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コーデュロイは、マシン刺繍の現場で「難関素材」と言われがちです。秋冬らしい上質感・クラシック感があり、子ども服のジャンパースカートや名入れトートなど“売れる見た目”を作りやすい一方で、素材の魅力そのものが刺繍の弱点にもなります。
コーデュロイの表面は、畝(ウェール)と呼ばれる立体的な毛足(パイル)でできています。ここをTシャツ感覚で枠張りすると、質感がつぶれて枠跡(hoop burn)が残ったり、サテン縫いが谷に沈んでデザインが痩せて見えたりします。
本記事では、Kellyが実演した「生地を枠に挟まない」フローティング手順(粘着スタビライザーをフレーム側にセットし、表地を上から貼り付ける方法)を、作業者目線で“そのまま再現できる”形に整理します。ポイントは 生地をつぶさない、縫い目を支える、裏地を含めて一体化させる の3つです。

コーデュロイの基礎:ウェール幅で難易度が変わる
コーデュロイはパイル素材で、畝(ウェール)の「山」と、その間の「谷」があります。この立体構造が刺繍に影響します。
刺繍で起きやすい問題:
- 糸沈み(スティッチが谷に落ちる):ウェールの谷に糸が入り、サテンが欠けたように見えたり、線が細く見えたりします。
- つぶれ(枠跡):通常の刺繍枠で圧をかけると、畝が押しつぶされて光った輪(ゴーストリング)のように残ることがあります。
Kellyはウェールのタイプを大きく2つに分けて説明しています。
- 太畝(ワイドウェール):ズボンや椅子張りなどに多い。谷が深く、糸沈みが起きやすい。
- 細畝(ピンウェール):子ども服やシャツなどに多い。表面が比較的フラットで、刺繍しやすい。
チェックポイント(密度の考え方): 糸沈みを「縫い密度を極端に上げる」だけで解決しようとすると、硬くなりすぎて風合いが崩れやすくなります。まずは後述のトッパー(水溶性フィルム)で“縫い目を上に乗せる”方向で考えるのが安全です。

下準備:アイロンと位置決め
コーデュロイの下準備は「平らにする」よりも「質感を壊さない」ことが優先です。
プレス:やっていいこと/ダメなこと
パイル素材にとって、熱と圧はリスクです。
- 注意(絶対に避ける): 表側(畝がある面)にアイロンを直接当てない。畝がつぶれて戻らないことがあります。
- 正しい方法: 必要なら裏側(逆側)から当てる。表側を下にして置く場合は、畝が押されないよう配慮します(Kellyも「表からは当てない」を強調)。
注意: 多針刺繍機はヘッドやパンタグラフが高速で動きます。稼働中は針棒周辺・可動域に手を入れず、髪・アクセサリー・袖口が巻き込まれないようにしてください。
位置決め(縫い目基準の“端から端”測定)
立体素材はズレが目立ちやすいので、見た目の勘より「縫製の基準線」で取るのが確実です。Kellyは子ども用ジャンパーの胸部分を、左右の縫い目(脇の縫い目)基準で測っています。
手順:
- 幅を測る: 胸位置で左脇〜右脇を測定(例:14インチ)。
- 中心を出す: 半分の位置を中心として印(例:7インチ)。
- 見た目で最終確認: 紙テンプレート(グリッド付きのプリント)を当て、襟ぐり・アームホールとのバランスを確認。

準備チェックリスト(ミシンに行く前に)
途中で手が止まるとズレやすくなるので、先に揃えておきます。
- [ ] 消耗材(裏打ち): 粘着タイプの tearaway スタビライザー(フレームサイズにカット)
- [ ] 消耗材(表面): 水溶性スタビライザー(トッパー)を、デザインより四方1インチ大きめにカット
- [ ] 道具: ピン(裏地付き対策で必須)
- [ ] 位置合わせ用: グリッド付きテンプレート/印付け(生地に安全なもの)
- [ ] 清掃: ボビン周りの糸くず確認(コーデュロイは毛羽が出やすい)
量産で再現性を上げたい場合は、測定と位置合わせを固定化できる hooping station for embroidery machine の導入が有効です(毎回の測り直しによるミスと疲労を減らせます)。
最重要ルール:コーデュロイは“枠張りしない”
本記事で一番の結論です。Kellyは明確に「コーデュロイを通常の刺繍枠で枠張りしない」ことを推奨しています。
コーデュロイの枠跡(hoop burn)はこう出る
綿素材なら洗いやスチームで目立たなくなることもありますが、コーデュロイでは畝が押しつぶされ、輪状にテカり・平坦化が残ることがあります。繊維が物理的に壊れるため、完全に戻らないケースもあります。
なぜ起きるか(原理)
刺繍枠は摩擦で固定します。重めのコーデュロイを動かさないためにネジを強く締めるほど、畝が圧縮されて“立体→平面”になってしまいます。
現場のアップグレード手順(必須ではない)
困ったときの解決策は段階的に考えられます。
- レベル1(手法): フローティング(スタビライザーだけをフレームに固定し、生地は上から貼る)
- レベル2(道具): クランプ枠(動画のFast Framesのように、縁を保持して表面をつぶしにくい)
- レベル3(効率): マグネット式
プロ用途では、マグネット刺繍枠 がテクスチャ素材の枠跡対策として選ばれることがあります。内枠で“擦りながら押し込む”動きが少なく、装着も速くなるため、枠跡リスクと段取り時間の両方を下げやすい、という考え方です。

解決策:粘着スタビライザーでフローティングする
フローティングは、生地を枠の“中に挟む”のではなく、枠(フレーム)上に“乗せて固定する”方法です。コーデュロイの畝を押しつぶす要因を避けられます。
手順:粘着スタビライザー+フレーム(動画の流れ)
- スタビライザーをフレームにセット: 粘着 tearaway をフレーム側に張り、たるみが出ないようにします。
- 粘着面を出す: 剥離紙を剥がして粘着面を露出させます。
- 衣類にフレームを入れる: ジャンパーのような形状は、作業スペース確保のため上部ボタンを外すと入れやすい(Kellyも言及)。
- 中心を合わせて貼る: 測定した中心印をフレーム中心に合わせ、表地(コーデュロイ)を粘着面にしっかり押さえて密着。
- チェックポイント: 手のひらで押して、貼り付きが弱くないか確認。弱い場合は無理に進めず、粘着の状態を見直します。
この一連が フローティング用 刺繍枠 の基本形です。「フレームがスタビライザーを保持し、スタビライザーが生地を保持する」という役割分担になります。

裏地付きは要注意:表地だけが“こっそりズレる”
裏地付き衣類は、粘着スタビライザーが裏地側を掴みやすく、表地(コーデュロイ)が針の引っ張りで動いてしまうことがあります。結果として、歪み・斜行・シワ(パッカリング)につながります。
ピンで3層を一体化(Kellyの方法)
Kellyは、貼り付け後にピンで“機械的ロック”を作っています。
- ピン位置: デザイン外周の外側に配置
- 貫通の順番: コーデュロイ表地 → 裏地 → スタビライザー
- 狙い: 3層が一緒に動く状態を作り、針のドラッグで表地だけがズレるのを防ぐ

現場のコツ: ピンの頭は中心(縫い領域)から外側へ向けておくと、万一のズレでも押さえや針が当たりにくくなります。
フレームの種類について(よく出る疑問)
動画では特定のフレームシステムを使用していますが、考え方は共通です。現場では durkee ez frames クランプ枠 や durkee クランプ枠 のようなクランプ枠を検討する人もいます。重要なのはブランド名よりも、
- 表面の畝を押しつぶさない
- 粘着スタビライザーをフラットに保持できる
という“機構”です。
必須工程:水溶性トッパーで糸沈みを防ぐ
コーデュロイではトッパー(水溶性フィルム)を省略しないのが安全です。縫い目を谷に落とさず、畝の上に“浮かせる”役割をします。
トッパーの効果
トッパーがないと、細い糸がウェールの谷へ沈み、サテンが欠けたように見えたり、輪郭が荒れたりします。水溶性フィルムを上に置くことで、刺繍が一時的に滑らかな面の上で形成され、仕上がりが安定します。

判断フロー:スタビライザー+トッパー選定(短時間で決める)
- ロジック1:テクスチャの深さ
- 太畝(凹凸が深い) → 必須: しっかりした水溶性トッパー
- 細畝(凹凸が浅い) → 推奨: 薄手でもトッパーは入れる
- ロジック2:作業量(段取りの回数)
- 単発 → 粘着 tearaway+ピン固定で対応しやすい
- 量産 → 「剥がして貼る」工程を回しやすくするため、粘着式 刺繍枠 刺繍ミシン 用 のような仕組みや、マグネット枠の検討が現実的
- ロジック3:伸縮性
- 伸びの少ないコーデュロイ → tearawayでも運用しやすい(動画の例)
- ストレッチコーデュロイ → 伸びで歪みやすいため、裏打ちの考え方を見直す(無理に同じ積層で進めない)
ミシン設定と縫い(実演の流れ)
KellyはRicomaの多針刺繍機で作業しています。衣類を通しやすく、余り布を下に逃がしやすい点が利点です。

デザインを読み込み、向きを確認
フローティングでは衣類の入れ方によって上下が分かりにくくなることがあります。画面上の向きと、実物の向きが一致しているかを先に確認します。
針・糸(動画で示された内容)
- 糸色: 白
- 針選択: 7番針(白糸をセット)

巻き込み防止:余り布を“動く場所”から逃がす
多針機では余り布がパンタグラフや可動部に引っかかると事故につながります。
- 針板の下に布が噛み込んでいないか
- スカート部分などが可動部に絡まないか
Kellyは、片側を外して下側を垂らし、巻き込みを避ける工夫をしています。
縫う前にトレース(位置合わせの保険)
スタート前に、ミシンのトレース機能で外周をなぞり、中心が合っているかを確認します(動画では針1でトレース)。
- チェックポイント: 針先がグリッドの中心(X印)に正確に来ているか
- 安全確認: ピンに近すぎないか/トッパーの範囲内か

補足: トレースでズレが見えたら、縫い始める前に位置を調整します(“縫ってから直す”はコーデュロイでは損失が大きい)。
縫い中の見立て(仕上がりの目標)
3.5インチ程度のモノグラムなら短時間で終わります。狙う仕上がりは、サテンが畝の上にしっかり立ち、谷に沈んでいない状態です。

稼働前チェック(Startを押す直前)
- [ ] 余り布: 垂れていて可動部に干渉しない
- [ ] 固定: 表地+裏地+スタビライザーがピンで一体化している
- [ ] トッパー: トレース範囲を全て覆っている
- [ ] トレース: ピンやフレーム端に当たらない
設備検討の文脈では、ricoma 刺繍ミシン のような業務用多針機を候補にする人もいます。厚みや抵抗がある素材ほど、段取り(衣類の通しやすさ、安定した運用)が効いてきます。
トラブルシューティング(コーデュロイで起きやすい症状)
問題が出たら、まず原因を切り分けて最短で戻します。
| 症状 | ありがちな原因 | 対処 |
|---|---|---|
| 枠跡(輪状につぶれ・テカり) | 通常の刺繍枠で枠張りした | 中止。 フローティングへ切替。マグネット枠等も選択肢。つぶれは戻らない場合がある前提で判断。 |
| 糸沈み/サテンが欠ける | トッパー無し、または破れ・範囲不足 | 水溶性トッパーを必ず使用。まずは範囲を広げて再確認。 |
| 歪み/斜める/シワ | 裏地と表地が別々に動いた | ピン固定が不足。表地→裏地→スタビライザーを貫通させて外周を固定。 |
仕上げ(後処理と納品品質)
仕上げで“商品感”が決まります。
- ピンを抜く: まず安全確保。入れた本数を必ず回収。
- 裏のスタビライザーを処理: tearaway を必要分だけきれいに除去。
- トッパーを剥がす: 大きい部分は手で剥がし、文字の内側など細かい残りは爪先やペン先でやさしく取り除く(Kellyも細部は“こすって取る”動きを紹介)。

仕上げチェックリスト
- [ ] ピン回収: 入れた本数=抜いた本数
- [ ] トッパー残り: 文字の内側に透明フィルムが残っていない
- [ ] 糸処理: 飛び糸・渡り糸が表に残っていない
- [ ] 風合い: 畝がつぶれていないか、手でなでて確認
注意: マグネット枠を使う場合は取り扱いに十分注意してください。強力な磁力で指を挟む危険があり、時計などにも影響する可能性があります。外すときは“こじる”のではなく、ずらして分離します。

この手法を“販売向け”に落とし込む(コメントの関心点を踏まえて)
コメントでは「コーデュロイのトートに刺繍したい」「刺繍販売を始めたい」「刺繍データ(モノグラム)が文字組みかデザインか知りたい」といった関心が見られました。コーデュロイは季節性が強く、名入れとの相性も良いので、まずは細畝のアイテムからテストし、手順(固定とトッパー)を標準化すると失敗率を下げられます。

まとめ
コーデュロイは「質感への配慮」がすべてです。
- 畝を守る: 枠張りしない。フローティングで固定する。
- 縫い目を支える: 水溶性トッパーを必ず使う。
- 層をロックする: 裏地付きはピンで表地・裏地・スタビライザーを一体化。
この3点を守れば、難素材だったコーデュロイが“安定して売れる素材”に変わります。
