目次
トリムが生産スピードを殺す理由
刺繍業務でも、しっかり回している趣味運用でも、「止まる時間」は最大の敵です。ミシンがトリムで停止するたびに、減速→カット動作→枠(パンタグラフ)移動→再加速…という一連のロスが必ず発生します。
動画では、Kathleen McKeeが「画面上のプレビューは綺麗なのに、量産では不利」なロゴ例を使って解説します。元データは、ミシンに 16回 ものトリムを強制していました。
この“見えないムダ”を数字で整理します。
- トリムの時間コスト: 標準的な Brother 刺繍ミシン や業務用多針機でも、トリム1回あたり停止〜再縫い開始まで 8〜12秒 程度かかることがあります(機種差あり)。
- 積み上がるロス: 16回 × 10秒 ≒ 1枚あたり約2.5分の「無音時間」。
- 生産への影響: 50枚回すと、それだけで 2時間超 のロスになります。
ここが重要です:プレビューが綺麗=儲かるデータ、ではありません。 デジタイザー/現場担当としての目標は、針を止めずに流れるように縫わせる「連続フロー」を作ることです。

デザイン解析:問題箇所の見つけ方
ソフトでノードを触る前に、まずはデータを“読める”ようになる必要があります。Kathleenは、元データが密度や下縫い(アンダーソーイング)面では十分に良く、仕上がり自体は 綺麗に縫える と認めたうえで、問題は「効率」だと切り分けます。
まず見るべき項目(事前スキャン)
- 見た目: プレビューはしっかり埋まっているか/輪郭は破綻していないか。
- オブジェクト構造: 小さなパーツに細切れになって“島”が増えていないか。
- ハサミ(トリム)数: ここが最重要指標。縫い順(Sewing Order)で確認します。
動画では、縫い順に並ぶハサミアイコン(トリム指令)を数えて 16。これが赤信号です。この程度のシンプルさなら、目安としてトリムは3〜5回程度に収めたいところです。



トリムは「時間」だけでなく「品質」も落とす
トリムが増えるほど、品質事故の入口も増えます。停止が多いほど、現場は荒れます。
- 糸絡み(鳥の巣): 再スタート時は下糸(ボビン糸)が絡みやすいタイミング。
- 位置ズレ: 枠があちこちにジャンプするほど、枠張りが甘い場合に生地が動き、アウトラインが合わなくなります。
- 糸端処理の手間: トリムが多いほど糸端が増え、オートカットの取りこぼしを手で切る作業が増えます。
注意: 編集/再デジタイズ前に、必ず元データを退避してください。必ず「名前を付けて保存」(例:
Design_V1_Backup.pes)。デジタイズ編集は後戻りしにくい作業なので、復帰点を作ってから進めます。
PE Designを“手動制御”に寄せる準備
このデモでは PE Design Next を使用しています(PE Design 10は細かく分割されやすく、編集がやりにくいという説明)。ただし、考え方自体は他ソフトでも共通です。狙いは「自動任せ」ではなく、手動で縫い順と移動を支配すること。
手順1 — ジャンプ時のトリム動作を設定する
この設定が、今回の肝です。Design Settings > Output で次を探します。
Minimum jump stitch length for thread trimming(糸切りを行う最小ジャンプ長)
- 設定値: 2.0 mm に設定。
考え方: 針の移動(ジャンプ)が 2.0mm未満 なら、止まって切らずに糸を引きずって移動します。Kathleenの狙いは、 1) 2.0mm未満で収まる移動は“切らせない”、 2) 2.0mmを超えそうな箇所は、ランニング(走り縫い)で“橋”を作って止めない、 という設計です。


パンチ開始前の準備(作業が詰まらない環境づくり)
ソフト上で流れを作るには、操作が詰まらない状態が前提です。現場の段取りと同じで、デジタル作業も準備が効きます。
準備チェックリスト(デジタイズ前)
- バックアップ: 元データを別名保存したか。
- 縫い順の可視化: Sewing Order(縫い順)パネルを開いているか。
- しきい値確認: ジャンプのトリムしきい値が 2.0mm になっているか。
- 色で見分ける: 新しく作るパスは背景と強コントラストの色にする(動画は赤の上にライムグリーン)。
- 流れの設計: 「下→上」「外周→内側」など、ざっくりの進行方向を決めたか。
- 現場側の消耗品確認: データが良くても、針先にバリがあれば糸切れします。針交換の習慣化は必須です。
商用出力では、ソフト側の最適化と同じくらい、枠張りの再現性が効きます。例えば 刺繍用 枠固定台 を導入する現場は、毎回同じテンション・同じ位置で枠張りできるようにして、ソフトで設計したジャンプ/移動が狙い通りに収まる確率を上げています。
「手動パンチ」実作業:Z / X / V ショートカット
スピードを上げるには、アイコンを探す時間を減らし、手を“鍵盤”のように使います。Kathleenは Manual Punch(手動パンチ) を選び、キーボードショートカットで切り替えます。


手順:最初のセグメントをテンポよく作る
左手はキーボード、右手はマウス。PE Designでの代表的な切り替えは次の通りです(他ソフトでも概念は近いです)。
- Z = 直線ブロック(サテン列の直線)
- X = 曲線ブロック(輪郭に沿う)
- V = ランニング(走り縫い/移動用)
チェックポイント: いちいちツールバーを見ずに、Z/X/Vを切り替えながら点打ちできているか。視線が迷うと、パス設計の思考も途切れます。

ショートカットの本質(何を作っているのか)
やっていることは「道づくり」です。島Aから島Bへ“ワープ(トリム)”するのではなく、橋を作って連続で渡します。
- ブロック(サテン等): 見せたい面を縫う。
- ランニング(V): 次の開始点へ“止めずに”移動する。
初心者は形を見ますが、上級者は「針の旅」を見ます。
パス設計の考え方:ランニングでブロック同士をつなぐ
ここが、量産向けデータに変わる分岐点です。Kathleenは、オブジェクトを終わらせてトリムさせるのではなく、ランニング(V)でつないで連続化します。
手順2 — 終了せず、ランニングを“移動パス”として使う
セグメントを縫い終えたら、次のオブジェクトが近い場合は V(ランニング) に切り替え、次の開始座標まで細い縫い線で移動します。
原則: ジャンプ自体は許容できても、トリム停止は高コスト。

チェックポイント:その移動パスは“安全”か
移動線は、どこでも引いて良いわけではありません。最終品質に影響しないかを必ず確認します。
- 見え方: 後工程のサテンや面縫いで上から隠れる位置か。
- 素材の出方: 鹿の子ポロなどは沈んで目立ちにくいこともありますが、光沢のある素材では線が乗って見える場合があります。移動線が露出しない設計が基本です。
手順3 — 開始点/終了点を最適化する(「上が下になる」発想)
Kathleenが口にする「My top will be my bottom(上を下にする)」は、開始点と終了点を“次工程につながる位置”に合わせるという意味です。
言い換え: 次のオブジェクトへ下側から入りたいなら、今のオブジェクトは上側から開始して、縫い終わりを下側に持ってくる。紙に描く順番ではなく、針の出口で考えます。

手順4 — ギャップが大きい箇所(2.0mmを超えてトリムが発生しそうな時)
オブジェクト間が2.0mmを超えると、設定上はトリムが入りやすくなります。動画でも、距離が2.0mmを超えそうな箇所を見て、Kathleenはランニングで“橋”を入れて連続化します。

注意: この橋が後で隠れないと、デザイン上に不要な線が出ます。橋を入れるなら「後で覆う」前提でルートを決めます。また、パスの左右を取り違えると、次工程がつながらなくなるため、出口位置には常に注意します。
判断フロー:トリムする? つなぐ?
ギャップを見るたびに、次の順で判断します。
- 次の開始点は2.0mm以内か?
- YES: そのまま進行(ジャンプしてもトリムされにくい)。
- NO: 次へ。
- 後で隠れるルートでランニング橋を作れるか?
- YES: Vで橋を入れて連続化。
- NO: 次へ。
- 開けた背景を横切る大きな移動になりそうか?
- YES: 見た目を優先してトリムを受け入れる(線が出るよりマシ)。
現場の改善ポイント(ソフト最適化と治具・枠の関係)
データを最適化しても、枠張りが毎回ブレると結局ロスが出ます。
枠張りがボトルネックになっている場合:
- ロゴ位置が揃わない/繰り返しが辛いなら、hoopmaster 枠固定台 のような枠固定台で位置決めの再現性を上げる考え方があります。
- 従来の刺繍枠は内枠を押し込むため、厚物やデリケート素材では 枠跡 や手の負担につながることがあります。
選択肢: 高ボリューム現場では マグネット刺繍枠(マグネット刺繍枠)に切り替え、挟み込みで素早く固定する運用もあります。
注意:マグネットの安全管理
マグネット刺繍枠は強力です。
* 挟み込み注意: クランプ部に指を入れない。
* 医療機器: ペースメーカー等の植込み機器に近づけない。
* 電子機器: 磁気に弱い媒体・機器から離して保管する。
作業中チェックリスト(進行中の確認)
- ショートカット運用: Z / X / V を迷わず切り替えられているか。
- 入口/出口: オブジェクトを確定する前に「次のオブジェクト」を見て、出口がつながる位置か。
- 隠れる確認: 入れたランニングが後で上から覆われる順番になっているか。
- 俯瞰: ときどき全体表示して、行き止まり(次に行けない出口)を作っていないか。
- 版管理: リスクの高い編集前に
Design_V2_Pathing.pesのように別名保存しておく。
最終比較:元データ vs 最適化データ
Kathleenは新しく作ったグリーンのオブジェクト群をまとめ、結果を比較します。
- 元データ: トリム16回。
- 最適化後: トリム3回。


期待できる変化(成功指標)
- 音: 「止まってガチャン」が減り、一定の連続音で回る時間が増える。
- 裏面: 結び目や糸端が減り、後処理が軽くなる。
- 生産性: 1枚あたりの停止ロスが減り、まとまった枚数ほど効いてくる。
試し縫い前の品質チェック
トリムが少なくても、密度や下縫いが崩れると意味がありません。
- 密度: 過密で“板”になっていないか。要素が小さいほど密度は下げる(特に文字)。
- 下縫い: 適切な下縫い(エッジラン/タタミ等)で生地を安定させ、洗濯後のツレを抑える。
次の改善は「枠張り」側に出る
手動パンチで縫い順を詰められるようになると、次に遅く感じるのは枠張りや段取りです。
- 痛点: 「枠張りの方が縫製より時間がかかる」
- 対策レベル1: マグネット刺繍枠 用 枠固定台 で位置決めを標準化。
- 対策レベル2: ミシンに合う マグネット刺繍枠 を検討し、ネジ締めや押し込み作業を減らす。
デジタイズは“秒”を削り、枠張り設備は“分”を削ります。
まとめ: デジタイジングはロジックです。針の動きを一本の線として捉え、ギャップを橋でつなぎ、見えない場所に移動を隠す。まずは2.0mmのしきい値設定から始め、止まらないパスを組み立ててください。
