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自分のTシャツに刺繍する理由
無地のニットTシャツでも、首元近くに小さなモチーフを1つ入れるだけで「最初からそういうデザインだった」ように見えます。ところが初心者にとって、Tシャツは失敗しやすい難所です。よくあるのが、刺繍枠で生地がつぶれてテカる「枠跡(枠焼け)」や、仕上がり周りのシワ(パッカリング)。この2つが怖くて、途中で諦めてしまう方も少なくありません。
ここでは、Lindaの実演に沿って「クランプ式刺繍枠+粘着スタビライザー」で安定して仕上げる流れを整理します。ニット刺繍の大敵は、(1)こすれ(圧迫)と(2)伸び(歪み)。この方法は、その2つを同時に避けるための現場向けワークフローです。
Tシャツを枠に直接張って、ドラムみたいにピンピンにしてしまい、縫い終わりに周囲が波打った経験があるなら、ここで一度リセットできます。考え方は フローティング用 刺繍枠 の基本と同じで、「先に土台を安定させてから、服はそっと載せる」。順番を逆にしないのがコツです。

必須ツール:粘着スタビライザーとトッパー
Lindaの仕上がりがきれいなのは、ニットの性質に合わせた“サンドイッチ構成”を徹底しているからです。ニットは伸びるための構造、刺繍は動かないための構造。相反する条件を両立させるために、次の3層で組みます。
- 下(枠に張る層): 粘着ティアウェイ・スタビライザー(例:Perfect Stick)
- 服(刺繍するもの): 計測して上に“浮かせて”貼る(生地は枠に挟まない)
- 上(表面の層): 水溶性トッパーをのせ、刺繍用テープで固定
失敗のメカニズム(なぜシワになる?) 通常の丸枠などでニットを直接枠張りすると、放射状にテンションがかかり、ループが開いて伸びた状態で縫うことになります。枠を外すと生地は元に戻ろうとしますが、刺繍糸は伸びません。その差が「戻りシワ」として残ります。
クランプ式は、スタビライザーをしっかり保持しつつ、服を無理に引っ張って張りたくなる誘惑を減らせます。だからこの内容は マグネット刺繍枠 の運用にも置き換えやすいです。クランプでもマグネットでも狙いは同じで、「服をつぶさず、スタビライザー側を安定保持する」ことです。
Lindaの使用例(動画内)
- ミシン: Janome Continental M17(高機能機ですが、考え方は他機種でも同じ)
- 枠: SQ10d クランプ式刺繍枠(4x4)
- スタビライザー: Perfect Stick(粘着ティアウェイ)
- 針: Janome Blue Tip 75/11
- トッパー: 水溶性フィルム
- 補助: 刺繍用テープ、チャコペン、スタイラス(先の丸いツール)
道具のステップアップ(量産目線)
- レベル1(技術): まずは本記事のフローティングで、Tシャツをダメにしない。
- レベル2(速度と安全): クランプの締め作業が負担、または繊細素材で枠跡が気になるなら、刺繍ミシン 用 マグネット刺繍枠 が定番の選択肢になります。閉じる動作が速く、圧迫ダメージを抑えやすいのが利点です。
- レベル3(本数): 50枚など同位置で回すなら、毎回の計測がボトルネックになります。そこで 刺繍用 枠固定台 のような固定治具が効いてきます(枠と服の位置関係を再現しやすい)。

Step 1: 粘着スタビライザーを枠に張る(下準備)
ここで8割決まります。土台が弱いと、上でどれだけ丁寧にやっても崩れます。
何をする工程?
服ではなく、粘着スタビライザーだけを枠張りします。服に枠圧をかけずに支えるための「粘着ドラム面」を作るイメージです。
手順
- 大きめにカット: スタビライザーは枠より四方で1〜2インチ大きく切ります。節約して小さく切ると、保持が弱くなってズレの原因になります。
- 面の確認: 紙面を上にして置き、ブランドによっては“なめらかな面”がどちらかを触って確認します。
- 「ドラム張り」: ネジを締め、手のひらで押さえながらシワを抜きます。狙いは 平らでピンと張った面。指で軽く叩いたとき、バサバサではなく鈍い「トントン」感が出る状態です。
- クランプ固定: クランプを閉じ、スタビライザーが盛り上がっていないか確認します。
- 紙だけに切り込み: スタイラスやピン先で、枠内に軽く「X」を入れます。紙層だけに傷を入れ、下の繊維層は切らないのがポイントです。
- 紙を剥がす: 紙を剥がして粘着面を露出させます。
注意: スタビライザーや紙を布用ハサミで切らないでください。紙の繊維で刃がすぐ鈍り、後で布を噛む原因になります。紙用(兼スタビ用)のハサミを別に用意します。

Step 2: Tシャツの「本当の中心」を出す
位置決めは「手作り感」と「作品感」を分ける工程です。
手順
- タグは基準にしない: タグ位置=中心とは限りません。縫製は速さ優先で、ズレていることがあります。
- 折りで中心線: 肩線同士を合わせ、次に脇線同士も合わせます。自然に折れた縦のラインが中心軸になります。
- 仮の目印→計測: Lindaはマグネットピンで目印を置いてから確認しています。最終的には定規で確認するのが確実です。
- 印付け: チャコペンや水で消えるペンで、中心のガイド線(必要なら十字)を入れます。
なぜ重要?(現場目線)
ニットは置き方だけでも歪みます。目視だけで決めると、着たときにロゴが脇寄りに見えることがあります。縫い目(肩・脇)という“構造”から中心を取ると、体に乗ったときの見え方が安定します。

Step 3: フローティング(生地は枠に張らない)
ここが核です。保持は「枠圧」ではなく「粘着」で行います。
手順
- 前身頃だけを作業: 枠を平らに置き、Tシャツの下側から手を入れて前身頃だけが枠に乗るようにします(後ろ身頃は巻き込まない)。
- 位置合わせ: チャコの中心線を、枠のグリッド(目盛り)に合わせます。
- 押さえ方(重要): 指で“そっと”粘着面に接触させます。
- NG: 中心から外へ強く押し広げる(ニットが伸びます)。
- OK: 上から軽く押さえる/必要最小限のなでで密着させる。目的は「伸ばす」ではなく「貼る」です。
- シワが出たら: 引っ張って消そうとしないでください。いったん持ち上げて、置き直します。引っ張る=歪み固定です。
この「無テンションで貼る」動きが、衣類刺繍で 粘着式 刺繍枠 刺繍ミシン 用 系の考え方が支持される理由です。人の手で生地を引っ張ってしまうミスを減らせます。

Step 4: 縫う前の確認〜仕上げ
縫い始める前のチェック(10秒)
スタート前にここだけ確認すると、失敗が大幅に減ります。
- 針の確認: 針は新しいものですか? ニットには 75/11 クラス(動画ではJanome Blue Tip 75/11)が使われています。針が合わないと、目飛びや糸切れ、傷みの原因になります。
- 下糸の色: 濃色Tシャツに白い下糸だと、テンションの具合で表に白点が出ることがあります。濃色には濃色の下糸が無難です。
- 巻き込み防止: 後ろ身頃が針下に入り込んでいないか確認します。前後を一緒に縫ってしまうのが典型的な初歩ミスです。
トッパーをのせる
ニットは糸が沈みやすい素材です。トッパーなしだと、縫い目がガタついて見えたり、文字が痩せて見えたりします。
- 水溶性トッパーを小さく切って、刺繍範囲を覆います。
- 刺繍用テープで固定します。養生テープは使わないでください(縫っている途中で剥がれたり、糊残りの原因になります)。動画ではFlorianiの刺繍用テープを使用しています。

刺繍(縫い)
- 速度: 動画では 900 SPM で縫っています。まずは自分の環境で安定する速度に落としても構いません。重要なのは、最初の動きでズレが出ていないか観察することです。
- 最初の数十〜100針を見る: もし生地が波打つなら、スタビライザーが十分に張れていない/貼るときに伸ばした可能性があります。早めに止めるほうが被害が小さく済みます。
仕上げ(後処理)
- テープを外し、トッパーの大部分をちぎって除去します。
- 霧吹き→押さえる: 濡れ布でこすらないでください。毛羽(ピリング)の原因になります。水を軽く吹き、タオルで上から“押さえる”ようにして残りを取ります。
- 枠から外し、裏側の粘着スタビライザーをちぎって除去します。

作業チェックリスト(この章のまとめ)
- スタビライザーがピンと張れており、枠が確実に固定されている
- Tシャツは伸ばさずにフローティングできている
- 水溶性トッパーがテープで固定され、端がバタつかない
- 針は 75/11 クラス(動画ではBlue Tip)で、状態が良い
- 速度は自分の環境で安定する範囲に設定できている
- 余った身頃が針下に入り込まないよう整理できている

現場のコツ:トッパー残りを簡単に取る
仕上がりを「売り物っぽく」見せる小技です。文字のサテンや密な部分にトッパーが噛み込むと、ちぎるだけでは残りがちです。
- NG: ピンセットでほじる(糸ループを引っ掛けやすい)
- NG: 濡れ布でこする(ニットが毛羽立つ)
- OK: 水を軽く吹き、10秒ほど待って溶かし、乾いたタオルで上から押さえて吸い取る
繰り返しの衣類刺繍では、この後処理が安定すると、小さなモチーフでも店頭品質に近づきます。

Step 1: 粘着スタビライザーを枠に張る(下準備)
(準備フェーズの再確認チェックリスト)
準備チェック
- 粘着ティアウェイ・スタビライザーを枠より1〜2インチ大きく切った
- 紙層に傷を入れるためのスタイラス/ピンが用意できている(刃物は使わない)
- 糊残りしにくい刺繍用テープがある
- 水溶性トッパーを事前に切っておいた
- 生地色に対して見える印付け道具を選べている
- 安全確認: 紙用ハサミと布用ハサミを分けている

Step 2: Tシャツの「本当の中心」を出す
(セットアップフェーズの再確認チェックリスト)
セットアップチェック
- 肩線同士を合わせて縦中心を取った
- 「中心」は目視だけでなく、印として残した
- 縫い目基準と見た目の両方で二重確認した
- 枠のグリッドが見える状態で位置合わせできる

Step 3: フローティング(生地は枠に張らない)
判断フロー:ニットTシャツのスタビライザー+トッパー選び
迷わないための考え方です。
1) 素材はニット(Tシャツ、ポロ、ジャージ)?
- はい: 2へ。
- いいえ(デニム、布帛など): トッパーは省略できる場合もありますが、位置合わせ目的のフローティングは有効です。
2) ニットが不安定(薄い/レーヨン系/かなり伸びる)?
- はい: 粘着ティアウェイだけでは不足する場合があります。
- いいえ(標準的な綿T): 動画の粘着ティアウェイ+トッパーが適用しやすいです。
3) デザインは文字・細線? それとも面埋めが多い?
- 文字・細線: トッパーは必須(沈み込みを防いで輪郭を立てる)。
- 面埋め: トッパー推奨(沈み込みを抑えて見た目を整える)。
4) クランプ操作が負担/枠跡が気になる?
- はい: 刺繍ミシン 用 マグネット刺繍枠 のような方式を検討するタイミングです。
注意:磁力製品の安全
マグネット刺繍枠は強力磁石を使用するため、挟み込みの危険があります。指を近づけたまま閉じないようにしてください。また、医療機器(ペースメーカー等)を使用している方は取り扱いに注意が必要です。

Step 4: 縫う前の確認〜仕上げ
トラブルシューティング(症状 → 原因 → 対処)
| 症状 | 起こりやすい原因 | すぐできる対処&予防 |
|---|---|---|
| シワ/波打ち | 粘着面に貼るときにニットを引っ張ってしまった。 | 対処: いったんそっと剥がして置き直す(押さえる、引っ張らない)。 予防: フローティングの「無テンション」を徹底する。 |
| 下糸が表に出る(白点) | 濃色生地に白い下糸+テンションの影響。 | 対処: 濃色には濃色の下糸を使う。 |
| 枠跡(枠焼け) | 枠圧で生地表面がつぶれた。 | 対処: 軽いスチームで整える(強く押さえない)。 予防: 服を枠に直接張らず、フローティングで作業する。 |
| トッパーが縫い目に残る | 密な縫いでフィルムが噛み込んだ。 | 対処: 霧吹き→10秒待つ→タオルで押さえて吸い取る。 |

現場のコツ:トッパー残りを簡単に取る
「なるほど」のポイント
「どうしてこんなにきれいで、シワが出ないの?」と感じるとしたら、答えは特別な設定ではなく “置くときに伸ばさない” という規律です。フローティングは、位置合わせと品質を同時に安定させるための動作設計です。
同じ位置で何枚も作る作業になると、平らな机で1枚ずつ測るのは疲れます。そういうときに、枠固定台 のような枠固定台を検討する人が増えます。工場向けだけでなく、位置再現のための“固定”として役立ちます。

仕上がりイメージ
クランプ枠×フローティングを守ると、既製品に近い見た目に寄せやすくなります。
- 位置: 首元近くでも左右に流れにくい
- 表面: 枠跡が出にくい(生地を枠でつぶさない)
- 形状: ニットがリラックスした状態で縫えるため、シワが最小限
- 輪郭: 水溶性トッパーで線が沈みにくく、輪郭が立つ
標準の4x4枠でも、交換用の brother 4x4 刺繍枠 のような枠を使っていても、原理は同じです。結論はシンプルで、「安定させるのは服ではなく、土台(スタビライザー)」 です。
次のステップ(悩み別)
- 悩み: 「ネジ締めやクランプが面倒で時間がかかる」
- 方向性: マグネット刺繍枠で着脱を短縮
- 悩み: 「ロゴの位置が毎回ズレる」
- 方向性: 枠固定台で位置再現性を上げる
- 悩み: 「枚数が増えると糸替えが追いつかない」
- 方向性: 多針刺繍機の導入を検討(色替えの手間を機械側に寄せる)
