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厚手ワンジー刺繍が難しい理由
大人用ワンジー(厚手・重量級)は、見た目以上に刺繍がシビアです。生地の重さが常に作業を邪魔し、ちょっとしたズレが仕上がりに直結します。Tシャツのように裾が筒状に大きく開くタイプと違い、テーブル上での測り方・枠張りのやり方・そして機械に載せた後の「重さの支え方」まで、考え方を切り替える必要があります。
初心者には「大物を抱えて格闘」になりがちですが、現場ではシンプルに物理(重力とトルク)の問題です。
厚手衣料で品質を落とす最大要因は主に2つです。
- 枠の引っ張られ(重力によるドラッグ): 脚や袖の重さが刺繍枠を下方向に引き、縫製中にデザインがズレたり歪んだりします。
- 巻き込み(いわゆる「縫い閉じ」事故): 裾が閉じているため、背面側の生地が針板下にたまりやすく、表と裏を一緒に縫ってしまうリスクが高いです。
テーブル上では完璧にセンターが出ていたのに、縫ったら少し斜めに見える/背面を噛んでお客様の品をダメにしてしまった——そんな事故を防ぐための手順が、このワークフローです。
さらに、ホリデー時期などで複数枚を回す場合、狙いは「1枚だけ上手くいく」ことではありません。1枚目から50枚目まで精度が落ちない、量産向けの再現性が重要です。

必要な道具:マグネット刺繍枠とサポートテーブル
この作業は、多針刺繍機+枠固定台(フーピングステーション)を前提にすると安定します。ただし、考え方自体は家庭用単針でも応用できます。動画内の基本構成は以下です。
- ミシン: Brother Entrepreneur Pro X(同等の多針刺繍機)。
- 枠固定台: Hoop Master 4.25 x 13インチ ステーション。
- 刺繍枠: Mighty Hoops 5x7 マグネット刺繍枠。
- サポート: Tubular Hoop Support テーブル。
- 必需品: 定規、テープ、ソフトから印刷した紙テンプレート。
- スタビライザー: カットアウェイ(2枚重ね)。
量産で「毎回同じ位置」に寄せるなら、刺繍用 枠固定台は便利グッズというより、位置ブレ(人の手の誤差)を減らすための工程管理ツールです。重い衣類を手で支えながら真っ直ぐに保つ、という不確定要素を減らせます。

厚物で「マグネット固定」が効く理由
厚手・重量物(フリース、厚手コットンなど)で難しいのは、強く締めすぎずに安定して固定することです。従来のプラ枠は摩擦と締め付けで固定するため、締めムラや枠跡(テカりリング)が出やすくなります。
マグネット刺繍枠は、摩擦よりも「上下からの挟み込み力」で固定します。そのため mighty hoops マグネット刺繍枠 のようなマグネット枠は、厚物アパレルの定番として扱われます。ファスナーや段差がある部分でも、無理にネジを締め込まずに「パチン」と固定できるのが強みです。
物理の話: 重い衣類は常に下方向へトルクをかけます。重さが宙にぶら下がると、その力が枠アームにテコとして効き、位置ズレの原因になります。だからこそサポートテーブルは、ワンジーでは「あると便利」ではなく、ズレ防止のための必須装備になりやすいのです。

道具のアップグレード判断(時間を失い始めたら)
「いつ投資すべきか?」は、痛み(手間・失敗・やり直し)で判断すると合理的です。次の“痛点診断”で、道具を上げるタイミングを見極めてください。
- 痛点レベル1:『手が痛い/跡が出る』
- 原因の目安: 従来枠は摩擦固定で、締め付けが強くなりがち。
- 対策: マグネット刺繍枠へ移行。 手首の負担と枠跡リスクを下げやすい。
- 痛点レベル2:『縫うより枠張りし直しが多い』
- 原因の目安: 位置合わせの基準が毎回ぶれている。
- 対策: 枠固定台を導入。 ロゴ位置の再現性が上がります。
- 痛点レベル3:『受注を断るほど回らない』
- 原因の目安: 単針で糸替え・段取りが多く、工数が利益を圧迫。
- 対策: 多針刺繍機へアップグレード。 連続生産に向きます。
現場感として、マグネット枠は「生産性アップ」の効果が出やすい投資です。枠張りのやり直しが減り、装着も速くなるため、ライン作業で差が出ます。

ステップ1:胸ロゴ位置の「3インチ」基準
ここで使う配置出しは、肩線などの変動が大きい基準ではなく、既存要素を基準に左右対称を作る方法です。左胸に既存ロゴがある前提で、その位置を右胸に“写す”ことで、ペア感のある配置にします。
動画の手順(そのまま再現できる流れ)
- 生地をニュートラルにする: ワンジーを大きなテーブルに「完全に平置き」します。端から垂らさないのが重要です。
- 基準を取る: 中央ファスナーから、左胸の既存ロゴまでの距離を定規で測ります(動画では 3 inches)。
- 右胸へ反転: 右胸側もファスナーから 3 inches を取り、横方向の開始位置の目安にします。
- 縦位置は見た目で合わせる: 左胸ロゴと同じ高さに見えるように調整します。
- 地図を固定: 刺繍ソフトから印刷した紙テンプレートをテープでしっかり貼ります。
既存ロゴがある衣類で「左右を意図的に揃えたい」時に、速くてズレにくい方法です。

うまくいく理由(よくある失敗と対策)
つまずき: 服を持ち上げた状態や着用状態で測ろうとする。
厚物はドレープ(垂れ)で形が変わり、縦方向では重力で織り目が歪みます。そこで測ると、数値が合っていても見た目がズレます。
対策: 平置きで測ると、生地がニュートラルになり、寸法と見た目が一致しやすくなります。
補足(コメント内容の整理): レーザーは「後付け機器」ではなく、多針刺繍機側の機能として搭載されている場合があります(例:動画の6針機)。レーザーが使える環境なら、テンプレートの十字(クロスヘア)に赤いレーザーを合わせると、位置合わせの最終確認が速くなります。
また、hoop master 枠固定台 のような枠固定台の工程に組み込む場合、紙テンプレートが「テーブルで出した位置」と「治具の幾何学」をつなぐ橋渡しになります。

ステップ2:Hoop Masterでの“定規合わせ”テクニック
テンプレートを貼ったら、次はその角度を崩さずに枠へ移すのが勝負です。人の目はわずか数度の傾きでも「曲がって見える」ため、ここでの微回転を潰します。
動画の枠張り手順(順番が重要)
- かさをまとめる: 重い脚部分をくるくる巻いて、重さが一点に偏らないようにします(引きずり防止)。
- 被せる: ワンジー上半身側を枠固定台に通してセットします。
- 触ってセンター出し: 手を下に入れて、下枠(治具)の縁を触りながら大まかに中央へ寄せます。
- 定規を当てる: 枠固定台の左右ブラケットに、硬い定規を渡して“水平の基準線”を作ります。
- テンプレート線を合わせる: 紙テンプレートの水平の十字線を、定規の直線にぴったり合わせます。
- 上枠をスナップ: マグネット上枠を載せ、指を挟まないように注意して固定します。

定規合わせが効く理由
曲がって見えるロゴの多くは、データ(パンチ)ではなく枠張り時の微回転が原因です。ワンジーは縫い目や生地のねじれがあり、縫い目を基準にするとズレやすくなります。
定規は「絶対的な水平基準」、テンプレートは「デザインの水平基準」です。この2つを一致させることで、衣類側のクセを無視して角度を決められます。
スタッフ教育や量産で特に強い方法で、「目検で真っ直ぐ」を、誰でも同じ判断ができる手順に変えられます。
複数の 枠固定台 を使い分ける場合も、必ずテンプレートの数学的な線(十字線)に合わせ、衣類の裾や縫い目は信用しすぎないのが安定します。

注意:マグネットの安全
マグネット刺繍枠は強力なネオジム磁石を使用します。
1. 指挟み注意: 接合面に指を入れないでください。スナップは一瞬で、強く挟まれます。
2. 磁気の影響: ペースメーカー等の医療機器、磁気カード類には近づけないでください。
判断の目安:生地の重さ → スタビライザーの考え方
スタビライザーは土台です。ワンジーのような重衣料では、土台が弱いと縫製中に引っ張られて歪みやすくなります。
- ケースA:厚手で伸びが少ないコットン(非ストレッチ)
- 目安: 中厚カットアウェイ 1枚。
- ケースB:厚手フリース/ニット(伸び+かさ)※ワンジー寄り
- 目安: カットアウェイ 2枚重ね。
- 理由: 重さでステッチに常時負荷がかかります。ティアアウェイは負荷で弱りやすく、歪みにつながりやすい一方、カットアウェイは残る構造支持になります。
- ケースC:毛足が長い/表面がふわふわ
- 目安: 上に水溶性トッピングを追加して沈み込みを抑えます。
動画ではカットアウェイ2枚を使用しています。重衣料の引っ張りに対して、土台を強くする狙いです。

ステップ3:Tubular Hoop Supportで機械側の段取りを固める
枠張りは勝負の半分です。残り半分は「装着後にズレないこと」。機械に載せた瞬間に重さで引っ張られると、枠張りが完璧でも位置合わせが崩れます。
動画の装着・確認手順(ここが事故防止)
- サポートを装着: Tubular Hoop Support テーブルを取り付け、腕ミシン部分を“受け台”化します。
- 枠を装着: マグネット枠をドライバーアームに差し込み、噛み合う感触(クリック)を確認します。
- 「手のスイープ」確認: ミシンのアーム内側に手を入れ、針板下に余計な生地が入り込んでいないか触って確認します(背面を噛む事故防止)。
- レーザーで最終合わせ: 赤いレーザーを紙テンプレートの十字に合わせます。
- テンプレートを外す: 位置が確定したら、紙テンプレートを丁寧に剥がします。
- 縫製: 刺繍を実行します。
速度の補足: 動画では 800 SPM で運転しています。

サポートテーブルが位置ズレを防ぐ理由
位置ズレ(位置合わせ崩れ)は、縫いの途中で生地が動くことで起きます。重いワンジーがぶら下がると、重力が常に下方向へ引き、枠の移動に対して逆方向の力がかかります。
サポートテーブルで衣類の重さを受けると、重力の影響が減り、枠の動きがモーター主導になりやすくなります。結果として、輪郭と塗りのズレなどが起きにくくなります。
厚物を回すなら mighty hoop チューブラー枠 サポート のような補助具は、贅沢品というより品質管理の道具として考えると判断しやすいです。

コメントで出た注意点:Brother機での「枠サイズ非認識」
コメントでは Brother PR1055X で、サードパーティのマグネット枠サイズが機械に自動認識されず、センターがずれるという話が出ています。
ポイント: Mighty Hoops はサードパーティ製のため、Brother機が枠サイズを自動認識しない場合があります。
対処の考え方:
- 設定で近い標準枠サイズを選びます。
- 必須: カメラ機能と「トレース」を使い、針位置が枠に当たらないか必ず確認します。
- 刺繍ソフトから紙テンプレートを印刷して、物理的に当たり範囲を確認します。

仕上がり:『Fab 5』ワンジーの完成
縫い上がり後の仕上げで、「手作り感」か「商品感」かが分かれます。
- 取り外し: 枠を機械から外します。
- 表面チェック: ループや糸の引っ掛かりがないか確認します。
- 裏処理: 裏返してカットアウェイを持ち上げ、ハサミでカットします。<br>手触りのコツ: 切るときに指をスタビライザーと生地の間に入れて、身頃を切らないようにします。端は 0.25〜0.5インチ 残します。
- 糸処理: 飛び糸をカットします。

準備(忘れがちな消耗品と事前チェック)
開始前に、初心者が見落としがちな“隠れ消耗品”も揃えます。糸だけでは回りません。
- 忘れがちな消耗品:
- 新しい針: ニットならボールポイント、織物ならシャープ系。先端に違和感があれば交換します。
- 下糸(ボビン糸): 途中停止はズレのリスクが上がるため、満量に近い状態が安心です。
- マスキングテープ: テンプレート固定用。
厚物に マグネット刺繍枠 を使う場合、スタビライザーは「枠より少し大きく」用意し、マグネットがしっかり噛む余白を確保します。
事前チェック(開始前):
- 作業面: 大きいテーブルを確保(厚物は“滑走路”が必要)。
- 基準: 左胸ロゴの位置(ファスナーから3 inches)を確認。
- テンプレート: 中心十字入りの紙テンプレートを印刷。
- スタビライザー: カットアウェイ2枚。
- 針: 針は新しいか。
- 下糸: 1デザイン分足りるか。

セットアップ(枠固定台+枠+ミシン)
段取りが整うと、原因不明の位置ズレの大半は消えます。
- 枠固定台: Hoop Master 4.25 x 13インチ ステーション。
- 刺繍枠: 5x7 マグネット枠。
- ミシン: サポートテーブル付きの多針刺繍機。
マグネット刺繍枠 使い方 を覚えるときの感覚は、「引っ張って張る」ではなく「置いて、挟んで保持する」です。ドラムのようにピンと張りすぎず、マグネットの保持力に任せます。
セットアップチェック(スタート前):
- かさ管理: 脚を巻いて重さをコントロール。
- 位置合わせ: 定規合わせでテンプレートの水平線を合わせる。
- 直角確認: 枠が枠固定台に対して斜めになっていないか。
- 固定: マグネット枠を確実にスナップ(指挟み注意)。
- 支持: テーブルが重さを受けているか目視確認。
- クリアランス: 「手のスイープ」で巻き込みがないか確認。
- レーザー: 赤点をテンプレート十字へ。
- テンプレート: 紙テンプレートを外す。

注意:機械的な安全
重い衣類は引っ張りが強く、針折れにつながることがあります。保護メガネ等の安全対策を推奨します。異音がしたらすぐ停止し、原因を確認してください。
運転中(縫製+途中チェック)
動画では800 SPMで運転しています。
運転中の観察ポイント:
- 音: 一定のリズムが正常。硬い「カツン」という音は、段差や枠への干渉の可能性があります。
- 見た目: 枠の端で生地が波打つなら、衣類の重さで引っ張られています。
運転中チェック:
- 最初の2分は張り付く: 立ち上がりで異常が出やすい。
- 支持: 脚がテーブルから落ちそうなら持ち上げて支える。
- 糸経路: ファスナー周りで糸が引っ掛からないか。
- 完了後: 枠を外す前に表面品質を確認。

トラブルシュート(症状 → 原因 → 対策)
設定を触る前に、まず物理(枠張り・重さ・クリアランス)を疑うのが近道です。
| 症状 | ありがちな原因 | 優先対策(低コスト→高コスト) |
|---|---|---|
| 位置ズレ(輪郭と塗りが合わない) | 重さで枠が引っ張られる | 1. サポートで重さを受ける。<br>2. スタビライザーを2枚にする。 |
| 縫い閉じ(表と裏を一緒に縫った) | 背面の巻き込み | 1. すぐ停止。<br>2. 毎回「手のスイープ」を実施。<br>3. 余り生地を巻いて逃がす。 |
| 斜めに見える | 枠張り時の微回転 | 1. 定規合わせを使う(ステップ2)。<br>2. 縫い目ではなくテンプレート線を基準にする。 |
| 枠跡(テカりリング) | 摩擦固定の締め付け | 1. スチームで繊維を戻す。<br>2. マグネット枠へ移行。 |
| 針折れ | 段差・引っ張りによる針のたわみ | 1. 針交換。<br>2. 枠や段差の干渉がないかトレースで確認。 |
コメントにあった価格の目安(受注側向け)
コメントで価格について質問があり、制作者はこの内容(高ステッチではない)で 1点あたり最低$15 を目安にしたと述べています。
業務の考え方: 見積もりでは、測り・テンプレ貼り・重衣料の取り回し・事故防止の確認といった“見えない工数”も原価です。厚物は通常のTシャツより取り回しが増えるため、その分の工数を見込むとブレにくくなります。
道具の次の一手(自然なステップアップ)
厚物を継続して回すなら、基本装備だけでは限界が来ます。次の順で整えると、失敗率と工数が落ちやすいです。
- レベル1(再現性): 枠固定台で位置合わせのブレを減らす。
- レベル2(速度と負担軽減): マグネット刺繍枠で枠張りを速く、枠跡や手首負担を減らす。
- レベル3(量産): 多針刺繍機で段取り時間を圧縮し、単価あたりの工数を下げる。
目的は道具を増やすことではなく、時間を買い戻し、不良(やり直し)を減らすことです。
