目次
多頭機サービスの概要
多頭機を回している現場ほど、真の敵は「1個の部品故障」ではなく、誤診・組み戻しの焦り・質の悪い交換部品が引き金になる停止の再発です。業務用刺繍では時間=売上。12頭機が1時間止まるのは、単に1時間の損失ではなく、12頭ぶんの生産が止まるという意味になります。
この技術者の整備動画では、12頭の業務用刺繍ミシンを大きくサービスした直後の「交換済み旧部品」が机上に並びます。ここで重要なのは、並んだ旧部品を“証拠”として読み解き、次の故障を未然に潰すこと。枠駆動シャフトの摩耗を指先で判定する方法、枠が「重い/固い」と感じるときに電子系(サーボ)と機械系(シャフト・カラー)を切り分ける考え方、そして部品の真贋を「色味」と「触感」で判断する要点を、現場向けに整理します。
これは、業務用刺繍ミシンを運用している方ほど効きます。小さな機械抵抗が連鎖してサーボ負荷を上げ、基板やモーターを無駄に疑わせたり、糸切り不良でライン全体を止めたりするからです。

12頭システムを“戻す”という考え方
技術者は、サービス直後の12頭刺繍ミシンから外した摩耗部品を提示します。ここでの要点は予防保全です。たとえば「金曜の夕方に枠が固着して止まる」ような大事故は、数週間前から、わずかな擦れ跡、音の変化(低い擦過音)、糸切りの不安定さなどで前兆が出ることがあります。
摩耗しやすい“定番部位”の把握
動画で扱われている、摩耗・交換の頻出部位は次の通りです。
- 枠駆動シャフト/カラー: X/Y移動の基礎になる摺動系
- ベアリング: スムーズな移動を支える要所
- 糸切り(トリマー)モーター: 糸切り動作の要
- 天秤(糸取りレバー): 糸調子・糸切れに直結
- ガスケット/シール: 防塵・保油の消耗品
機種やメーカーが違っても(例:Tajima 刺繍ミシンのようなブリッジ型レイアウト等)、点検ロジックは流用できます。ロゴが違っても摩擦の原理は同じです。※ただし部品番号や公差は必ず機種マニュアルに従ってください。

枠移動トラブルの切り分け(電子系に見えて機械系のことが多い)
枠移動の不調は、現場で最もコストが膨らみやすい“幽霊”です。サーボアラーム、枠の動きの引っ掛かり、位置ズレなど、見た目は「電子系」に見えても、原因が機械抵抗(摺動部の固さ)だけというケースがあります。
枠駆動シャフトの点検
故障の形(動画の要点): 技術者は枠駆動系のシャフトを示し、表面に入った傷・溝(動画内では「tuck/scoring」と呼ぶ類のもの)を指摘します。金属同士の摩擦や異物混入で溝ができると、それが段差になって枠が固くなり、モーターに余計な負荷がかかります。
点検手順(感覚で判断する流れ):
- 表面を露出させる: ウエスでシャフト表面を拭き、古いグリスや汚れを落としてから確認します。汚れは傷のように感じたり、逆に溝を隠したりします。
- 目視で“帯”を見る: 移動範囲に沿って、光り方が違う線(磨耗帯)や黒っぽい筋がないか確認します。
- 爪で段差を拾う(重要): 摩耗痕に対して直角方向に爪を当て、段差を感じるか確認します。
- スッと通る: 許容範囲の摩耗の可能性
- 引っ掛かる/カチッとする: 溝が立っている状態。新しいベアリングを入れても早期摩耗しやすく、交換対象になりやすい
チェックポイント: 金属シャフトに、目視でも触感でも分かる「凹み線」が確認できること。
想定される結論: 深い溝がある場合、枠の固さの原因が機械抵抗である可能性が高い。
現場的な意味: 業務運用では、摩擦=発熱と抵抗です。溝のあるシャフトはパンタグラフ移動に必要なトルクを増やし、結果としてサーボモーターの負荷(電流)が上がり、過負荷系のアラームや発熱につながります。

カラーとベアリングの点検
「相手部品はセット」原則: シャフトとカラーは摺動の相手同士です。シャフトに溝があるなら、そこで走っていたカラー側も傷んでいる可能性が高い、という前提で見ます。
カラーの見方:
- 内径面の確認: 内側の当たり面が均一かを見ます。
- 不具合サイン: 部分的に不自然に鏡面化していたり、荒れていたりする場合は、噛み込み・偏摩耗の疑いがあります。
ベアリングの見方:
- 回転チェック: 内輪と外輪を持って回し、回転の滑らかさを確認します。
- 感触の基準:
- 良好: 静かでスムーズ
- 不良: ザラつき、引っ掛かり、クリック感など
チェックポイント: ベアリングは「コリコリ/カチカチ」がなく回ること。カラー内面に明確な傷や荒れがないこと。
想定される結論: カラーが荒れている/ベアリングがザラつく場合は、シャフト+カラー+ベアリングを一式で見直す判断が安全です。
避けたい落とし穴: シャフトだけ交換してカラーを使い回すのは「一時しのぎ」になりがちです。荒れたカラー内面が新しいシャフトを削り、短期間で再発します。

サーボモーター/サーボカードの確認(誤診防止)
切り分けの難しさ: 枠が固いだけでもサーボアラームが出ることがあります。表示が出たからといって、いきなり高額なモーター交換に飛びつかないのがポイントです。
安全側の診断順(動画の趣旨に沿った流れ):
- 表示・エラーの確認: サーボカード側のエラー表示やコードを確認します。
- 手回しで抵抗を見る: 可能な範囲で負荷を切り離し、モーター軸が手でスムーズに回るかを確認します。
- 判断:
- モーターがスムーズで、カード側も致命的な異常が見当たらない → 機械系(シャフト/カラー側)の抵抗を疑う
- 手回しで明らかに引っ掛かる → モーター側の不具合も視野
チェックポイント: 負荷から切り離した状態で、モーターが手でスムーズに回ること。
想定される結論: 電子系が正常なら、予算と時間は機械系の摺動部修理に集中させた方が再発を抑えやすい。
注意: サーボ系は通電遮断後も電荷が残る場合があります。電装の取り扱いは必ず機種マニュアルの手順に従い、訓練がない場合は機械系点検までに留めてください。
補足(現場感): 機械抵抗が原因のときは、枠の高速移動時に筐体へ低い唸りや振動が乗ることがあります。電子系の故障は、動作自体は静かで突然アラームに飛ぶこともあります。
主要部品の確認(品質と稼働率に直結する部位)
枠駆動の“重いところ”を押さえた後、技術者は縫い品質と停止に直結する部品へ移ります。
糸切り(トリマー)モーター
技術者は、交換した糸切り(トリマー)モーターの袋を見せます。これらは不良で、ナイフが噛まない/戻らないなどの糸切り不良につながっていました。

ここから学べること:
- 不良の出方: 糸切りエラー、糸切り後の針板下での絡み、ナイフ復帰不良による糸切れなどが出る場合はモーター系も疑います。
- 現場コスト: 生産中に糸切りが失敗すると、オペレーターが止めて手切り→再開が必要になります。多頭機では、1頭の不具合が全頭待ちになりやすい点が痛いところです。
想定される結果: 交換後は糸切り動作の音と動きが揃い、確実に切れて戻る状態が目標です。
設備更新の話題について(原文の意図を整理): 糸切り不良が頻発する場合は、まずは刃の状態やタイミングなど基本点検を優先し、それでも停止が続くなら、修理コストと停止損失を含めて設備全体の採算を見直す、という考え方になります。
天秤(糸取りレバー)の仕分け
技術者は天秤(糸取りレバー)を「使う」「廃棄」に分けて仕分けします。

仕分けを再現するポイント:
- 曲がりの確認: 目視で曲がりがないかを確認します。わずかな曲がりでも糸の通りが不安定になります。
- 傷・バリの確認: 糸が通る穴や当たり面に荒れがないかを見ます。引っ掛かりは糸切れの原因になります。
- 取付部の摩耗: 取付穴や支点部が偏摩耗していないか確認します。

想定される結果: 良品だけが戻り、糸切れ・糸調子不安定の再発を減らせます。曲がったレバーを戻すと、糸切れが“確定演出”になりがちです。
補足: 天秤は縫い目を締める動作の要です。多頭機では、頭ごとの部品状態差がそのまま品質差(ある頭だけ糸が緩む等)として出ます。
ガスケット/シール
動画の締めで、技術者は摩耗したガスケットやシールも交換したと述べています。

なぜ重要か: シールは油を保持し、埃や糸くずの侵入を抑えます。刺繍現場はリントが多く、シールが弱ると油と混ざって研磨剤のようになり、シャフト摩耗を早めます。消耗品として計画的に扱うのが安全です。
純正と非純正パーツ(見分け方とリスク)
教育的に最も重要な場面として、技術者は金属ピン/シャフトを2本並べ、純正と非純正(安価品)を比較します。

外観(仕上げ)の違い
動画で示される違い:
- 純正側: 黒っぽい色味で、落ち着いた(マット寄りの)見え方
- 非純正側: 明るく光沢が強い見え方

チェックポイント: 「ピカピカ=高品質」とは限りません。表面処理や仕上げの違いは、摩耗や相手部品への攻撃性に直結します。
触感(表面の荒さ)が寿命を決める
技術者は、非純正側が「より粗い」と注意します。
現場向けの解釈:
- 表面が粗い部品は、相手側(カラーやブッシュ等)を削りやすく、摺動部の寿命を縮めます。
- 手触りでザラつきを感じる場合は要注意です。短期的に動いても、周辺部品を早く傷める“後から効く”トラブルになりやすいです。
注意: 粗い非純正ピンの組み込みは、短期的に動いても、相手側の高額部品を傷めて結果的に高くつくことがあります。色味と触感の確認は、再分解の手間を減らす保険になります。
補足(多頭機の現実): swf 12本針 刺繍ミシンのように頭数が多い構成ほど、再分解の工数と停止損失が大きくなります。部品単価だけでなく、やり直しコストまで含めて判断するのが現場的です。
ピン/シャフトの真贋チェック(実務用)
実務での確認順:
- 色味: 黒っぽい仕上げ(熱処理・表面処理由来の色の差)かどうか
- 触感: 指でなぞって引っ掛かりやザラつきがないか
- はまり具合: 無理な力をかけずに収まり、ガタが出にくいか
保全のベストプラクティス(ルーチン化)
動画の内容を、繰り返し使える点検習慣に落とし込みます。
シャフトの溝チェックを定期化する
止まってからでは遅い、が基本です。
- 月次: X/Y周りの清掃(拭き取り)
- 定期: 移動量が大きい箇所の摩耗帯を触感で確認
- 狙い: 溝が“深くなる前”に兆候を拾う
電子系と機械系の切り分けを混ぜない
判断フロー:枠が固い/動きが悪い
- エラー表示やコードが出ているか?
- YES: まずサーボカード側の表示・手順を確認
- NO: 次へ
- モーター側の回転抵抗はどうか?(可能な範囲で負荷を外して確認)
- 重い/引っ掛かる: モーター側も疑う
- スムーズ: 機械系(シャフト/カラー等)の抵抗を優先して疑う
- 機械系の摺動部を点検(シャフト/カラー/ベアリング)
- シャフトに明確な溝がある → シャフトと相手部品をセットで見直す
準備(見落としがちな消耗品と事前チェック)
段取りで8割が決まります。
用意しておきたいもの:
- グリス/オイル: 機種マニュアル指定のもの
- ウエス: 表面状態を正しく見るために必須
- 仕分けトレー: 頭番号ごとに混ざらない工夫
- マーキング用品: 不良品を即座に識別できるようにする
事前チェックリスト
- 作業台: 片付け、照明確保
- 仕分け: 頭番号ごとの置き場を作る
- 清掃: 脱脂・拭き取りで“本当の傷”を露出
- 安全: 電源遮断・手順遵守
- 部品: シャフト/カラー/シール等の交換品を準備
セットアップ
組み戻し前の整理で、ミスを減らします。

組み戻し前に新品部品を整列・照合する
技術者は箱入りの新品在庫を開封し、取り付け前に部品を確認しています。取り付けてから「違った」を防ぐ動きです。

セットアップの原則:
- 照合: 新品を旧品(確実に純正だったもの)と見比べ、色味や仕上げが不自然に違わないか確認
- 段取り: 取り付ける頭の近くに置き、袋は必要になるまで開けない(混入・取り違え防止)
セットアップチェックリスト
- 新品部品を頭番号・箇所ごとに割り当てた
- 廃棄(不良)山を作業台から離した
- 純正/非純正の見分け(色味/触感)を実施した
- 摺動面の汚れ(油+リント)を除去した
作業(点検・交換の流れ)
実際の点検と交換を、チェックポイント付きでまとめます。
手順(チェックポイント付き)
- 枠駆動シャフトの点検
- 作業: 拭き取り後、摩耗帯を触感で確認
- チェック: 段差(引っ掛かり)があるか
- 合格基準: スムーズ、または交換判断ができた
- カラー/ベアリングの点検
- 作業: ベアリング回転、カラー内面の荒れ確認
- チェック: ザラつき/偏摩耗がないか
- 合格基準: 一式で健全、または一式交換の判断ができた
- サーボ系の切り分け
- 作業: 表示確認、可能な範囲で手回し確認
- チェック: モーターがスムーズか
- 合格基準: 電子系か機械系か、方向性が決まった
- 天秤(糸取りレバー)の仕分け
- 作業: 曲がり/荒れの確認、良否を分ける
- 合格基準: 良品のみが戻る状態
- 純正相当部品で組み戻す
- 作業: 色味(黒っぽい仕上げ)と触感が良い部品を優先
- チェック: 無理に押し込まず収まるか
- 現場のコツ: 部品は名称・位置が分かるように管理し、混在を防ぐ
作業チェックリスト
- シャフトの溝を特定し、必要箇所を交換した
- カラー/ベアリングをセットとして評価した
- サーボカードの表示を先に確認した
- モーターの回転抵抗を確認した
- 天秤(糸取りレバー)を良否で仕分けした
- 組み戻しは適切な手順で実施した
注意(マグネットの安全): 生産効率化のためにマグネット式の刺繍枠を使う場合、強力な磁石により指を挟む危険があります。無理にこじらず、滑らせるように外してください。また、電子部品周りには近づけない運用が安全です。
品質確認(動けばOKではない)
作業は「動作が安定して戻る」までがセットです。
良い状態の目安
- 音: 不自然なガタ音がなく、枠移動が静か
- 感触: 低速移動で引っ掛かりや過度な振動がない
- 生産: 糸切りが安定して成立する
生産目線の確認(多頭機)
12針 刺繍ミシンクラスでは、頭ごとのバラつきが損失になります。全頭同時のテスト運転で、特定の頭だけ糸切れや糸調子不良が出る場合は、その頭の天秤や関連部品を優先的に見直します。
改善の入れどころ
機械的に健全でも、段取りが遅くて利益が出ない場合は、ボトルネック(枠張り時間など)を別途見直す余地があります。
トラブルシュート
「まだ直らない」を潰すための整理表です。
| 症状 | 可能性が高い原因 | まずやること | 予防 |
|---|---|---|---|
| 枠が固い/噛む | シャフト溝+カラー摩耗 | 両方(シャフト+カラー)をセットで見直す | 定期清掃・給油 |
| サーボ過負荷系のアラーム | 機械抵抗(モーター故障に見える) | モーターの回転抵抗を確認し、スムーズなら機械系へ | レール周りの清掃 |
| 糸切り不良/絡み | トリマーモーター不良 | モーター交換、刃の状態も確認 | トリマー周りの清掃で詰まり防止 |
| 新品部品がすぐ摩耗 | 仕上げの粗い非純正品 | 取り外し、仕上げの良い部品へ | 信頼できるルートで調達 |
| 糸が緩む/切れる | 天秤の荒れ・曲がり | 良否仕分けを徹底し、不良は交換 | 定期点検 |
まとめ
この12頭機のサービス事例が教えるのは、結局のところ 「摩擦は必ず痕跡を残す」 ということです。シャフトの溝、ベアリングのザラつき、枠の重さや音の変化。これらを手順化して拾い、電子系の“それっぽい症状”に引っ張られずに切り分けることで、停止の再発を減らせます。

要点まとめ:
- セットで考える: シャフト+カラー+ベアリングは一体として評価
- 色と触感を信じる: 光沢より、仕上げの一貫性と滑らかさ
- 音と抵抗を記録する: 静かでスムーズな機械は稼げる
melco 刺繍ミシンなど複数メーカーの機械を併用している現場でも、この点検の考え方を共通手順にすると、整備品質が揃い、稼働率が読みやすくなります。


