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動画を見る:「Solving Thread Break Issues on Multi-Needle Embroidery Machines」(チャンネル情報不明)
糸が切れて作業が止まる——その瞬間のストレス、覚えがありますよね。特に帽子のような厚物では、断続的な糸切れやほつれが連発。この記事は、動画の実演と同じ順序で、原因の切り分けと復旧の手順を、現場目線で丁寧に解説します。

・何が起きているのかを可視化するテンションテストのやり方 ・ボビンの正しい向きとピッグテールばねの使い方 ・上糸テンション調整の2手法(実力法/テンションゲージ) ・帽子など厚物に適した針サイズの見極め ・注油など基本メンテと、糸の品質の見直し
なぜ糸が切れるのか?
最初に押さえておきたいのは「糸切れは一因ではなく複合要因で起こる」ということ。テンションが強すぎ/弱すぎ、針の摩耗やサイズ不適合、ボビンの入れ違い、メンテ不足、糸品質のばらつき——これらが絡み合って、あるデザインのある箇所で集中して破綻します。

動画の例では、構造帽(バックラム入りの厚いツイル)を100個刺繍する中で、特定パートで糸がほぼ裂けては切れる症状が繰り返し発生。上糸・下糸の見直し、注油、良質な糸の使用など基本は満たしていても、再開直後にまた切れる、といった“悪循環”が起きていました。

プロのコツ: ・「テンション=バランス」ではなく、「刺繍で見せたい側に応じたバランス」を取るのが重要(詳細は後述)。 ・厚物は針の番手アップを視野に。
注意: ・テンションノブを緩めすぎると外れる機種があります。微調整を守りましょう。
糸切れを止めるステップバイステップ
- 正しいボビンの入れ方:最初の関門
ボビンをケースに入れ、糸が「時計回り」で送られる向きになっているか確認します。ここが逆(反時計回り)だと、以後のテンション評価はすべて歪みます。さらに、ケース上部の小さなピッグテールばねに2回巻きつける(溝ごとに1回ずつ)ことで、供給の安定性を高めます。

クイックチェック: ・引いてみて、ボビンが時計回りに回るか? ・ピッグテールばねに2回かかっているか?
ピッグテールの巻き忘れは軽視されがちですが、均一なテンションに効く大事なディテール。最初の5分で、後の30分を救えます。

- テンションテストを極める
各ニードルの上糸と下糸のバランスを評価するため、10mm幅×40mm高のサテンバーを並べたテンションテストを縫います(針ごとに1色)。裏面を観察して、ボビン糸の見え方で状態を判断しましょう。

刺繍における「良いテンション」とは、ミシン縫製の“完全な均衡”とは異なります。裏面に上糸がふわりと回り込み、中央にボビン糸が4〜5mm程度(10mm幅の約1/3)見える状態が目安。上糸が緩すぎるとボビン糸の露出が1mm程度に減り、表側にボビン糸が出やすくなります。動画ではこのパターンが確認でき、上糸が明らかに緩いと判断していました。

視覚の指標: ・10mm幅サテンで裏のボビン露出が4〜5mm程度→おおむね良好 ・1mm程度しか見えない→上糸が緩い可能性大
仕組みの理解が調整の近道。糸は布の上下で「やさしく抱き合い」、ボビン糸は中央に収まる——このイメージを頭に入れておきましょう。

- 上糸テンションを追い込む(実力法 vs. ゲージ)
実力法: ・カットアウェイ安定紙を2枚重ねて枠入れし、1本のサテンバーだけを縫って結果を観察。 ・針ごとにテンションノブを少しずつ調整→再縫製→確認を繰り返す。
テンションゲージ法(おすすめ): ・ガイドを通る糸の張力をゲージで計測し、目標値に合わせて各ノブを均一に近づける。 ・1本の針で良好な結果を得たら、その値を他の針にも適用し、最後に全面テストで検証。

実力法は確実ですが時間がかかります。テンションゲージを使うと、再現性高く素早く整列できます。ボビン側は工場出荷時に概ね適正なため、むやみに触らず、まずは上糸側で整えるのがセオリーです。

注意: ・一度の計測に過信せず、複数回の読取りで平均をとる。 ・ノブは微調整単位。回しすぎは禁物。
- 針選びとコンディションが命
ここまででまだ糸切れが残るなら、針の摩耗や欠け(バリ)とサイズ不適合を疑います。針は消耗品。長く使えば尖端は丸まり、糸を傷つけ、ボビン糸を拾えずループや切れを招きます。迷ったら交換。帽子のように厚みやバックラムを含む素材では、75/11(汎用)では貫通力やループ形成が不足しがちです。

番手の目安: ・汎用:75/11(多用途) ・やや厚手:80/12 ・厚物・構造帽:90/14(動画では最終的に有効だったと報告)
ポイントは、シャンク長と針穴がわずかに大きくなることで、厚物でも確実にボビン糸を拾いループを作れること。素材の層が増えるほど、細針では難易度が上がります。
クイックチェック: ・目視で摩耗や曲がり、針穴周辺のバリを確認。 ・素材の厚さ・構造(バックラム有無)で番手を選び直す。

サイズ比較の頭の整理に、75/11・80/12・90/14のチャートも見直しておきましょう。特に帽子は「思った以上に厚い」分類です。

- マシンの基本メンテナンス
マルチ針機では、セッション開始ごとにボビンケースへの注油が推奨されます。さらに数日に一度、ニードルシャンクとその下の吸油パッドに一滴落とし、ピストン機構の滑走を保ちます(機種ごとに指定箇所・頻度は異なるので取扱説明書で確認)。潤滑不足は、糸と金属の摩擦増大による断線を呼び込みます。

注意: ・家庭用の単針機には自動給油機構がある場合も。必ずメーカー指示に従う。 ・注油過多は汚れや糸汚染の原因。適量を守る。

- 糸の品質を見直す
値段や聞き慣れないブランドで妥協した糸は、巻き不良や繊維質の弱さで高速運転に耐えられず、ほつれや断線を誘発します。動画では、優良ブランドでも稀に不良ロットがある経験が紹介されました。レーヨンまたはポリエステルの刺繍用糸を選び、問題が続くときは別ロット・別スプールで再検証しましょう。
プロのコツ: ・綿糸は機械刺繍の高速域では不利。まずはレーヨン/ポリエステルで比較検証。
代表的な刺繍糸の種類
レーヨン: ・しなやかで光沢があり、装飾性が高い。 ・高速でも金属パーツを“滑る”粘性があり、断線リスクを抑えられる。
ポリエステル: ・強度と耐久性に優れ、洗濯にも強い。 ・スポーツウェアや帽子などにも好適。
なぜ綿糸は避ける?
繊維が毛羽立ちやすく、高速摩擦でダメージが蓄積。加えて伸度が低いため衝撃で切れやすく、センサー誤検知の温床にもなります。まずはレーヨン/ポリエステルで安定を確立しましょう。
トラブルシューティング:それでも直らない時
・誤検知(糸切れセンサーが止める):機種固有の設定やセンサー感度が絡みます。サポート窓口でリモート支援を受けて解決した例が報告されています。センサー周辺の糸道・ホコリ清掃、配線の接触不良も併せて確認を。
・位置戻し(Ricomaで最後のステッチへ):デザインのステッチカウントを撮影→刺繍モードを一旦抜ける→再入場してステッチ数を手動で元の値に設定→続きから再開、という運用が紹介されています。
・デザイン要因:極端な多方向・高密度パンチングは、テンションが合っていても断線要因に。テストで特定箇所のみ切れる場合、密度や重なりを見直します。
・タイミング(フックと針の関係):全針で“糸が裂ける”症状が続く場合、タイミングずれを疑うという声も。動画では触れられていませんが、機種マニュアルとサポートの指示に従って点検を。
・ニードル方向:針の向きがわずかでもズレると、糸の裂け・擦れが増えます。取り付け時は方向を必ず確認。
クイックチェック(総点検リスト): ・ボビン:時計回り/ピッグテール2回掛け ・テンション:10×40mmサテンで裏ボビン4〜5mm見え ・上糸テンション:ゲージで全針を揃える ・針:摩耗・曲がり・番手(厚物は90/14) ・注油:ボビンケース毎回、シャンク数日おき(機種指示) ・糸:レーヨン/ポリエステルの良質ロット
コメントから(要点要約)
・テンションテストのDSTファイルは配布なし。外部の無料デザインを案内。 ・センサーの誤検知はサポート連携で解決例あり。 ・Ricomaで“最後のステッチへ戻す”運用手順が共有。 ・針の向きズレ指摘、厚物での番手アップの意見など、現場ならではの洞察が多数。
プロのコツ(まとめ): ・まず“見える化”——テンションテストで状態を数値ではなく“目”で把握。 ・作業前の5分メンテ(注油・針チェック)が、作業中の30分ロスを消す。 ・厚物なら番手アップを恐れない。デザイン密度も疑う。
注意(安全): ・枠入れ・押さえ時の指詰めに注意(特に帽子フレーム)。 ・運転中に手で帽子を押さえない。重大なケガにつながります。
結論:スムーズな縫いで心もスッキリ
糸切れは“偶然の不運”ではなく、原因が必ずあります。ボビンの向き→テンションの見える化→上糸調整→針の番手と摩耗→注油→糸品質の順にチェックすれば、再現よく復旧できます。動画のケースでも、90/14への切り替えとテンション是正で安定に到達。今日の一本を、明日の標準手順に——安定はルーティンから生まれます。
補足:枠・フレーム選びも安定の一部
厚物や帽子での安定性は、枠選びでも変わります。磁気式やクランプ式の活用は、ホールドとテンションの再現性を高め、糸道の抵抗を一定に保つ助けになります。機種に合うアクセサリーを選び、枠の歪みや摩耗も定期確認しましょう。babylock 磁気 刺繍枠
たとえば、マルチブランド向けの磁気枠やスナップ式フレームは、厚物のセットアップ時間を短縮し、押さえ過ぎによる伸びや歪みを回避できます。機種専用のアクセサリーや互換オプションを比較し、安定紙との相性も試験してください。brother 磁気 刺繍枠
Ricomaユーザーの現場でも、素材やデザインに応じて枠を使い分けることで、テンションの再現性が上がったという声があります。帽子・厚手トート・パイル地など、支持の難しい素材ほど装着の一貫性が成果を左右します。mighty hoops for ricoma
産業機で歴史のあるブランドでも、枠の固定精度と張りの均一性が刺繍品質を底上げします。特にポケットや袖など狭所は、専用フレームの選択で糸の流れが安定します。tajima 刺繍枠
家庭用上位機でも、磁気式フレームの導入で枠入れの再現性が高まり、素材の“浮き”や“たるみ”を抑え、糸切れのリスクを軽減できます。bernina 磁気 刺繍枠
同様に、エントリー〜中級の単針機でも、糸道をシンプルに保ち、枠の着脱を素早くする工夫が、トラブル時の復帰速度を上げます。janome 磁気 刺繍枠
最後に、スナップ式の大型フレームは、テンションテストの量産にも便利。針ごとの検証を短時間で回せるため、調整→検証のPDCAが速く回ります。snap hoop monster
