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マスタークラス:Hatch「Ambience Quilting」で“手縫い風”キルティングを自動化する
家庭用ミシンで大きなブロックをフリーモーションキルトした経験がある方なら、身体への負担(肩のこり)、縫い目のムラ、そして「せっかく刺繍した中央柄を背景で台無しにしたくない」という緊張感をよくご存じだと思います。
業務用刺繍の現場で長時間の運用を見てきた立場から言うと、Hatch Embroidery 2 の Ambience Quilting は単なる“便利機能”ではなく、作業を安定させるための実務ツールです。背景キルティング(パントグラフ的な走り)をソフト側で組み立て、刺繍機に気持ちよく仕事をさせられます。
このガイドでは、ボタンを押して終わりではなく「デジタイズの理屈」と「実機で起きる現象」をつなげて説明します。クジラ柄やフローラル(レッドワーク)など、既存デザインの周囲に背景キルティングを作るだけでなく、糸切れ・鳥の巣・枠跡を避けて“きれいに回す”ための考え方まで落とし込みます。
このガイドで身につくこと(実務目線)
- レイアウト精度: デジタルのブロック寸法を、実際の刺繍枠の可縫範囲に合わせる
- 運用安全: マージン設定で枠端への干渉リスクを下げる
- 質感コントロール: Spacing(密度)で反り・シワの出方を調整する
- パスの物理: 「Scroll」が「Echo」よりジャンプ&トリムを減らしやすい理由
- 不要ステッチの衛生管理: 小さな“刺し島”を消して詰まり・鳥の巣を回避する

発想の切り替え:アーティストから“エンジニア”へ
Ambience Quilting は計算でレイアウトを作ります。つまり、完成の9割は自動で進みますが、残り1割(仕上がりを「手作り感」から「商品品質」に引き上げる部分)は、Spacing・マージン・安定化(固定)の判断にかかっています。

フェーズ1:マージンとブロックサイズの考え方(干渉を防ぐ)
ソフト上では 200 mm のブロックはきれいな線に見えます。しかし実機では「200 mm枠に200 mmいっぱい」は、設定次第で干渉リスクが上がります。ここでは“安全域”を作るのが目的です。
ステップ1 — Ambience Quilting を開く
- Hatch Embroidery 2 の左側ツールボックスから Create Layouts を開きます。
- Ambience Quilting を選択します。
- ダイアログが開き、作業画面の確認ができる状態になっているかを確認します。

ステップ2 — “安全域(Safe Zone)”の基本設定
ここでつまずく典型例は「ブロックサイズ=枠サイズ」にしたまま、余白(マージン)を詰めすぎることです。
動画の基準設定(200 mm枠の例)
- Block Size: 200.00 mm x 200.00 mm(枠サイズ/または裁断ブロックに合わせる)
- Design Margin: 2.00 mm(中央デザインからの距離)
- Block Margin: 2.00 mm(ブロック外周から枠端側への逃げ)
Block Margin が重要な理由(現場感覚のチェック) 枠の端ギリギリまで針が行くと、枠の内枠や可動域に近づきます。2.00 mm 逃がすだけで、縫える範囲の“安全な中心側”にパスを寄せられます。


チェックポイント: ブロック(青い境界)が、枠の制限(赤い境界)の内側に収まっていることを目視で確認します。
注意: 機械安全。 背景キルティングの実行中は、押さえ周辺に手を入れないでください。長時間の連続縫いの途中でも、反対側コーナーへ急移動(ジャンプ)することがあります。可動域から手を外して運用します。
量産の現実: キルト全体で見たとき、完璧さより“揃い”が品質になります。ブロックサイズとマージンのレシピ(例:200 mm/2 mm)を決めたら記録し、途中で混ぜないのが安全です。
フェーズ2:密度(Spacing)と安定性、Stipple の使いどころ
Stipple(ランダム系)は、わずかなズレが目立ちにくく、背景として扱いやすい一方で、Spacing(間隔)が触感と反りに直結します。
ステップ3 — Spacing の“落としどころ”を作る
Ambience Quilting のダイアログで:
- Quilting Type:Stipple のままにします。
- Spacing: 既定の 8.00 mm から 4.00 mm に変更します。
- 表示用カラー: パス確認のため、Hot Pink(マゼンタ) などコントラストの強い色を選びます。
- OK をクリックして生成します。



Spacing の考え方(仕上がりとリスク)
- 8.00 mm(粗め): 柔らかい風合い。広い面積でも軽い印象。反面、縫い目の間で生地が動きやすく、見た目が“ゆるい”方向に出ることがあります。
- 4.00 mm(密め): フラットで商品っぽい見え方。反面、ステッチ数が増えるため、安定化が弱いと糸切れ・引きつれのリスクが上がります。
チェックポイント(張りの確認): 密度を上げるほど、枠張りの精度が結果に出ます。枠内の生地が均一に張れていないと、Stipple の線が波打って見えやすくなります。
枠張りのボトルネック: きっちり四角く、同じテンションで繰り返すのは意外と体力を使います。作業を安定させたい場合は、ミシン刺繍 用 枠固定台 を使って層の位置合わせとテンションを再現しやすくする、という考え方が現場では有効です。
フェーズ3:パスの物理(Scroll vs Echo)
選ぶスタイルは、見た目だけでなく「刺繍機がどう動くか」を決めます。ここは 美観 と 生産性 のトレードオフです。
ステップ4 — 「Echo」の落とし穴(ジャンプ&トリムが増えやすい)
- Ambience Quilting に戻ります。
- Quilting Type:Echo に切り替えます。
- 生成します。

Echo の特徴(確認手順): Ungroup(Ctrl+U) してよく見ると、同心円状のラインが“別々のパス” になっています。つまりリングごとに、停止・移動が増えやすい構造です。

Echo Clipped: Echo Clipped にすると、ラインがコーナーまで伸びる見え方になります(波紋のような印象)。ただし、パスが分割されやすい点は同様で、ジャンプ&トリムが増えやすい傾向があります。

ステップ5 — 「Scroll」という解決策(連続パスで流れが良い)
- Ambience Quilting に戻ります。
- Quilting Type:Scroll を選びます。
- 生成します。

Scroll の利点(パスの見方): Ungroup してラインを追うと、渦巻き状に連続して外側へ伸びる パスになっています。結果として、Echo 系よりジャンプ&トリムが減りやすく、運用が安定しやすいのがポイントです。
Scroll Clipped: 連続パスの流れを保ちつつ、コーナー側も埋める方向に寄せた見え方になります。量産で扱いやすい選択肢になりやすいスタイルです。

フェーズ4:仕上げと運用(不要ステッチの除去)
ジャンプ低減と枠跡の考え方
ここまでで、Scroll がジャンプを減らしやすいことは確認できました。次は素材側の話です。キルティングは層が厚くなりやすく、枠の固定方法次第で枠跡(枠の圧痕)やズレが出ます。
対策の考え方(段階的に)
- 手順の工夫: 枠の保持力を上げる工夫をする
- 道具の選択: 厚みのある素材を安定して保持しやすい マグネット刺繍枠 を検討する
ステップ6 — “刺し島(Artifact)”の手動クリーンアップ
自動生成は便利ですが、形状によっては、デザインの空き部分(例:フローラルの内側の抜け)に小さな不要ステッチが出ることがあります。
なぜ危険か: 狭い範囲で「止まる→縫う→止まる」が増えると、下糸側で絡み(鳥の巣)が起きやすくなります。
対処手順:
- 空き部分を拡大して確認します。
- キルティングオブジェクトを Ungroup(Ctrl+U)。
- 浮いている小さなオブジェクト(不要ステッチ)を選択。
- Delete で削除します。




トラブルシューティング:症状→原因→対処
当てずっぽうで触るより、パス構造から切り分ける方が早いです。
トラブル対応表
| 症状 | 観察ポイント | 起きやすい原因 | 対処 |
|---|---|---|---|
| ジャンプ&トリムが多い | パスが細かく分割されている | Echo 系はリングごとに別パスになりやすい | Scroll 系に切り替えて連続パスにする |
| デザイン内部の不要ステッチ | 空き部分に小さな“刺し島”がある | 自動生成が空間を拾う | Ungroup→不要オブジェクトを選択→Delete(ステップ6) |
よくある質問(コメントより要約)
- オブジェクトの内側にAmbience Quiltingを入れて、形状も自由にリシェイプしたい
- 現状の運用では「自動生成→必要箇所を手動で整理(Ungroupして削除)」が現実的です。形状によって結果が変わるため、生成後の確認工程を前提に組むのが安全です。
- Stippleで開始点/終了点が目立つ位置になってしまう。開始・停止位置は変更できないの?
- Ambience Quilting は自動生成のため、意図した開始・停止位置のコントロールが難しい場面があります。まずは生成後にパス構造を確認し、運用上目立つ場合は別スタイル(例:Scroll)も含めて比較検討するのが近道です。
事前準備:プリフライトチェック
プロは「起きてから直す」より「起きない条件を揃える」を優先します。
チェックリスト
- マージン確認: Design Margin と Block Margin が 2.00 mm になっている
- Spacing確認: まずは 4.00 mm を基準に(必要に応じて調整)
- 枠張り方針: 通常枠か、刺繍 枠固定台 を使って層の位置合わせを再現するか決める
- 干渉確認: 枠が最大移動したとき、背面や周辺に当たる物がない
- 磁性枠を使う場合: マグネット刺繍枠 は全周が確実に密着している(浮きがない)
まとめ
Ambience Quilting は、刺繍機にキルティングを任せるための強力な仕組みですが、仕上がりを決めるのは「マージン」「密度」「パス構造」「生成後の掃除」です。
安定して回すための勝ちパターン
- 基準設定: 200 mmブロック+Design Margin 2 mm+Block Margin 2 mm
- パス選び: ジャンプ&トリムを抑えたいなら Scroll 系を優先して比較
- 運用: 枠張りの再現性を上げ、必要なら治具(枠固定台)も活用
- 仕上げ: 空き部分の“刺し島”を消してから保存・出力
レイアウトを生成したら、パスを確認し、不要ステッチを整理して、あとは機械に任せましょう。
