目次
サイドボウ刺繍に必要なもの
スプリット(切り込み)入りのサイドボウ・アップリケは、完成すると「簡単そう」に見えるのに、実際は安定化・フローティング固定・際カット、そして“あえて衣類を切る”工程まで含む、段取り勝負の加工です。正しくやると、リボンが開いたときに裏側が汚く見えず、下糸(ボビン糸)の色も含めて「製品っぽい」仕上がりになります。

ここで学べること(失敗しやすいポイントも含む)
枠に張るのはスタビライザーのみ。その上に衣類を「フローティング」で載せ、位置合わせライン→仮止め縫い→アップリケ布の追加→際カット→衣類へのスリットカット→太密度のサテンで端処理→スタビライザーを水で除去、という流れです。
よくある“つまずき”は、だいたい次の4つに集約されます。
- 「デザインが流れる」:テープ固定が弱く、押さえの摩擦で衣類がじわっとズレる。
- 「布端がこんにちは」:アップリケ布のカットが甘く、サテンの下から毛羽・端が出る。
- 「切り込みが危険域」:スリットがセンターから外れる/補強される範囲を越えて切ってしまい、ニットが走る。
- 「裏が白い」:標準の白ボビンを使い、リボンが開いたときに白が目立つ。
見落としがちな消耗品&事前チェック
これは「平面ワッペン」ではなく、衣類+カット工程のある加工です。作業台に出しておくものを先に揃えるだけで、途中の手戻りが激減します。
- 針: ニットなら ボールポイント 75/11 を基本に。
- 感覚チェック: 縫製中に「プチプチ」と引っ掛かる音が出るなら、針先の摩耗や不適合の可能性。早めに交換します。
- 下糸(ボビン糸): 上糸、または生地色に厳密に合わせた色を巻く(このデザインでは重要)。
- 固定用: 画材用のマスキングテープ(青/緑系)や刺繍用の仮止め手段。テープは針路に近づけすぎると糊が針に付きやすいので、必要最小限に。
- カット道具:
- カーブ刃の刺繍ハサミ(枠の縁際が切りやすい)
- 甘皮切り等の小型ハサミ(スリット用。先端が鋭いもの)
- 水の準備: スタビライザーを溶かすためのトレー/ボウル。水溶性(不織布タイプ)は水温が低いと溶けにくいので、可能ならぬるま湯が作業しやすいです。
注意:機械安全。 この工程は、トリミングや布配置で手が針周りに入りやすい作業です。手を入れる前に必ずミシンを停止(フットから足を離す/操作ロック等)し、誤作動しない状態にしてから作業してください。
事前チェック(作業開始前):
- スタビライザー: 水溶性スタビライザーを2枚重ね(動画では2枚。慣れていれば1枚でも可)。
- ボビン: 色が合っている(標準白を“なんとなく”で使わない)。
- 上糸: 40番のレーヨン/ポリエステル等、仕上げサテンに合う糸。
- 固定用テープ: すぐ使える長さに切っておく。
- ハサミ: 先端でスパッと切れるか端布で確認。
- 刺繍枠: リングに糊残りや糸くずがない。
Step 1: 刺繍枠とスタビライザーの準備
動画では、衣類は枠に挟まず、スタビライザーだけを枠張りしてから衣類をフローティングで固定しています。ニットを直接挟み込んで“ドラム張り”にすると枠跡が残りやすいので、この手法が安定します。

スタビライザーのみを枠張り(フローティングの土台)
- 作業: 不織布タイプの水溶性スタビライザーを2枚重ね、刺繍枠に入れてネジを締めます。端を軽く引きながら均一に張ります。
- 感覚チェック: 中央を軽く叩いて、しっかり張っている感触があるか確認。ここが緩いと、後半の太いサテンで引っ張られてヨレ(トンネル)が出やすくなります。
動画内でも「慣れていれば1枚でも」と触れていますが、2枚のほうが作業の許容範囲が広く、ズレや破れのリスクが下がります。
2枚重ねが効く理由(補足)
刺繍ミシン 用 枠入れ の手順としてフローティングは定番ですが、衣類を枠で挟まない分、スタビライザー側に負担が集中します。2枚重ねは“板”に近い剛性が出るため、位置合わせラインが歪みにくく、テープ固定した衣類の重みでも安定しやすくなります。

スタビライザー上に位置合わせラインを縫う
- 作業: 最初の工程(位置合わせ/配置ライン)を刺繍します。
- 成功基準: リボン形状のアウトラインがはっきり出て、周囲が波打たないこと。
Step 2: 衣類をフローティングで固定するコツ
品質トラブルの多くはここで起きます。衣類とスタビライザーが“一体”になっていないと、後工程で形が崩れます。

位置合わせラインに衣類を合わせる
- 作業: 刺繍したい位置が枠の中心にくるように、衣類を平らに寝かせてアウトラインに合わせます。
- 感覚チェック: 手のひらでなでて、生地が自然な状態(伸ばしていない)で落ち着いているか確認します。
現場のコツ(ニットの伸び対策): テープで固定するときに生地を引っ張ると、外した瞬間に戻ってシワや引きつれが出やすくなります。ニットは“休んだ状態”で固定するのが基本です。

テープ(必要ならピン)でズレないように固定
- 作業: 刺繍範囲の四隅を中心に、スタビライザーへしっかりテープ留めします。針が通る範囲にはテープを置かないようにします。
- つまずきポイント: テープが剥がれる/厚手のスウェットが落ち着かない場合、固定方法の限界が出やすい工程です。
作業時間を短縮したい現場では、ここが改善ポイントになります。テープ調整に毎回時間がかかる場合、マグネット刺繍枠 のようなマグネット刺繍枠で固定の再現性を上げる、という考え方もあります(手法自体は同じで、固定が速くなるイメージです)。
仮止め縫い(衣類をスタビライザーに縫い留め)
ここでミシンがランニングステッチで衣類をスタビライザーに固定します。

動画の重要ポイント: この工程の糸色(上糸/下糸)は、最終デザインまたは生地色に合わせます。スプリットボウは“裏が見える”構造なので、ここで色が合っていないと一気にチープに見えます。
- 作業: 仮止め(タックダウン)を縫います。
- 感覚チェック: 縫い終わったら、枠中央付近を軽く触って、衣類だけが滑らないか確認。滑るなら固定不足なので、テープ追加等で対処します。
よくある質問(コメントより要約)
スタビライザーについて質問がありました。動画では不織布タイプの水溶性スタビライザーを使用しています。一方で、投稿者はコメント返信で「tear-away stabilizer(ティアアウェイ)を使った」とも述べています。
Step 3: アップリケの際カットを極める
ここで仕上がりの“プロ感”が決まります。サテンは多少隠してくれますが、カットが甘いと毛羽や端が出ます。

アップリケ布を重ねる
- 作業: アップリケ布をリボン範囲に被せます。周囲に余裕を持たせて置きます。
同色なら立体感のある控えめな表情、配色を変えるとリボンが強調されます。

アップリケ布を縫い止める(タックダウン)
- 作業: アップリケ固定のアウトラインを縫います。
- 成功基準: 角まで確実に布を捕まえていること(取りこぼしがない)。

縫い目ギリギリまでアップリケ布をカット
- 作業: 枠をミシンから外し(衣類は枠から外さない)、平らな台で作業します。
- 手順: カーブ刃ハサミで、縫い目のすぐ外側を狙って余分な布を切ります。糸を切らないように、少しずつ進めます。

現場のコツ: 角度を保つには、手首を無理にひねるより「枠を回して」切るほうが安定します。反復作業が多い場合は、明るい手元灯+作業台の環境が精度に直結します。量産では 刺繍用 枠固定台 のような枠固定台を使い、姿勢と視界を一定にしてカット精度を落とさない工夫が有効です。

目標状態: 縫い目からはみ出すアップリケ布がほぼ見えない(ごくわずか)状態。
Step 4: いちばん怖い工程:衣類にスリットを入れる
このデザインの肝は、衣類そのものを切って“開き”を作ることです。

スリットをカット(リバースアップリケ効果)
- 作業: リボンのテール中央にある、スリット用のライン(直線)を確認します。
- 手順: 小型のハサミ(甘皮切り等)を使い、先端を入れて少しずつ切り進めます。

チェックポイント: 切り込みからスタビライザーが見える状態になります。センターから外れないように、ラインに沿って進めます。
注意:取り返しがつかない工程。 ここで切ったら衣類は元に戻りません。動画では「後でサテンで補強するので、ラインに沿ってしっかり切ってよい」と説明されています。焦らず、ラインを外さないことを最優先にしてください。
「どこまで近づける?」の考え方(補足)
最終のサテンが切り口を覆って補強します。狙いは「指定ライン上を切る」こと。ズレが大きいとサテンで隠しきれず、開きが汚く見えます。
判断の目安:このリボン加工のスタビライザー選び
コメントではティアアウェイ使用の言及もあり、動画では水溶性(不織布)を推しています。肌当たりや用途で選び分けます。
Q1: 肌に当たる面の柔らかさを優先(Tシャツ等)?
- YES → 水溶性スタビライザー(不織布タイプ)(動画の流れ)。
- NO → 次へ。
Q2: 裏面の肌当たりがそこまで問題にならない(アウター等)?
- YES → ティアアウェイも選択肢(コメント返信で使用言及あり)。
Step 5: 仕上げ(サテンで封止)と水溶性スタビライザーの除去
ここからはミシンが“仕上げ”を作ります。切り口とアップリケ端をサテンで完全に包みます。

最終サテン(太密度の縁取り)を縫う
- 作業: 枠をミシンに戻し、最終のサテン工程を刺繍します。
- 感覚チェック: 針の動きが一定で、異音がしないこと。異常を感じたら停止して下糸絡み等を確認します。
動画では、上糸と下糸を同系色にすることを強く推奨しています。リボンが開いたときに裏側が見えるためです。

チェックポイント: サテンが密で、アップリケ端とスリットの切り口がすべて覆われていること。
スタビライザーをカットして溶かす
刺繍が終わったら、風合いを出す仕上げです。

- 作業: 枠から外し、余分なスタビライザーをハサミでカットします。
- 溶かす: 水(可能ならぬるま湯)に浸し、残りを溶かします。
- すすぐ: しっかりすすぐほど、仕上がりが柔らかくなります(動画で言及)。

目標状態: 触って柔らかく、着用に違和感がないリボン。縁はしっかりしているのに、布の動きに追従する仕上がり。
仕上げの運用チェック(途中・完了後)
- 密度: サテンに透けがない。
- 糸調子: 裏面で白い下糸が目立たない(色合わせができている)。
- 封止: スリットの切り口がサテンで完全に包まれている。
- 風合い: スタビライザー残りのヌメリ感がなく、硬い“輪っか”になっていない。
道具のアップグレードが効くポイント(手法はそのまま)
1枚だけ作るなら通常の刺繍枠でも問題ありません。ただし、複数枚を同じ位置で安定して作る場合、ボトルネックは「位置合わせと固定」です。
- 固定の手間を減らす: テープ調整が遅い場合、フローティング用 刺繍枠 の考え方(フローティング前提の固定)で段取りを見直すと効率が上がります。
- 作業時間短縮: マグネット刺繍枠 は、固定→微調整の反復が速くなりやすいです。
- 位置の再現性: マグネット刺繍枠 用 枠固定台 を併用すると、サイズ違いでも“いつも同じ位置”に落とし込みやすくなります。
注意:マグネットの危険。 マグネット刺繍枠は磁力が強く、指を挟むリスクがあります。ペースメーカー等の医療機器にも影響する可能性があるため、取り扱いには十分注意してください。外すときは「引っ張る」のではなく、ずらして外します。
トラブルシューティング(症状 → 原因 → 対処)
| 症状 | 原因 | すぐできる対処 | 予防 |
|---|---|---|---|
| 開いた部分の内側が白く見える | 標準の白ボビンを使用。 | (緊急)布用マーカーで露出糸を着色。 | 開始前: 下糸を生地色/上糸色に合わせる。 |
| アウトラインが二重に見える(ズレ) | フローティング固定が甘く、縫製中にズレた。 | 基本的にやり直し(解くか廃棄)。 | 固定: テープ強化/マグネット枠の検討。生地を引っ張らない。 |
| 周囲がつれる・波打つ | 固定時にニットを伸ばした。 | スチームで多少緩和する場合もあるが、残ることが多い。 | 基本: 生地は自然な状態で固定。スタビライザーは2枚が安定。 |
| 布端の毛羽が出る | アップリケの際カットが甘い。 | 小バサミで毛羽だけ追加カット。 | 習慣: 縫い目ギリギリまでカット。切れるハサミを使う。 |
| スリットがガタガタ | ハサミ不適合/一気に切りすぎ。 | サテンで隠れる範囲ならそのまま進行。 | 道具: 先端の鋭い小型ハサミで、少しずつ切る。 |
仕上がり判定:「合格」の見た目

スプリット・サイドボウの合格基準は「開きテスト」です。リボンのテールを軽く開いたとき、内側がきれいで、下糸色が浮かず、スタビライザー残りがなく、サテンの縁がしっかり補強されていること。
販売用に作る場合は、リボンを閉じた状態と開いた状態の両方を撮影して提示すると、立体感と仕上げ品質が伝わりやすくなります。見た目は難しそうでも、安定化とフローティング固定の段取りが固まれば、単針機でも多針刺繍機でも再現性の高い工程として運用できます。
