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キッチンタオルハンガーは、一見すると「かわいい小物」です。ですが、マシン刺繍の視点で見ると工程設計が難しい案件でもあります。ミシンには、硬さのある自立パーツ(ハンガー)を“枠内で組み立て”させつつ、別工程では柔らかいタオルにアップリケをズレなく入れることが求められます。ほんのわずかなズレが、最終的な見栄えと耐久性に直結します。
ここでは「うまくいくといいな」ではなく、作業を再現可能にするための材料の選び方(スタビライザーの役割)、層(レイヤー)の管理、そして道具の使い分けに焦点を当てます。動画で示されている手順をベースに、現場で迷いがちなポイントを“止まって確認できる形”に落とし込みます。
それでは、インザフープ(ITH)タオルハンガーの実務手順です。

資材:仕上がりを決める「土台」
ITHは、材料を妥協するとそのまま構造不良になります。まずは土台を固めます。
必須アイテム:
- 刺繍ミシン: 1本針でも可。量産なら多針刺繍機が有利。
- 刺繍枠: デザインサイズ 5.02" x 8.43" が入る枠。
- 生地: ハンガー用コットン 2枚(各 6" x 10")、ティータオル 1枚。
- スタビライザーA(構造用): OESD AquaMesh(水溶性)。重要:2枚重ね。
- スタビライザーB(貼り付け用): OESD StabilStick(粘着付きティアウェイ)※タオル用。
- 芯材: FiberForm(ハンガーの“骨格”になる硬めの芯)。
- 接着: 仮止めスプレー(505 / Web Bond)+アップリケ用 Fuse and Fix。
- 針: 75/11(刺繍針)。動画では大きめの針穴のタイプが推奨され、糸切れ対策にも有効。
- 糸: 上糸は Isacord 40wt、下糸(ボビン糸)は基本 OESD ボビン糸。外周のサテン仕上げはボビンもIsacordに切替。

見落としがちな消耗品&事前チェック
デザインを見る前に、失敗要因を先に潰します。
- 「新品針」ルール: FiberFormは密度があり、針が鈍ると貫通が不安定になりやすいです。開始前に 75/11 を新しく。
- 「粘着の残り」注意: StabilStick等を使った後の枠に残った汚れは、保持力低下の原因になります。枠のリムは作業前に清掃。
- 「速度」について: 動画内では速度指定はありません。仕上げのサテンは精度が出やすい条件(糸調子・押さえ・材料固定)を優先し、無理な高速運転は避けてください。
判断:位置合わせ治具は必要?
* ケースA: 自宅用に1〜2セット
結論:* 手書きの基準線+丁寧な位置合わせで対応可能。
* ケースB: バザーや納品で20セット以上
結論:* 手作業の基準線は累積誤差が出ます。高さを揃えるなら 刺繍用 枠固定台 の導入が現実的です。

事前チェックリスト(開始前の“プレフライト”):
- 枠チェック: リムを清掃し、ネジの締め具合を一定に。
- ボビン準備: 1) 構造縫い用(OESDボビン糸) 2) 仕上げ用(上糸と同色のIsacord 40wt)。
- 刃物チェック: 18mmロータリーカッターの刃欠けなし(内窓の角が荒れる原因)。
- スプレー確認: いきなり作品に吹かず、ゴミ箱等に試し噴きして詰まりを除去。
注意:刃物の安全。 ハンガーの内窓カットは刃を内側に入れて作業します。刃の進行方向に手を置かない/身体に向けて切らない。可能ならミシンから枠を外し、安定した台の上でトリミングしてください。
フェーズ1:ハンガー(自立パーツ)を“構造物”として作る
ここは刺繍というより、枠内での組み立て作業です。
1. 土台(AquaMeshの枠張り)
AquaMeshを2枚重ねで枠張りします。1枚だと高密度のサテンで負荷がかかり、歪みや破れの原因になります。
チェックポイント: 枠張りしたスタビライザーを指で軽く叩き、張りが均一か確認します。たるみがある場合はやり直し。

2. 骨格(FiberFormのカット)
型紙をFiberFormに写し、外周はハサミでカット。内側の四角い窓は、18mmロータリーカッターで切ると角が出やすく、仕上がりが安定します。
重要な考え方: FiberFormはタブ(ボタンホール側)まで入れない設計です。
- 理由: 本体は硬さが必要ですが、タブは折り返してボタンに掛けるため柔軟性が必要です。芯を入れると厚みが増え、折り癖や割れ、ボタン周りのゴワつきにつながります。


3. サンドイッチ(浮かせ貼りで層を固定)
配置縫い後、FiberFormの裏に仮止めスプレーを吹き、配置線の内側に置きます。次に 6"x10" の表布(1枚目)の裏面にスプレーし、全体を覆うようにシワなく貼ります。
現場メモ: 「スタビライザー+芯材+生地」の厚みは増します。一般的な枠だと内枠のねじれや浮き(ポップアウト)につながることがあります。厚物の保持を安定させたい場合、マグネット刺繍枠 のように上から均一に押さえられる方式が作業性に直結します。

4. ダブルのカットライン(切りしろの安全域)
次の工程で、二重線(ダブルライン)のカット線が縫われます。
- 内側の線: 生地を保持するための押さえ。
- 外側の線: トリミングのガイド。
外側の線ギリギリまでカットします。
- 手順のコツ: ダブルカーブのアップリケハサミを使い、ハサミの“受け”をスタビライザー面に沿わせて、刃先だけで生地を切ります。これで土台(AquaMesh)を誤って切り込みにくくなります。


5. 装飾縫い→裏布の追加
渦巻き・文字・ハートを縫います。その後、枠をミシンから外します(枠から外さない)。枠を裏返し、裏布(2枚目の 6"x10")の裏面にスプレーして、刺繍範囲を覆うように貼ります。

6. サテンの外周仕上げ(ボビン糸を切替)
ここで一度止めます。 ボビンを交換します。 白い構造用ボビン糸のまま外周サテンを縫うと、裏側に白い糸が点々と見えやすくなります。動画の通り、外周の仕上げは上糸と同色のIsacord 40wtをボビンにも入れると、裏面まで“製品っぽい”見え方になります。

フェーズ2:タオル(アップリケ+フローティング)
タオルは厚みがあり、無理に枠で挟むと枠跡(枠の押し跡)や斜行の原因になります。ここは「枠張り」ではなく、フローティング(貼り付け)で安定させます。
1. 粘着スタビでフローティング
StabilStick TearAwayを、紙面を上にして枠張りします。紙に「X」を入れるように軽く切り込み(スタビ本体は切らない)、紙を剥がして粘着面を出します。
この方法は、布をリングで潰さずに上から貼る フローティング用 刺繍枠 の考え方に近く、タオルのような枠張りしづらい素材に有効です。

2. 位置合わせ(基準線の作り方)
スタビ側に中心線(十字)を引きます。タオル側は、中心(縦)を取り、裾から5インチ上に水平線を引き、その交点をデザイン中心として合わせます。
チェックポイント: タオルを貼る前に、粘着面の中心線が見える状態で、タオルの縦線が“ねじれずに”重なるか確認してから圧着します。

3. Fuse and Fix(切りっぱなしアップリケの安定化)
アップリケ布にFuse and Fixをアイロンで貼ります。
- 理由: タオルは洗濯頻度が高く、切りっぱなしアップリケは端が荒れやすい条件です。Fuse and Fixで布に適度なコシを与えると、型紙どおりに切りやすく、配置もしやすくなります(動画でも「硬くなりすぎない」点が説明されています)。



フェーズ3:組み立て&最終仕上げ
縫い終わったらハンガーを枠から外し、AquaMeshをぬるま湯で洗い流します。
- チェックポイント: 最初はぬめりを感じます。水で流してぬめりが減るまで落とします(強くこすりすぎるとサテンの毛羽立ちにつながるため、押し洗い中心)。
次にボタンホールを開きます。ここは失敗が出やすい工程です。
- 安全策: ボタンホールの端に待ち針を1本置いてから切り開くと、リッパーやハサミが滑ったときにサテンを切り抜く事故を止めやすくなります。
タブは前側ではなく裏側へ折る仕様です。折り返した状態でボタン位置を印し、ボタンは裏側に縫い付けます。表から見える縫い止めが目立たないよう、表側の生地色(または刺繍色)に近い糸で留めるのが動画のポイントです。
最後にタオルを三つ折りにして開口部へ通し、タブをボタンに掛けて完成です。
補足(コメントより要約): オーブンの取っ手が太くて届かない場合は、ボタンホールに輪ゴムを通してボタンに掛けると、掛け代を延長できます。
注意:マグネットの取り扱い。 マグネット刺繍枠 を使う場合、磁力は強力です。指挟み防止に注意し、ペースメーカー等の医療機器や磁気媒体には近づけないでください。
トラブルシューティング:現場の切り分け表
不具合が出たら、まずは低コストの確認から順に潰します。
| 症状 | 主な原因 | 対処(低コスト → 高コスト) |
|---|---|---|
| 布が工程中にズレる(ITHの層が動く) | 層同士の仮固定不足 | 1. 仮止めスプレー(505 / Web Bond)でスタビとFiberForm/生地を確実に固定。 |
| タブ部分が厚くて扱いにくい | FiberFormがタブ側まで入っている | 1. 芯材パターンを見直し、タブ部分を除外してカット。 |
| 糸切れ・糸がささくれる | 針穴が小さく摩擦が増えている | 1. Groz-Beckert 75/11 の刺繍針(針穴が大きいタイプ)に交換。 |
| アップリケ端が荒れる/カットが汚い | ハサミがラインに寄れていない | 1. ダブルカーブのアップリケハサミを枠面に沿わせて“寝かせ切り”。 <br> 2. ジャンプ糸はカーブEZスニップ等で際を処理。 |
道具のアップグレード指針(作業の痛みから選ぶ)
標準装備でも縫えますが、量が増えるほど「どこで時間と失敗が出るか」で投資先が決まります。
- 痛み:厚いサンドイッチを枠に入れるのが大変/保持が不安定
- 対策: マグネット刺繍枠(ねじれが出にくく、上から均一に保持しやすい)。
- 痛み:タオルの中心・高さが毎回ズレる
- 対策: hoopmaster 枠固定台 等の枠固定台で位置合わせを標準化。
- 痛み:色替えに時間がかかる
- 対策: 多針刺繍機で色替えの手間を削減(量産時の効率に直結)。
最終チェックリスト
開始前(セットアップ):
- スタビ:AquaMesh x2(ハンガー)/StabilStick x1(タオル)。
- ボビン:構造縫い用(OESDボビン糸)をセット。
- 針:75/11 を新品に。
縫製中(オペレーション):
- タブ確認: FiberFormがタブに入っていない。
- カット確認: ダブルラインの外側に沿って際までトリミング。
- ボビン交換: 外周サテン前に、上糸と同色のIsacord 40wtへ。
- アップリケ確認: Fuse and Fixの紙を剥がしてから配置。
材料の役割を守り、工程ごとに止まって確認すれば、ITHタオルハンガーは「運任せのクラフト」ではなく、安定して再現できる製品工程になります。
