目次
マシンカウチングとは?(刺繍の「立体表現」を手早く作る技法)
マシンカウチングは、刺繍で“質感”を作るための代表的なテクニックです。通常の刺繍が細い糸(上糸・下糸)を高密度に重ねて面を作るのに対し、カウチングは太いヤーン(毛糸など)を生地の上に置き、上からジグザグで押さえ縫い(タックダウン)して固定します。少ない針数でも、太さと立体感が一気に出るのが強みです。
一方で、慣れないうちは失敗しやすいのも事実です。通常の押さえ(刺繍押さえ)でヤーンを無理に通そうとすると、針がヤーンを刺してしまったり、下糸側が乱れたり、線が波打って「量産品質」に届きません。
ここではBrother Innov-isシリーズを前提に、動画の流れに沿って「何をどうセットすれば安定するか」を作業手順として整理します。ポイントは、専用フットと糸ガイドで“ヤーンが抵抗なく流れる経路”を作ること、そしてヤーンは引っ張らず、枠の動きに合わせて“自然に供給される状態”にすることです。
プロ仕様の基本構成
- 専用のカウチングフット(中央にヤーンを通す穴/溝がある)
- 糸ガイドアーム(ヤーンガイド)(供給経路を安定させる)
- 「カテゴリーC(カウチング)」のデザイン(ヤーン固定用にデータ化されたもの)

カウチングフットが必要な理由(“中央穴”が仕事をする)
通常の刺繍押さえではなく、なぜ専用フットが必要なのか。答えは[FIG-01]のように、フットにヤーンを通すための中央穴(センターホール)が設計されているからです。
針はヤーンの上をジグザグでまたぐように落ちます。ヤーンがフラフラ動く状態だと、針落ち位置にヤーンが入り込み、結果としてヤーンを刺す→毛羽立ち/切れ/針折れにつながります。専用フットはヤーンを中央に保持し、針が当たりにくい位置関係を作ります。
カウチングの鉄則:摩擦(抵抗)は敵 ヤーンはミシンのテンションで引っ張るのではなく、枠の動きに合わせて“スッと出る”状態が理想です。
ヤーン選びの目安(フット穴を“手で通して確認”)
動画ではピンクの一般的なヤーンを使用していますが、ヤーンは太さ・毛羽・撚りで挙動が大きく変わります。まずは機械に通す前に、フットの穴に手で通して滑りを確認してください。
- OKの目安: 引っ掛かりがなく、軽く引くだけでスムーズに動く
- NGの目安: 抵抗が強い/ザラつく/入口で引っ掛かる
- 毛羽が強すぎると、ガイド部で詰まりやすくなります
- 太すぎると、フット周りの動作や押さえ高さの安定に影響します

フェーズ1:ミシン側の準備
段取りは「画面(データ)→機械(フット)」の順で進めると、設定ミスや干渉を減らせます。
手順1:カテゴリーC(カウチング)デザインを読み込む
ミシンに「ヤーンを押さえる前提のデータ」を使うことが重要です。通常データは密度や針落ちがカウチング向けではありません。
- 画面で刺繍(Embroidery)を選択
- カテゴリーC(Couching)へ移動
- 動画の例ではケーキ柄を選択
- Setを押す
チェックポイント: 画面上でデザインが正しく表示されていること。カウチングは針幅とヤーン位置関係が重要なので、極端な拡大縮小は避け、まずは標準サイズで安定させるのが安全です。

手順2:カウチングフットへ交換(確実に固定する)
ここは精度が出る/出ないを分ける工程です。
- 外す: ドライバーで通常の刺繍押さえ(ホルダー)を外す
- 付ける: カウチングフットを押さえ棒に当てる
- 締める: ネジをドライバーでしっかり締める
チェックポイント: フットがぐらつかず、針板の穴位置に対してフットが素直に収まっていること。

注意:機械安全。 テスト時は針周りに手を入れないでください。ヤーンやフットが干渉している状態で無理に動かすと、針折れや部品破損につながります。

作業前チェック(省略しない)
- 下糸(ボビン糸): 途中で切れる/なくなると復旧が面倒なので、余裕がある状態に
- 作業スペース: ヤーンが引っ掛からずにほどけるスペースが確保できているか
- 道具: 仕上げ用の目打ち(awl)とハサミを手元に
フェーズ2:糸ガイド(ヤーンガイド)で“抵抗のない経路”を作る
初心者がつまずきやすいのは、ヤーンが途中で引っ掛かり、供給が止まってテンションが急上昇するパターンです。ここではヤーンがスムーズに流れる経路を作ります。
手順1:糸ガイドアームを取り付ける
糸ガイドアーム(ヤーンガイド)を、ミシン本体のアクセサリーポートに取り付けます。
チェックポイント: しっかり差さり、作業中に垂れたり外れたりしないこと。

手順2:ヤーンの通し方(順番どおりに)
動画の流れに沿って、次の順で通します。
- ヤーンを置く: 追加の糸立て(延長スプールピン等)にヤーンをセット
- 上部ガイド: 伸縮ガイド(テレスコープ側)へ通す
- ワイヤー部: ガイドアームのループへ通す
- フット側ループ: カウチングフットの側面のワイヤーループへ通す
- 中央穴: フットの中央穴から下へ通し、先端がフット下から出るようにする




チェックポイント(スラック確認): フット下からヤーンを少し引き出し、抵抗なく動くこと。引いた瞬間に戻る/突っ張る感じがある場合は、どこかで引っ掛かっています。
現場のコツ:枠張りが弱いと線が乱れる
カウチングはヤーンの存在で抵抗が増えるため、枠張りが甘いと生地が引っ張られてラインが揺れやすくなります。安定した枠張りを作るために、作業性を上げたい現場では 刺繍用 枠固定台 を導入して、スタビライザーと生地を一定条件で固定するケースもあります。
フェーズ3:縫製(最初の動きで成否が決まる)
「最初の数針」だけは必ず監視する
- 押さえを下ろす
- スタート前に、ヤーンの端を軽く持つ(引っ張らない)
- スタートする
チェックポイント: ヤーンが均一に押さえ縫いされ、途中で引っ掛からずに供給されていること。


注意:ヤーンの流れ。 縫製中は針元だけでなく、ヤーンがスプール側で絡んでいないかも確認します。供給が止まると、針折れにつながります。
段取り短縮(量産を意識するなら)
本数が増えるほど、ボトルネックは縫いではなく段取りになります。枠跡(枠のリング跡)が出やすい素材や、厚みのあるアイテムで作業性を上げたい場合は、マグネット刺繍枠 のような選択肢も検討対象になります(締め付けの手間を減らし、固定を安定させやすい)。
運用チェックリスト(毎回)
- デザイン: カテゴリーCを選んでいるか
- フット: ネジが確実に締まっているか
- ヤーン経路: フットの中央穴から出ているか
- 供給: ヤーンが無理なく出る“たるみ”があるか
- 端処理: 最初の糸端を軽く保持できているか
フェーズ4:仕上げ(表をきれいに見せるのは裏の仕事)
ミシンは糸端を残します。最終品質は、裏側での始末で決まります。
手順1:糸端を裏へ回す(目打ちを使う)
- 枠をミシンから外す
- 目打ち(awl)を用意する
- 表側の糸端を、目打ちで裏側へ押し込む/通す

手順2:裏で結んでカットする
- 枠を裏返す
- ヤーン端をしっかり結ぶ
- 余りをカットする


仕上がり基準: 表側に飛び出した毛羽や端が目立たず、ヤーンが自然にラインとして見える状態。
トラブルシューティング(症状→原因→最短対処)
慌てず、まずは“コストが低い確認”から潰します。
| 症状 | ありがちな原因 | まずやる対処 |
|---|---|---|
| ヤーンが切れる/止まる | 供給経路のどこかで引っ掛かり、テンションが上がっている | スプール側で絡んでいないか確認。ヤーンを少し引き出して“たるみ”を作り直す |
| 針が折れる | ヤーンが太すぎる/フット固定が甘い | いったん停止し、フットのネジを締め直す。ヤーンの滑りを再確認する |
| ラインが波打つ | 枠張りが弱く、生地が動いている | 枠張りをやり直す。必要に応じてスタビライザーを強める |
| 押さえ縫いが飛ぶ(押さえが不安定) | ヤーンがフット穴に対して抵抗が大きい | ヤーンを変更する/通し直して抵抗点を解消する |
スタビライザー&枠張りの考え方(カウチングは“土台”が命)
カウチングはヤーンの重量と抵抗が加わるため、土台が弱いとすぐにズレます。
ケースA:しっかりした生地(デニム、キャンバス等)
- スタビライザー: 標準的なものでも安定しやすい
- 枠: 通常の刺繍枠で管理しやすい
ケースB:伸びる/滑る生地(スポーツ系、毛足のある素材等)
- スタビライザー: ズレ対策を優先
- 枠張り: 枠跡が気になる場合は 刺繍ミシン 用 枠入れ のように、素材に合わせた固定方法を検討
ケースC:厚物・量産(タオル、フーディ等)
- 課題: 枠の締め付け作業が重く、失敗時の手戻りが大きい
- 対策: 刺繍 枠固定台 の導入や、固定性の高い枠の選定で段取りを安定させる
注意:マグネットの安全。 マグネット刺繍枠 は強力です。指を挟まないように注意し、電子機器や医療機器への影響にも配慮してください。
まとめ
マシンカウチングは、専用のカテゴリーCデザイン、カウチングフット、糸ガイドアームの3点を正しく揃えることで、再現性が一気に上がります。縫製中は「ヤーンを引っ張らない」「供給が止まらない」「枠張りを強く」の3つを守り、最後は裏面で糸端を確実に処理して商品品質に仕上げてください。
