにくい順番」に再編集したものです。どのボタンを押すかだけでなく、音・手応え・画面の見え方など、“機械が正常に動いているサイン”も一緒に押さえます。また、技術でカバーすべき場面と、スタビライザー(刺繍用の安定紙)や枠の選定でラクにすべき場面の線引きも整理します。

MC9850 は 9mm 振り幅 と 8インチのフトコロ(針位置〜アーム内側) が特徴です。スペックとして見るより、実務では「布をたぐり寄せても針周りに当たりにくい余裕」として効いてきます。キルトの重なりや大きめの生地を扱うとき、この余裕が送りの安定に直結します。


前面パネルは“操作の司令塔”です。作業場では、ただ押すのではなく「押す前に確認する癖」をセットで作ると事故が減ります。
- スピード調整スライダー: 初心者ほど最初から速くしがちです。まずは抑えるのが正解です。
- 目安: 刺繍は、上糸調子や糸質に確信が持てるまで中速域で安定させます。速度を上げるほど振動が増え、糸切れ・針折れのリスクが上がります。
- 糸切り(ハサミ)ボタン: 時短になりますが、押す前の“針周りクリア確認”が必須。
- 針上下: 角で止めたいときの基本。
- 自動止め縫い(オートロック): ほどけ止めをきれいに入れる。
- スタート/ストップ: 刺繍では基本的にこれで始動します(縫製のようにフットコントローラー前提ではありません)。

現場のコツ:"クリーンスタート"の儀式
スタート直後の不安定さは、下で糸が団子になる「糸絡み(鳥の巣)」の原因になります。
- 習慣: スタート/ストップで動かす前に、上糸の糸端を最初の数針だけ軽く押さえます。
- 感覚チェック: 最初に軽い引きが来て、その後落ち着けばOK。押さえないと糸端がボビンケース側に引き込まれ、初動で詰まることがあります。
注意: 作業スペースは必ず整理します。スタート/ストップや糸切りを押す前に、針周りを目視で一掃してください。指・ハサミ・糸端が針棒付近にある状態で突然動くのが、ケガと破損の典型パターンです。
内蔵縫い模様(ステッチ)の見方:安全のための“地図”
ステッチチャートは単なる一覧ではなく、安全運用のためのガイドです。動画でも触れられている通り、模様によって推奨押さえが異なります。ここを無視すると、針が金属押さえに当たって折れる原因になります。
- 振り幅 9mm: 装飾縫いの表現幅が広い。
- 押さえ上げ量(エクストラハイリフター): 厚物に強い一方、無理をすると針・糸に負担が出ます。
チェックポイント:厚物(デニム等)は“速度”が勝負
コメントでも「デニムは縫える?」という質問がありますが、結論は 縫えます。ただし速度と段差処理が前提です。
- 基本ルール: 厚い段差(裾の重なり=“山”)に入る前に一度止め、無理に踏み込まない。
- 音のテスト: 低く唸るような重い音が出たら、スライダーを下げて負荷を逃がします。
- 針の前提: 厚物は針番手・針種が合っていないと曲がりやすくなります。janome 刺繍ミシンとして刺繍も使う機種ですが、縫製側の針選びも同じくらい重要です。
刺繍モードへ切り替え:"完璧に枠張り"の思い込みを捨てる
ここが一番つまずきやすいポイントです。動画では 6.7" x 7.9" の刺繍エリアが示され、刺繍枠はキャリッジにツイストノブでロックします。



設定のカスタマイズ("一度決めたら触らない"項目)
動画では画面のコントラストや音量調整が紹介されています。実務で特に意識したいのは スタンバイ(待機)タイマーです。
- 運用の考え方: 刺繍は糸替えや準備で手が止まります。待機が短いと、作業の区切りで画面が落ちて焦りやすくなります。

"ドラムの皮"基準:刺繍は準備が8割
刺繍は「縫う前の固定」で品質が決まります。刺繍枠の役割は、何千回もの針落ちでも布が動かない状態を作ることです。
- 触感テスト: 枠張り後に布を軽く叩き、張りがあるか確認します。
- 見た目テスト: 布目が曲がっていないか(斜行していないか)を確認。
- 締め方: 枠ネジは基本的に指で締め、必要以上に工具で追い込まない(樹脂割れの原因)。


フローティング(浮かせ)手法:枠跡(枠焼け)問題の現実解
動画で紹介されているのが「フローティング」=スタビライザーだけを刺繍枠に枠張りし、タオルなど本体は上に置いて固定する方法です。
なぜやるのか?
- 枠跡(枠焼け): タオルや起毛素材はリングで潰すと跡が残りやすい。
- 物理的に挟みにくい: 厚物を内枠に押し込むと、枠が外れたり歪んだりしやすい。

注意:フローティングの“見えないリスク”
フローティングは便利ですが、固定が甘いとズレます。スプレーや粘着が負けると、アウトラインが二重になったり、位置がずれたりします。
道具で解決するルート:マグネット刺繍枠
動画内でも、挟みにくいアイテムに対して「マグネットで留める」発想が示されています。フローティングが日常的になるなら、道具で再現性を上げるのが近道です。
- レベル1(基本のフローティング): 仮止め+周囲を大きめのしつけ縫いで押さえ、ズレを抑えます。
- レベル2(治具・枠のアップグレード): マグネット刺繍枠を使い、強いクランプ力で固定します。スプレーに頼る頻度が下がり、段取り替えも速くなります。
注意: マグネットの取り扱い。 強力磁石は指を挟むと危険です。医療機器(ペースメーカー等)や磁気媒体には近づけないでください。勢いよく吸着させず、間に布などを挟んでコントロールします。
判断フロー:枠張りする?フローティングする?
毎回この順で判断すると迷いが減ります。
- 平らで薄い素材(綿ブロード、キルト綿など)?
- はい: 通常の枠張り+スタビライザーで進めます。
- いいえ: 次へ。
- 起毛・厚みがある(タオル、フリース等)?
- はい: フローティングが安全。必要に応じて上に水溶性のトッピングを使い、糸が沈むのを抑えます。
- いいえ: 次へ。
- 筒物(袖、裾、衿など)?
- はい: 無理に通常枠へ入れようとせず、フローティング前提で段取りします。
- 選択肢: こうした用途で 袖用 チューブラー枠 のような専用枠を検討する人もいます。
- 同じ品を10枚以上など、段取り替えが多い?
- はい: 固定の再現性と速度のため、マグネット刺繍枠の導入を検討します。
画面編集:"枠に当てる事故"を防ぐ位置合わせ習慣
MC9850 は、画面上でデザインを移動したり、文字(動画では "ABB")を追加して組み合わせたりできます。



チェックポイント:"安全マージン"を残す
動画ではグリッドの白い範囲が刺繍枠エリアとして示されています。
- 落とし穴: 画面上で端まで置けても、実機で安全とは限りません。
- 運用ルール: 枠の端から余裕を残して配置します。
- 理由: 枠や布はわずかにたわみます。端ギリギリは押さえが枠に当たるリスクが上がり、位置ズレやキャリッジ側のトラブルにつながります。
- 補足: 刺繍ミシン 用 枠入れの精度を上げたいときは、可能ならトレース機能等で縫い位置を事前確認し、最初は慎重に進めます。
トラブルシューティング:"医者の手順"で切り分ける
当てずっぽうで触ると悪化します。症状は「安い原因から順に」潰していくのが最短です。


トラブル早見表(症状 → 原因 → 対処)
| 症状 | ありがちな原因 | 切り分け・対処 |
|---|---|---|
| 下で糸が団子(糸絡み) | 上糸の掛け直し不良 | まず上糸を掛け直します。糸掛けは押さえを上げてテンション皿を開いた状態で行います。 |
| 上糸が切れる | 針の不良/糸の劣化 | まず針交換。改善しなければ糸の劣化(乾燥・毛羽)も疑い、新しい糸で比較します。 |
| 下糸が表に出る | 上糸調子が強い等 | 上糸調子を少し緩め、ボビンのセット向きも確認します。 |
| 糸切れ表示が出るが実際は切れていない | センサー周りの糸経路/ホコリ | コメントでも同様の悩みがあります。糸道の通し直し、センサー周りの清掃(ホコリ除去)を優先します。必要ならセンサーのリセットが必要な場合もあります。 |
| 刺繍枠が外れる/開く | 厚物を無理に挟んでいる | 無理に挟まずフローティングへ切替。厚物は マグネット刺繍枠 の方が安定しやすい場面があります。 |
準備:見落とされがちな消耗品
動画では糸中心に見えますが、実際は周辺資材が結果を左右します。
- 針: 状態が悪いと一気に糸切れが増えます。
- トッピング: タオルは上に水溶性トッピングを置くと、沈み込みを抑えやすい。
- 仮固定: フローティングでは仮止め手段が必要になります。
準備チェックリスト(省略しない)
- 針は新品に近いか: 素材に合っているか(ニットはボールポイント、布帛はシャープ等)。
- ボビン状態: 均一に巻けているか。
- ボビン周りの清掃: 糸くずが溜まっていないか。
- 糸掛け: 押さえを上げて糸掛けしたか(テンションに入る前提)。
- スタビライザー選定: 伸びる素材はカットアウェイ、安定した素材はティアアウェイ等、用途に合わせます。
セットアップ
糸掛けを“手応え”で確認する
動画の通りに糸道を通したら、最後に手応えで確認します。
- 感覚の目安: テンション部を通すとき、歯間フロスのような軽い抵抗があるのが正常。抵抗がゼロに近い場合はテンション皿に入っていない可能性があります。

針板(ニードルプレート)交換
ワンタッチで外せるのは大きな利点です。
- 安全: 交換時は誤作動を避けるため、電源を切る/操作ロックできるならロックしてから行います。
セットアップチェックリスト
- 針板のはまり: しっかりはまった感触があるか。
- 針のクリアランス: 手回しで1回転させ、押さえ・針板に当たらないか確認。
- 可動域: 刺繍キャリッジが動く背面・左側に物がないか。
- 下糸端: 初動で絡まないよう、糸端の処理を整えます。
運用
立ち上げ手順(動画の流れを実務化)
手順1:刺繍枠を確実にロック
- 操作: 差し込み → ノブを回してロック。
- チェック: 枠を軽く揺すり、ガタがないか。ガタがあるとアウトラインがズレやすくなります。
手順2:デザイン読込&画面編集
- 操作: バタフライを選択し、文字を追加して配置。
- チェック: 端ギリギリ(危険域)に要素が寄っていないか。
手順3:最初の10秒は“見張り”
- 操作: 上糸端を押さえ、スタート。
- チェック: 最初の10秒で糸絡み・ズレが出やすいので、ここだけは目を離さない。
運用チェックリスト
- スタート前: 上糸端を押さえているか。
- 音: 一定のリズムか。異音(強いカチカチ音)が出たら即停止。
- 糸替え準備: 次色の糸がすぐ出せる状態か(色替えで止まります)。
- 枠の可動域: 背面に壁や物がなく、キャリッジが当たらないか。
まとめ:量産に近づくための“次の壁”
MC9850 は、デジタル刺繍の基礎を身につけるのに十分な機種です。ただ、慣れてくるとボトルネックも見えてきます。
- 枠張りのボトルネック: 枠張りが毎回ストレスなら、対応する マグネット刺繍枠 を検討する価値があります(取り付け方式は機種ごとに確認が必要)。
- フローティングのボトルネック: タオルなど厚物が多いほど、枠跡対策としてマグネット固定が効きやすくなります。
- 速度(段取り)のボトルネック: 単針機は色替えが増えるほど手が止まります。ここで初めて、多針刺繍機という選択肢が現実味を帯びます。
まずは本記事の“作業習慣”を固めてください。技術が安定してきたとき、道具のアップグレードが本当に必要なタイミングが自然に見えてきます。
