目次
ワイヤレス化する理由(刺繍機の段取りを止めない)
BrotherのLuminaire(XP1/XP3)やAveneer EV1のような上位機種を使っているのに、データ受け渡しが「USBの抜き差し→機械まで移動→フォルダを探す」の繰り返しだと、段取りの摩擦で生産性が落ちます。
現場で一番効くのは、派手な機能よりも「手戻りを減らす仕組み」です。摩擦(ムダ動作)は完成の敵。転送がスムーズになるだけで、枠張りやスタビライザー準備に時間を回せます。
このガイドでは、ミシン本体のApp Guideからスマホアプリを連携し、PC側は無料のDesign Database Transferを使ってPESデータをWi-Fiで送る流れを、実際の操作順に落とし込みます。目的は「設定できた」で終わらせず、"デザイン決定"から"針落ち(縫い始め)"までを途切れさせないことです。
ワイヤレス転送が安定すると、作業が標準化できます。趣味で精度を上げたい方にも、複数台運用の工房にも有効です(将来的にSEWTECH Multi-needle Machinesのような多針刺繍機で量産に寄せる場合も、データ運用の基盤になります)。

Step 1: スマホアプリを接続する(My Stitch Monitor/Artspira)
何をつなぐのか(役割の整理)
BrotherのApp Guideは、ミシンとアプリを連携するためのQRコード入口です。主に次の3つを扱います。
- My Stitch Monitor: 刺繍中の状態をスマホで監視し、糸切れなどを通知で知らせます。通知が鳴ることで、ミシンの前に張り付かずに作業できます。
- My Design Snap: スマホのカメラを使った位置合わせ(位置決め)を支援します。
- Artspira: Brotherのクラウド系プラットフォーム。
ここは「握手(ペアリング)」の工程です。スマホと刺繍機が同じネットワーク上でお互いを認識できる状態を作ります。
ミシン側:App Guide(QRコード)を開く
- 設定を開く: 液晶画面で設定アイコン(紙+歯車のようなマーク)を押します。
- ページ移動: 矢印でページを進めます。多くの機種では13ページ中の11ページ付近にあります(機種やバージョンで前後することがあります)。
- 起動: App Guideをタップします。
- 確認: My Stitch Monitor/My Design Snap/Artspiraのボタンが表示されます。
補足:SolarisではArtspiraが表示されない場合があります(機種側の対応状況によります)。

My Stitch Monitorを接続(Android例)
- 選択: ミシン画面でMy Stitch Monitorをタップし、QRコードを表示します。
- 読み取り: スマホのカメラを起動し、QRコードにかざします。一般的に左がAndroid、右がiOSです。
- ストアへ: 表示されたリンクをタップしてGoogle Play/App Storeを開きます。
- インストール: インストール→開く。
- 通知許可: 通知の許可が出たら許可にします。ここを切ると、糸切れなどの通知が来ず、アプリの価値が大きく下がります。
- 接続: 画面のConnection Guidanceに従い、ネットワーク上の機械(例:"Lumi")を選びます。
チェックポイント: スマホと刺繍機は同じ家庭内Wi-Fi(WLAN)に接続されている必要があります。スマホがモバイル通信のまま、または別SSID(ゲスト用など)だと相互に見えません。


My Design Snapを接続(Android例)
- 戻る: ミシンのApp Guideに戻ります。
- 選択: My Design Snapをタップします。
- 読み取り: 新しいQRコードをスマホで読み取ります。
- インストール: ダウンロードして起動します。
- 検出: アプリがWLAN上の対応機を検索するので、該当機を選びます。
現場のコツ: アプリは「機械ごとに入れ直す」必要はありません。1回インストールしておけば、同じネットワーク上で電源が入っている複数台(例:LuminaireとAveneer)を切り替えて使えます。
Artspiraを接続(Android例)
- 選択: App GuideでArtspiraをタップします。
- 読み取り: QRコードを読み取ります。
- インストール: ストアの案内に従ってインストールします。
QRコードが読めないとき(よくあるつまずき)
カメラがQRコードを認識しない場合は、次を順に試します。
- 距離: いったん離してから、ゆっくり近づけます(目安として約6インチ程度から調整)。
- ピント: スマホ画面上でQRコード部分をタップしてピントを合わせます。
- 反射: 天井照明が液晶に映り込むと読みにくくなるので、角度を変えます。
注意: 機械的な安全。スマホ操作に気を取られて、針棒周りや可動部に手・アクセサリー・ストラップ・髪が近づかないようにしてください。電源が入っている状態では特に危険です。

Step 2: PCにDesign Database Transferを入れる(Windows 11)
このソフトが重要な理由
PESファイル管理のために高額ソフトを買う前に、まずは無料で使えるBrother Design Database Transferを押さえるのが現実的です。サムネイル表示でデザインを視覚的に確認でき、Wi-Fiで刺繍機へ送れます。
枠張りや生地に触る前に「送るファイルが合っているか」を確認できるので、段取りミスを減らせます。
補足:このソフトはWindows向けです。Macでの利用可否は環境により異なります(コメントでも質問がありましたが、確実な断定はできません)。
ダウンロード〜インストール(Windows 11例)
- 検索: ブラウザでBrother Design Database Transferを検索します。
- 公式へ: Brotherのサポート(Solutions Center)ページに移動します。
- OS選択: Windows 11(または使用中のWindows)を選びます。
- ダウンロード: Agree to EULA and Downloadをクリックします。
- 実行: Downloadsフォルダから
.exeをダブルクリックします。 - 許可: ユーザーアカウント制御が出たらYes。
- インストール: ウィザードに従って進めます。動画ではプライバシーの観点から「匿名データ収集」をオフにしていました。



毎日すぐ開けるようにする(タスクバーにピン留め)
クリック数を減らすと、運用が定着します。
- 検索: Windowsキー→"Design Database Transfer"と入力。
- 固定: アイコンを右クリック→Pin to taskbar。
- 確認: 画面下にアイコンが常駐します。

Step 3: 刺繍機をネットワーク機器として登録する
ネットワーク要件(ここが一番の失敗ポイント)
この転送は「空中に飛ばす」のではなく、ルーター経由で送ります。刺繍機がWi-Fiに繋がっていない/スリープで切れていると、PC側は機械を見つけられません。
Design Database Transferに機械を追加する
- 起動: PCでDesign Database Transferを開きます。
- 設定: Network Machine Settings(ミシン+歯車のアイコン)をクリックします。
- 検索: Addを押してネットワークをスキャンします。
- 選択: 見つかった機械名(例:"Lumi"、"Evie"など)を選びます。
- 確定: OKで確定します。
見つからない場合は、機械の電源ONとWi-Fi接続を確認し、必要なら再起動します(動画内でも多針機が見つからず再起動する流れがありました)。


切り分け:なぜPCから機械が見えない?
- ケースA:スマホは繋がるが、PCだけダメ
- 原因候補: PCと機械が別SSID/別ネットワークにいる。
- 対処: PCも機械と同じネットワーク名(SSID)に接続します。
- ケースB:スマホもPCもダメ
- 原因候補: 機械側のWi-Fiが未接続/切断。
- 対処: 機械の設定からWi-Fi接続をやり直し、接続状態を確認します。
- ケースC:一覧に機械が出たり出なかったりする
- 原因候補: スリープ移行や一時的な接続不安定。
- 対処: 画面を触って復帰→少し待ってからPC側で再度Add。
Step 4: PESファイルをWi-Fi転送する
実務向け:デザイン保管場所を決める(迷子を防ぐ)
ダウンロードフォルダを保管庫にしないのがコツです。PC上で作業用フォルダを決め、そこから送る運用にすると「古い版を送った」が減ります。
デザインを選択(複数選択=cherry picking)
- 参照: ソフト左側で目的のフォルダを開きます。
- 確認: サムネイルでデザインを視覚確認します。
- 選択:
- 単体: クリック。
- 複数: キーボードのCtrlを押しながら、送りたいデザインだけをクリックして選びます(動画内では2x2/2x4/4x4などを選んでいました)。

送信先を選んで転送する
- 送信先: ドロップダウンで送信先の機械(例:"Lumi")を選びます。
- 送信: 大きな青い下向き矢印をクリックします。
- 確認: ステータスが"Transmitting"になり、完了メッセージ"Finished outputting data"が出るまで待ちます。


ミシン側で受け取る(Wi-Fiポケット)
- 刺繍へ: ミシンでEmbroideryをタップします。
- 保存先: ソース(本体/USBなど)の中からWi-Fiのマークを選びます(最後のタブにあることが多いです)。
- 確認: 送ったデザインがサムネイルで表示されます。

枠張り前に効く理由(段取り短縮=ミス減)
転送で時間を取られないと、枠張りやスタビライザー準備を雑にしにくくなります。逆に、PC作業で詰まると、現場では「急いで枠張りして枠跡(枠焼け)」の原因になりがちです。
量産(例:50枚以上)やデリケートな素材では、従来の樹脂枠の締め込みがボトルネックになることがあります。そこで現場ではマグネット刺繍枠のような選択肢が検討されます。従来枠のように力で押し込まず、素材をやさしく保持できるため、段取りの再現性を上げやすいという考え方です。
さらに、Brother向けならマグネット刺繍枠 brother 用のように機種に合わせた運用を組むことで、ワイヤレス転送(データ段取り)と枠張り(物理段取り)の両方を詰められます。
Prep
接続ができても、機械側の準備ができていないと失敗します。送信前に「物理のプレフライト」を入れます。
消耗品と事前確認(忘れがちなポイント)
- 針: 針の状態は仕上がりに直結します。密度の高いデザインや長時間運転の前後は特に要注意です。
- 下糸(ボビン糸): 開始前に残量を確認します。
- スタビライザー: 生地に合ったものを準備します(伸びる素材はカットアウェイ寄り、安定した素材はティアアウェイでも運用しやすい、という目安)。
- 枠固定台: 刺繍用 枠固定台を使うと、枠張り位置の再現性が上がり、データ側の位置合わせとズレにくくなります。
Prepチェックリスト(セクション末)
- 電源: 刺繍機がONで、Wi-Fiが届く位置にある。
- ネットワーク: 機械のWi-Fi接続が有効。
- 安全: ボビン周りの糸くずが少なく、針棒周りに緩みがない。
- ファイル: 送るPESが「最新版」である。
- 資材: 上糸色の段取りができている。
Setup
ここは「デジタルの握手」を固める工程です。見えない橋が安定しているかを確認します。
スマホ⇔ミシン(App Guide)
ミシンのSettings > App Guideから進めます。スマホ側の通知許可は、運用上の要です。
PC⇔ミシン(Design Database Transfer)
インストール後、Network Machine Settingsで機械を追加するのは基本的に一度だけです(ネットワーク構成が変わると再設定が必要になることがあります)。
運用メモ: 将来的にbrother luminaire 用 マグネット刺繍枠などで処理量を上げる場合でも、先に転送基盤が整っていると、データ待ちで手が止まりにくくなります。
注意: マグネットの安全。マグネット刺繍枠は強力な磁石を使用します。ペースメーカー等の医療機器、磁気カード、HDDなどには近づけないでください。また指挟みの危険があるため、取り扱いは慎重に行ってください。
Setupチェックリスト(セクション末)
- アプリ: My Stitch Monitorがペアリング済みで、通知が有効。
- PC: Brother Design Database Transferがエラーなく起動する。
- 認識: Network Machine Settingsで機械名が表示される。
- 表示: サムネイルが正しく表示される(灰色のままにならない)。
Operation
ここからが実行です。データを確実に送って、機械側で受け取ります。
操作手順(選択→送信→刺繍準備)
- 起動: Design Database Transferを開きます。
- 確認: 送信先の機械選択が意図した機械になっているか確認します。
- 選択: Ctrl+クリックで必要なデザインだけ選びます。
- 送信: 青い矢印で転送します。
- 完了待ち: "Finished outputting data"が出るまで待ちます。
- 受信: ミシン側のWi-Fiタブでデザインを開きます。
離席前の確認(最低限)
- サイズ: 機械画面のデザインサイズが使用枠に合っているか。
- 色: 画面の色順と、準備した糸が一致しているか。
Operationチェックリスト(セクション末)
- 送信先: "SeND To"のドロップダウンが正しい機械。
- 完了: PC側で"Finished outputting data"を確認。
- 受信: 機械のWi-Fiタブにファイルが表示され、選択できる。
- 整合: 枠サイズ制限などのエラーが出ない。
まとめ:刺繍スタジオの段取りを整える
App Guideでアプリ連携を行い、Design Database TransferでWi-Fi転送を使えるようにすると、日々の「USB往復」を削れます。これは単なる便利機能ではなく、段取りの標準化です。
時間が浮いた分を、スタビライザー選定や枠張り精度に回せるようになります。データで詰まらない環境を先に作ると、物理工程の品質も上げやすくなります。
もしデータ運用が速くなったのに枠張りがまだ遅い/手が痛い/枠跡が出やすいなら、hoopmaster 枠固定台のような枠固定台システムやマグネット枠の導入検討が次の一手になります。そして「趣味の延長」から「業務量」へ移行するなら、SEWTECH Multi-needle Machinesのような多針刺繍機は、こうした効率化の積み上げを活かす設計思想です。
接続はできました。転送もできました。あとは、安定した段取りで刺繍に集中してください。
