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安定の理屈:なぜTシャツは波打つのか、ニット刺繍を「設計」する考え方
画面上ではシャープで綺麗に見えたデザインが、刺繍枠から外した瞬間に「反る・縮む・波打つ」——Tシャツでよく起きるこの現象は、マシン刺繍の“経験差”が一番出やすいポイントです。
結論から言うと、多くの刺繍データ(特に購入した既製デザイン)は「平均的な条件」で作られています。安定した布帛(織物の綿やデニム等)を前提にしていることが多く、ニットTシャツのように伸びて動く素材では、針数・密度・アンダーレイの前提が噛み合いません。

伸縮するニットに、静的で高密度な設計のまま刺繍を載せると、物理的にこうなります。
- 変形(ディスプレイスメント):針落ちが増えるほど、編み目(ループ)が押し広げられ、目が流れやすくなります。
- プッシュ&プル:縫い進む力で内側に引き込まれたり、外側に押し出されたりして、外周や境界が歪みます。
- 結果:縁が波打つ“ベーコン状態”。アイロンでは戻りません。

ニットを攻略するには「運任せ」をやめて、生地の動き(物性)×スタビライザー×データ最適化をセットで設計します。本記事は George Moore による Floriani Fusion のデモを土台に、実作業で迷いがちな判断点を“手順化”してまとめたものです。
ソフト側の解決策:Floriani Fusion「Save to Sew」
デモで紹介される「Save to Sew」は、単なる保存ボタンではなく、実務的には下準備レシピ+データ再最適化のウィザードです。
熟練のデジタイザーがニット向けに行う代表的な調整は、概ね次の3つです。
- 密度を下げる:伸縮繊維へのストレスを減らす。
- アンダーレイを適正化:サテン等の主縫いの前に、生地をスタビライザー側へ安定させる。
- プル補正(引き込み補正):縫い縮みを見越して輪郭をわずかにオーバーさせる。
Floriani Fusion は、素材選択に応じてこれらを自動計算し、既存デザインをニット向けに“作り直す(再計算する)”流れを提供します。

ソフトで直せないこと(安全のための前提)
期待値を揃えておくと、衣類のロスが減ります。ソフトは強力ですが、物理側のミスは置き換えられません。
- 枠張り不良(生地を太鼓のように引っ張って固定する等)は直せません。
- 針の選定ミス(ニットに鋭い針で繊維を切る等)は直せません。
- 機械コンディション不良(針板のバリ、ボビンケースの糸くず等)は直せません。
フェーズ1:準備 — 見えない土台を作る
失敗の多くは、ミシンを動かす前に起きています。現場感覚では、準備が作業の大半です。
消耗品(見落としがちな“プロの道具箱”)
動画はソフト中心ですが、ニットでは物理側の準備が結果を決めます。
- 針:ボールポイント 75/11(編み目の間を分けて入る。鋭い針は繊維を切り、穴や裂けの原因になりやすい)
- 仮止め:一時接着スプレー(スタビライザーと生地を軽く一体化し、縫製中のズレを抑える)
- スタビライザー:接着タイプのカットアウェイ(動画では「Fusible Cutaway」を接着してから枠張りする手順が提示されます)

枠張りの物理:「ニュートラル固定」
Tシャツを刺繍枠に入れるとき、強く引っ張ってピンと張るのは典型的な失敗パターンです。引っ張った分だけ“戻ろうとする力”が溜まり、枠から外した瞬間に生地が戻って刺繍も一緒に縮み、波打ちや歪みが出ます。
目標:生地はフラットでシワがなく、しかし伸ばしていない(ニュートラル)状態。
このバランスが取りにくく、枠跡(枠の締め跡)が出やすい場合は、道具で解決できる領域です。たとえば 刺繍ミシン 用 枠入れ のような情報を探している方は、摩擦で締め込む従来枠より、垂直方向の保持力で固定する方式に注目することが多いです。
フェーズ2:設定 — 「Save to Sew」実行フロー
ここからは、データ最適化を“手順として再現”できる形に落とします。
ステップ1:リスク箇所を先に見抜く
Floriani Fusion でデザインを開き、まずは拡大して確認します。 見ておくポイント:
- 大きい塗り(フィル)が多い
- 細いサテン境界
- 小さい文字
これらはニットでパッカリングが出やすい“危険地帯”です。
ステップ2:ウィザードを起動
ツールバーの 「Save2Sew」 アイコンをクリックし、自動化ウィザードを開きます。

ステップ3:現実の素材を入力する
ダイアログで 「Knit T-shirt - I Didn't Digitize」 を選択します。
- 意味:データがニット前提で作られていない可能性を想定し、密度・補正を強めに最適化する方向に寄せます。

ステップ4:スタビライザー手順(レシピ)を読む
ソフトが手順書(印刷できる指示)を生成します。ここは飛ばさないでください。動画でも「準備が半分」と強調されています。 デモで提示される要点は次の通りです。
- 接着タイプのカットアウェイを生地裏に貼ってから枠張り
- トッピング(Heat N Gone などの上置きフィルム)を刺繍面に載せる


なぜトッピングが必要か ニットは表面が柔らかく、糸が沈みやすい素材です。トッピングを使うことで、糸が表面に“乗った”状態を作り、輪郭やサテンが痩せて見えるのを抑えます。
注意:熱の安全管理
スタビライザーの接着には熱が必要です。ポリエステル系など、熱でテカりや変形が出やすい素材もあります。
* まずは端布や内側の目立たない場所で温度当たりを確認
* あて布(綿布やシート)を挟んで直接当てない
ステップ5:最適化して保存
「Next」→保存で、ソフトが刺繍データを再計算します。 画面上の確認:ワイヤーフレーム表示で、ステッチの詰まりが少し“開く”方向に変わるのが目安です。ニットが動ける余白ができ、縫い縮みや波打ちが出にくくなります。

判断フロー:スタビライザー&枠張り戦略
衣類条件に合わせて、次の順で決めると迷いが減ります。
- デザインが重い(密度が高い/塗りが多い)?
- YES:カットアウェイを強めに。安定を優先。
- NO:レシピ通りの構成でまず試す。
- 素材が滑る/枠張りが難しい(スポーツ系など)?
- YES:ここがボトルネックになりやすい。無理に従来枠で引っ張ると歪みが出るため、工程側の見直し対象。
- NO:従来枠でも、ニュートラル固定を徹底。
- 枠跡が残る?
- トリガー:仕上げ後もリング跡が消えにくい。
- 対策:摩擦で締め込む方式が原因になりやすいので、マグネット刺繍枠 brother stellaire 用 のような方式は検討価値があります(保持の仕組みが異なるため)。
注意:マグネットの安全
マグネット刺繍枠 は強力磁石を使用します。
* 指挟み:吸着が強く、勢いよく閉じます。接触面に指を入れない
* 近づけない:ペースメーカー、磁気カード、機械式時計など
セットアップ・チェックリスト
- 針:ボールポイント 75/11 に交換済み
- ソフト:「Save to Sew」でニット設定を選択し、最適化データを保存
- スタビライザー:接着が均一(浮き・気泡なし)
- トッピング:必要サイズにカットして準備
- 枠張り:生地を伸ばさず、フラットに固定(ニュートラル)
フェーズ3:運用 — 自信を持って縫う
テスト縫い(パイロットチェック)
デモでは黄色のニットに縫っています。新しいデータや初回条件では、いきなり本番シャツに行かず、近い素材で試すのが安全です。

感覚での監視(壊す前に止める)
稼働中に“早期発見”できるとロスが減ります。
- 目視:最初のアンダーレイで、生地がライン間で波打つなら、枠張りが緩い/接着が弱い可能性。
- 音:針が重く当たる感じが続く場合、針先への糊付着なども疑い、状態確認。
- 触感:枠の外側を軽く触って、スタビライザーは張りがありつつ、生地は少し“しなり”があるのが目安。
生産性:スケールアップの考え方
1枚だけなら従来手順でも回りますが、枚数が増えると「枠張り時間=利益」に直結します。
- トリガー:枠張りに5分、縫いが10分など、準備が作業の大半を占める。
- 基準:枠張り時間が稼働時間の50%を超えるなら、工程改善の余地が大きい。
- 選択肢(ツール):brother stellaire 用 刺繍枠 のように枠を探している人は、段取り短縮目的でマグネット方式を比較検討することが多いです。
- 選択肢(設備):色替えが多く、単針で糸替えが頻発するなら、ここが単針機の上限になりやすい。多針刺繍機は色替えを自動化でき、段取りの考え方が変わります。
マグネット刺繍枠 使い方 の基本は、下枠→スタビライザー→生地→上枠を載せて固定、という流れで、ネジ締めや引っ張りが不要になる点がポイントです。
運用チェックリスト
- トレース:針が枠に当たらないか輪郭確認
- トッピング:最初の縫い前にセット
- 監視:最初の縫い出しでズレや波打ちがないか確認
- 仕上げ:トッピングを外す前に、飛び糸を処理
応用:基本以外にできること
Floriani Fusion は最適化以外の機能も紹介されています。
文字刺繍(レタリング): デモでは多数のフォントが示されています。
- 現場のコツ:ニットでは細い装飾(セリフの小さな突起など)が沈みやすいので、小サイズでは太めの書体を優先すると安定します。


自動デジタイズ(Auto Digitizing): 画像から刺繍データへ自動変換する機能。
- チェックポイント:自動生成データは密度が詰まりやすい傾向があるため、ニットに使う場合は「Save to Sew」で素材に合わせた再最適化を挟む、という順番が安全です。


バンドルの位置づけ:

ソフトは強力ですが、結果を支えるのは ソフト(データ)/スタビライザー(支持)/ミシンと刺繍枠(物理実行) の3点セットです。どれか1つだけで完璧にはなりません。
トラブルシューティング:「なぜ起きる?」早見表
まだ不具合が出る場合は、症状→原因→対処を切り分けます。
| 症状 | ありがちな原因 | すぐできる対処 | 予防策 |
|---|---|---|---|
| 波打ち/パッカリング | ニットに対して密度が高い | 一旦止めて条件見直し | 「Save to Sew」でニット設定、枠張りのニュートラル固定を徹底 |
| 表に白いループが出る | 上糸テンション過多/下糸側の問題 | 上糸を最初からかけ直す | ボビン周りの糸くず確認、糸道の引っ掛かり除去 |
| 枠跡(光ったリング) | 従来枠の締め込み(摩擦) | スチームを浮かせて当てる(素材に注意) | brother 用 マグネット刺繍枠 など、摩擦締め込みを避ける方式を検討 |
| 穴が開く | 針が繊維を切っている | 針種を確認 | ボールポイント 75/11 に変更、曲がり・摩耗針は廃棄 |
| 刺繍が沈んで見えない | トッピング未使用 | 現状は大きくは戻せない | ニットや起毛には水溶性/熱で取れるトッピングを併用 |
まとめ:再現できる仕組みにする
Tシャツ刺繍を「毎回ギャンブル」にしないために、 1) 「Save to Sew」で素材に合わせてデータを最適化し、 2) レシピ通りにスタビライザーとトッピングで支持を作り、 3) 枠張りはニュートラル固定で物理歪みを持ち込まない。
この3点をセットにすると、結果が安定しやすくなります。embroidery software for knits を探している場合でも、ソフトは“頭脳”で、刺繍枠とスタビライザーは“手足”です。準備を標準化し、生地の物理を尊重すれば、仕上がりは家庭感から業務品質へ近づきます。
