Florianiで刺繍の「ピンチ(隙間)」を直す:手動アンダーレイ/順序最適化/プル補正(手順付き)

· EmbroideryHoop
塗りつぶし(フィル)とアウトラインの間に隙間が出る「ピンチ(ギャップ/位置ズレ)」は、多くの場合プッシュ&プル(縫い方向による生地の押し出し・引き込み)が原因です。本ガイドでは、Floriani Digitizing Pro 3の動画手順を実務向けに再構成しました。Slow Redrawで原因箇所を特定し、Complex Fillで手動のアンダーレイ(必要なら穴あけ)を作成。上糸のフィルに対して90°の角度に設定し、密度を1.5〜2.0mm程度まで落としてSquareエッジに変更します。さらに、アンダーレイを先に縫うようシーケンスを組み替え、開始点/終了点を両端に振ってアンダーレイ自体がピンチを作らないように調整。最後に絶対値のプル補正(0.3mm)とアウトライン太さ125%で位置合わせの許容度を確保します。
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目次

刺繍で「隙間(ピンチ)」が出る原因とは?安定化とデジタイズで直す実践講座

3D view of the blue pajama embroidery design showing the texture.
Reviewing the initial design

誰でも一度は経験があります。ミシンは順調に動いていたのに、仕上がりを見たら「塗りつぶしの色が止まったところ」と「アウトライン」の間に白い隙間がくっきり。これがいわゆる「ピンチ(pinch)」で、現場では「ギャップ」「位置ズレ(レジずれ)」として扱われる症状です。

結論から言うと、刺繍は“生地の変形”との戦いです。

「ピンチ」は、本来つながって見えるはずのフィル同士(またはフィルとアウトライン)が、縫い上がりで離れて見える現象です。動画のパジャマ柄の例では、青いフィルが一定方向に進むことで生地を“押し出し”、次のセクションが別方向から戻ってくることで、逃げ場のない生地が盛り上がってズレ、結果として隙間が見える…という流れでした。

安心してほしいポイントはここです:この不具合は「物理現象」です。 ミシンが壊れたとは限りません。原因は生地の動きですが、ソフト側で「土台(アンダーレイ)」と「縫い順(ステッチパス)」を設計し直すことで、かなりの確率で改善できます。

Photo of the actual sew-out showing the large white gap (pinch) in the blue fill.
Identifying the sewing defect

この手順で身につくこと

ボタンを闇雲に押すのではなく、「なぜ効くのか」を理解しながら、動画と同じ流れでファイルを組み直します。

  • 力の向きを読む: Slow Redrawで“押している方向”を見抜く
  • 安定層を作る: Complex Fillで手動アンダーレイ(安定化レイヤー)を追加
  • 内側の図柄を守る: 必要箇所は穴あけ(ホール)で縫わない領域を作る
  • 物理を制御: アンダーレイ角度(クロス)、密度、エッジ形状を調整
  • 縫い順を支配: 土台を先に縫ってから本体を縫う
  • 自滅を防ぐ: 開始点/終了点を動かし、アンダーレイ自身のピンチを回避
  • 仕上げ: 絶対値プル補正とアウトライン太さで位置合わせの余裕を作る

自動アンダーレイが効かない理由

Slow redraw simulation showing the fill stitch progressing from right to left.
Diagnosing the push direction

動画で扱われている典型例は、「3Dプレビューでは良さそうなのに、縫うと崩れる」パターンです。特にオートデジタイズ(自動変換)由来のデータで起きやすいです。

動画内で問題になっていた構造的な失敗は主に2つです。

  1. 微小な抜け(マイクロボイド): アウトライン付近に小さな空きが残り、人が手で作るなら重ねる部分が“開いたまま”になっている
  2. オブジェクトの分割: 1つのきれいなフィルではなく、細切れのサテン/タタミ相当のオブジェクトに変換されている。Florianiではこの状態だと、アンダーレイをONにしても「細切れ単位」にしか効かず、面全体を支える“広い土台”になりにくい

現場理解:プッシュ&プルを「生地=パン生地」で考える

枠張りが完璧でも起きる理由を、感覚でつかみます。

  • プル(引き): 針が刺さり糸が締まると、ステッチ方向へ生地が引かれる
  • プッシュ(押し): 糸が詰まるほど、ステッチに直角方向へ生地が押し出される

基本の 刺繍ミシン 用 枠入れ で「ドラムの皮みたいにピン」と張りすぎると、縫う前に生地目が歪み、針穴で生地が緩んだ瞬間に戻ってズレることがあります。特にパジャマのような柔らかい素材は影響が出やすいです。

注意: 安全最優先。 テスト縫い中や、ミシン側での確認運転では、針周りと可動部(キャリッジ)に手を近づけないでください。急なスタート、糸切り動作、針落ちで重大なケガにつながります。電源ONで駆動状態のときは、針棒付近に手を入れないでください。

ステップ1:Complex Fillで「安定化レイヤー」を作る

Selecting the component fills in Floriani software to show they are separate satin objects.
Analyzing object properties

準備:見落としがちな消耗品と事前チェック

データを直す前に、物理側の変数を潰します。ピンチ対策は「小さな変更で見た目が大きく変わる」ため、テスト条件がブレると判断を誤ります。

消耗品・準備チェック:

  • 針の状態(触って確認): 針先に爪を軽く当てて引っかかりがあればバリ(欠け)です。バリがあると生地を余計に押し、ズレを増やします。交換してください。
  • ボビン周りの清掃: ボビンケース周辺の糸くずはテンションを変え、結果的に引き量(プル)も変わります。
  • 素材の一致: 伸びるパジャマニット用のデータを、硬いデニムでテストしても挙動が変わります。必ず同条件で。

量産(50枚以上)では、オペレーター差が致命的です。人によって枠張りの強さが変わると、データを直しても結果が安定しません。刺繍用 枠固定台 を使うと、枠張りのテンションと位置を機械的に揃えやすくなり、デジタイズ修正の効果を再現しやすくなります。

チェックリスト(準備)

  • ファイル保護: 元データを複製して保存(例:Design_v2_FIX.emb
  • 材料一致: 失敗した縫い見本と同じ生地+スタビライザー構成を用意
  • ハード確認: 新品針に交換(ニットはボールポイント、布帛はシャープ)
  • テンション確認: 上糸を引いて、ガタつきではなく滑らかな抵抗があること
  • ボビン確認: テストが最後まで縫える残量があること

1) Slow Redrawで不具合を診断する

「Slow Redraw(スロー再描画)」またはシミュレーターで、ただ眺めるのではなく“解析”します。どこで生地が押され、どこで既に縫った部分にぶつかって盛り上がるかを探します。動画ではフィルが右→左に進み、その後戻る動きがあり、既縫い部に押し付ける位置でリッジが出ていました。

Adding a new discrete color (Orange) to the sequence palette for the manual underlay.
Setting up the repair layer

チェックポイント: 画面上のタイムラインと、実際の生地で隙間が出た場所を「同じ箇所」として指差せる状態にします。

2) 修正レイヤー用に新しい色を追加する

動画では新しい色(オレンジ)を追加しています。

  • 理由: 見やすさだけでなく、シーケンス管理で対象を分離しやすくなります(単針機なら停止点にもなります)。
Digitizing a run stitch outline around the garment shape.
Creating a basting/travel run

3) ランニングで外周を「なぞり縫い」する

Runツールで、デザイン外周の範囲を手動で一周なぞります。

Using the Complex Fill tool to manually plot points inside the black outline.
Creating the underlay object

現場のコツ: これは2つの役割があります。

  1. 境界の目印: どこまでアンダーレイを入れるかの“地図”になる
  2. 仮止め: 量産では、スタビライザーと生地を先に軽く固定し、本縫いの打撃が始まる前にズレを抑える(バスティング的役割)

成功基準: この外周ランは、意図するアート境界の“内側”に収まっていること。

4) Complex Fillでアンダーレイ用オブジェクトを作る

Complex Fillツールに切り替え、黒アウトラインの内側に形状をプロットします。端ピッタリに合わせる必要はありません。これは表面ではなく「土台」です。

Defining a hole in the fill object around the car graphic.
Excluding areas from stitching

成功基準: 問題の青い面を覆う「1つのまとまった形状」になっていること。細切れの自動変換を、面で支える“スラブ状の土台”に置き換えるイメージです。

5) 内側要素のために穴(ホール)を定義する

動画では車の図柄部分を避けるため、Hキーで「穴(ホール)」を作っています。

Adjusting the stitch angle of the new fill to be perpendicular to the original stitches.
Setting stitch angle

重要な考え方: 密度の高い要素(車など)の下に重いアンダーレイを入れると、厚みと硬さが増えすぎて段差が出たり、針の逃げ(針曲がり/針折れ)を誘発します。密な内部要素が乗る場所は、基本的に“縫わない空間”を作っておくのが安全です。

ステップ2:角度と密度を調整して「効くアンダーレイ」にする

Changing the density setting in the properties panel to make the fill lighter.
Reducing density

ここから、ただのオレンジ形状を「安定化レイヤー」に仕上げます。

1) アンダーレイ角度をフィルに対して直交(90°)にする

動画ではShapeツールで、上のフィルに対して約90°になるよう角度を回しています。

Changing the edge type setting from 'Chiseled' to 'Square'.
Refining underlay edges

なぜ効くのか(構造の考え方):

  • 上のフィルが横方向に走ると、横方向の引き(プル)が強くなる
  • アンダーレイも同方向だと、その引きを助長してしまう
  • そこでアンダーレイを縦方向にして“クロス”を作ると、上層の動きを下層が抑えます(合板の繊維方向を交差させるイメージ)

目安: 上が45°なら下は135°。常にクロスを作る。

2) 密度を落とす(適正ゾーンを作る)

動画ではアンダーレイの密度を大きく粗くしています。

Dragging the Orange layer to the top of the sequence list.
Re-sequencing

数値の目安(動画の設定):

  • アンダーレイ密度目標: 1.5mm〜2.0mm

チェックポイント: 画面上で“ベタ塗り”ではなく、メッシュ(格子)に見えること。

3) エッジタイプをSquareに変更する

動画ではエッジタイプをChiseledからSquareへ変更しています。

Moving the green (start) and red (stop) dots to opposite vertical ends of the design.
Optimizing stitch path

理由: 構造用のアンダーレイでは、輪郭の際を支えるためにエッジが明確な方が有利です。

現場視点: フーディーやパジャマのような柔らかい素材で、縁の歪みや枠跡(枠跡が原因で生地が戻ってズレるケース)に悩むなら、枠側の見直しも有効です。マグネット刺繍枠 は、従来枠の「引っ張ってネジで締める」歪みを減らし、縁の形を保ったまま保持しやすくなります。

ステップ3:縫い順(シーケンス)で生地の動きを抑える

Setting Absolute Pull Compensation to 0.3mm.
Adding compensation

1) アンダーレイを最初に縫う(基礎が先)

新規オブジェクトは通常、データ末尾に追加されます。Sequence Viewで、オレンジのアンダーレイを先頭(Position 1)へドラッグします。

チェックポイント: シミュレーターで、オレンジの格子が「最初に」縫われること。

2) 開始点/終了点を動かして「耕す動き」を防ぐ

ここが動画の肝です。Slow Redrawで見ると、アンダーレイ自体が中央から外へ押し出して“ピンチを作っている”ことがあります。

対処: 開始点(緑)終了点(赤)を、形状の両端に離します(例:下→上)。

理屈: 中央から押し広げるのではなく、片側から順に“塗っていく”ように縫わせると、生地の逃げ場が作れます。

判断フロー:ソフト修正か、枠張り・安定化か?

機械要因を放置してデータだけ触ると時間を失います。

  1. 安定した生地(デニム/帆布)でも隙間が出る?
    • はい: デジタイズ要因が濃厚。上の手順で修正
  2. 不安定な生地(ジャージ/鹿の子)だけで出る?
    • はい: 安定化(スタビライザー)が主因の可能性。カットアウェイを検討し、必要に応じてスプレー糊でズレを抑える
  3. 枠跡の輪(テカり/リング)が出ている?
    • はい: 枠張りが強すぎて、生地が伸びて戻っている
    • 対策: 浮かし(フローティング)や、保持圧を分散できる マグネット刺繍枠 を検討

仕上げ:プル補正とアウトライン太さで「位置合わせの余裕」を作る

1) 絶対値プル補正(0.3mm)を入れる

動画ではアンダーレイに 0.3mmの絶対値プル補正を適用しています。

絶対値と%の違い:

  • %: オブジェクトサイズに応じて増減する
  • 絶対値: サイズに関係なく一定量を足す(例:0.3mm)
  • 推奨: 隙間対策は“狙った量”を入れたいので、絶対値が扱いやすい

注意: 入れすぎは禁物です。過剰な補正(0.6mm超など)は太り・歪みの原因になります。

2) アウトライン太さを125%に上げる(安全マージン)

最後に黒アウトライン(動画ではカラム/アウトライン)を選び、太さを125%に上げます。

理由: ごまかしではなく設計です。アウトラインを少し太くすると、微小な残りギャップを視覚的にカバーでき、ミシンの位置合わせ誤差に対して許容度が増えます。

セットアップ(再現性のあるテスト縫いのやり方)

修正データは、テスト条件が揃って初めて評価できます。

テストの目安:

  • 速度: 可能なら落とします。1000SPM機なら 600〜700SPM でテスト。高速ほど生地変形が増えます。
  • スタビライザー: ニットのテストは カットアウェイ を優先。ティアアウェイは恒久支持が弱く、隙間が再発しやすいです。

テストのたびに枠張りで時間を使うとコストが増えます。hooping station for embroidery machine は、シャツ#1と#50の枠張り条件を揃えるための定番手段です(枠張りの再現性が上がるほど、データ修正の効果検証が速くなります)。

注意: マグネットの安全。 強力なマグネット刺繍枠は業務用工具です。皮膚を強く挟んで血豆になることがあります。ペースメーカー等の医療機器、磁気に弱い電子機器やカード類には近づけないでください。

チェックリスト(セットアップ)

  • 生地: 失敗時と同じ素材(Tシャツ用をフェルトで試さない)
  • 速度: 600〜700SPMに制限
  • 糸道: 絡みなし/コーンは安定して立っている
  • 枠張り: ドラム感は“張るが伸ばさない”(歪むほど引っ張らない)

操作(Floriani内の手順まとめ)

  1. 診断: Slow Redrawで“押し方向”と隙間位置を一致させる
  2. 分離: 新しい色レイヤーを追加(見やすさ+管理)
  3. 外周: Runで範囲をなぞる(内側に収める)
  4. 面: Complex Fillで問題領域を覆う形状を作る
  5. 除外: Hで内部要素(車など)に穴を作る
  6. 角度: Shapeツールで上フィルに対し約90°へ
  7. 密度: 1.5〜2.0mm程度に落とす
  8. エッジ: Edge TypeをSquareへ
  9. 順序: アンダーレイをPosition 1へ移動
  10. 流れ: 開始点/終了点を両端へ(例:下→上)
  11. 補正: 絶対値プル補正 0.3mm
  12. 余裕: アウトライン太さ 125%

チェックリスト(操作)

  • 方向: アンダーレイは上フィルに対して直交している?
  • 密度: アンダーレイがベタではなく格子に見える?
  • 順序: オレンジが最初に縫われる?
  • 流れ: アンダーレイが下→上など一方向にスムーズ?
  • 範囲: 隙間が出た領域を新形状が覆っている?
  • アウトライン: 太さが残りギャップを拾える設定?

品質チェック(良い状態の見分け方)

スタート前にシミュレーターで最終確認します。

  • 盛り上がりが少ない: アンダーレイが“波打たず”フラット
  • はみ出しがない: アンダーレイが黒アウトライン外へ出ていない
  • 移動が素直: 左右に不自然に飛び回らない

業務で毎日回すなら、再現性が利益です。マグネット刺繍枠 用 枠固定台 のような運用は、スピードだけでなく「人の枠張り癖」を減らし、位置ズレの再発を抑える目的でも選ばれます。

トラブルシューティング

症状:隙間は小さくなったが、まだ出る

  • 原因の可能性: プル補正が不足
  • 対処: 絶対値プル補正を0.3mm→0.4mm
  • 補足: 仕上がりのふくらみを保ちたい場合は、水溶性トッピングで押さえを補助する方法もあります

症状:アンダーレイが線の外に見える

  • 原因の可能性: プル補正が強すぎる、またはアウトラインが細い
  • 対処: プル補正を0.2mmへ下げる/またはアンダーレイのノードを少し内側へ寄せる

症状:下糸側に糸玉(鳥の巣)ができる

  • 原因の可能性: 縫い始めに上糸端を押さえていない、またはテンションが効いていない
  • 対処: 最初の数針は上糸端を保持し、押さえが確実に下がっていることを確認する

症状:アウトラインが乗らない(位置ズレが目立つ)

  • 原因の可能性: 枠内で生地が滑っている
  • 対処: 枠の内枠に滑り止めテープ等で摩擦を追加する、またはマグネット刺繍枠で保持力を安定させる

まとめ:結果と現場向けアップグレード視点

今回の修正は、力任せではなく「土台設計」で生地を安定させる考え方です。

もし同じ問題が頻発するなら、道具と工程の見直しも検討してください。

  • 枠張りが人によってブレる: hoopmaster 枠固定台 系の治具で位置とテンションを標準化
  • 枠跡/ピンチが出やすい: デリケート素材はマグネット刺繍枠で保持圧を分散
  • 段取り替えの停止が多い: 多針刺繍機なら色替えの停止を減らし、データ作業に時間を回せます

刺繍は「表現」と「工学」が半分ずつ。今回はその“工学側”を一段深く扱えるようになりました。