目次
作業領域(枠)とフープサイズのセットアップ
きれいなアップリケデータは、まず「正しい作業領域」から始まります。デジタイズ画面のキャンバスは、実機で針が動く範囲そのものです。ここが現実の枠サイズと一致していないと、センターがずれたり、想定外の位置まで針が走ってしまったり(最悪の場合は枠や治具への干渉)につながります。
このチュートリアルでは Floriani Total Control U を使い、アップリケの基本構成である「配置線 → タックダウン(仮止め) → サテン縁」を、同じアウトラインから複製して作る流れを組み立てます。最後にサテン縁の上へ“押さえ”のランステッチを入れて、引っ掛かりやほつれのリスクも下げます。
目標は 130 × 180 mm(5 × 7インチ) の枠内で、確実に収まるデータにすること。最初の10秒で効くのが「向き(オリエンテーション)」です。作業領域を横向き(7インチ幅 × 5インチ高さ)にしておくと、画面上の“上(Top)”と実機の“上(Top)”が一致しやすく、位置合わせの事故が減ります。

ここで身につくこと(なぜ重要か)
- 境界の厳守: 先に枠境界を確定し、「5.0インチ枠に5.1インチのデザイン」を作らない。
- ノード最適化: ノードが多すぎると曲線がガタつき、サテン縁に“微振動”が出やすい。
- レイヤー設計: 1本のアウトラインを複製して、配置・仮止め・仕上げ(サテン)という別機能に分ける。
- エッジの保護: サテンの上にランを重ねると、洗濯や摩擦での引っ掛かりに強くなる。
実際に服へ縫う場合は、デジタイズは仕事の半分にすぎません。残り半分は枠張り(テンション)とスタビライザー(下地)です。アップリケは縁の精度がシビアなので、布が1mm動くだけで“完璧なデータ”でも隙間が出ます。
手順:枠サイズ設定と向き(横向き)を回転
- Edit → Preferences を開きます。
- Hoop タブを開きます。
- 130 × 180 mm の枠(標準の5x7)を選択します。
- 重要操作: 向き(オリエンテーション/回転)アイコンをクリックし、縦向きから横向きへ切り替えます。
- Apply で確定します。
チェックポイント(見た目): グリッドが横長の長方形になります。
期待される結果: 以降のオブジェクト配置は、実機の5×7枠の安全範囲に対応します。
注意: 機械安全。 稼働中は指・髪・ひも類を可動部(針棒や駆動部)に近づけないでください。糸絡みの除去や針交換は、必ず停止・安全ロック(または電源OFF)を確認してから行います。
クリップアート画像の読み込みと下準備
講師は購入したクジラのクリップアートを、あくまで“なぞるためのガイド”として読み込みます。初心者がやりがちなのが、ビットマップ画像を最終データに残したまま保存してしまうことです。ファイルが重くなったり、環境によっては扱いづらくなります。画像はトレース用の下絵として使い、最後は削除して軽量化します。

画像を読み込む
- Image → Import を選択します。
- クジラのクリップアートファイルを選び、Open をクリックします。

チェックポイント(見た目): キャンバス上にクジラ画像が表示されます(これは“縫い”ではなく画像です)。
期待される結果: トレース用のテンプレートが用意できました。
補足:トレース前に「量産の前提」を決める
最初の線を引く前に、現場目線で一度だけ確認します。
- サテンの引き(縮み): サテン縁は布を内側へ引っ張ります。デニムのような安定素材では影響が小さくても、Tシャツなど伸縮素材では隙間や歪みが出やすくなります。
- 作業の再現性: 20枚量産するなら、枠張り条件が毎回同じであることが重要です。手張りのテンション差は、アップリケ位置ズレの原因になります。
- 治具・固定: 量産では「毎回同じ位置に置ける」ことが品質を底上げします。例えば 刺繍用 枠固定台 は、枠を一定位置で固定して作業できる仕組みを指し、デザインの“流れ(ドリフト)”を減らす助けになります。
塗り要素(しずく)のデジタイズ
講師は最初に水しぶき(しずく)をデジタイズします。これは一般的な塗り(フィル)オブジェクトです。動画では、初心者が不用意に設定をいじらないよう、基本的にデフォルト寄りで進めています。目安: 明確な理由(素材や狙い)がない限り、まずは標準設定を信頼するのが安全です。

手順:しずくを塗りで作る
- Fill / Complex Fill 系のツールを選択します。
- しずく形状の外周を手動でトレースします。
- 感覚チェック: ノードを置くとき、流れをイメージします。角はシャープに、曲線は滑らかに。
- しずくをグループ化(例:Ctrl + G)して、オブジェクト一覧を整理します。
- 糸色を Christie Blue に設定します。
チェックポイント(見た目): 形状がアウトライン表示から、色付きの面(塗り)に変わります。
期待される結果: しずくは背景要素なので、アップリケ本体より先に縫われる順番にしておくと、前後関係が自然になります。
「下縫い(アンダーレイ)」を守る理由
下縫い(アンダーレイ)は、表から見えにくい“基礎工事”です。
- 役割: 生地とスタビライザーを安定させ、上糸の乗りを良くします。
- リスク: 糸節約のつもりで下縫いを弱めすぎると、沈み・輪郭の荒れ・カバレッジ不足が出やすくなります。
- 例外: 極薄素材や極小文字などで調整することはありますが、理由なくゼロにするのは避けます。
アップリケ輪郭とサテン縁の作成
ここが本編の核です。クジラの輪郭を一度だけトレースし、その“同一パス”を複製して3つの工程(配置線/タックダウン/サテン縁)に変換します。同じ形状から派生させることで、位置合わせ(レジストレーション)が数学的に一致し、ズレの原因を減らせます。

手順:クジラ本体のアウトラインをトレース
- Run Stitch / Line ツールを選択します。
- 「ノードは必要最小限」を意識しながら外周をなぞります。
- 左クリック: 角(コーナー)を作る。
- 右クリック: 曲線を作る(※操作感は環境により異なりますが、動画ではこの使い分けで進めています)。
- 尾やヒレの形も含めて一周トレースします。
- 右クリック等でステッチ生成(確定)します。
チェックポイント(見た目): 細いワイヤーフレーム状の線でクジラが囲われます。
期待される結果: 閉じたきれいな形状(マスターパス)ができます。
よくあるミス:ノードを誤って増やした
曲線の途中に余計なノードが入ると、へこみや段差が出ます。
- 見つけ方: 拡大して、曲線が“ガタつく”箇所を探します。
- 対処: 問題のノードを右クリックし、Delete を選びます。
- 結果: 残ったノード間が滑らかにつながります。

チェックポイント(見た目): いびつな“揺れ”が消えます。
補足:幅4.5mmが「安全側」になる理由
アップリケのサテン縁は、切り口を隠すための“カバー”です。
- 講師設定: 幅 4.5 mm のサテン縁。
- 意味: 幅を広めにすると、カットが多少荒くても隠しやすく、ほつれにも強くなります。

アップリケ3層を作る(3パス構成)
ここからはマスターパスを複製して、縫う意味の違う3つのオブジェクトに分けます。
レイヤー1:配置線(置き位置のガイド)
- マスターパスを選択。
- Copy & Paste。
- 色を変更(例:ランダム色)。
- 役割: アップリケ布を置く位置を示します。
レイヤー2:タックダウン(仮止め)
- もう一度 Paste。
- 色を Dark Turquoise Blue に変更。
- 役割: 布を置いた後に縫い、カット前に布端を固定します。


レイヤー3:サテン縁(仕上げ)
- さらに Paste。
- Parameters / Properties を開きます。
- Appliqué(またはサテン系)を選択します。
- 幅を 4.5 mm に設定します。
- 役割: 切り口を覆う“縁”を作ります。

チェックポイント(見た目): 細い線が太いサテン縁に変わります。
期待される結果: 切り口が見えにくい、しっかりした輪郭になります。

サテンの上に「押さえラン(セキュリティラン)」を追加
サテンは長い糸渡りが多く、面ファスナー等に引っ掛かるとループが出やすい構造です。
- サテンのオブジェクトをコピー。
- 最前面(スタックの一番上)に貼り付け。
- 種類を Run Stitch に変更。
- 色を Medium Blue に変更。
- 理由: サテンの上から軽く押さえることで、引っ掛かり時のほどけを抑えます。
現場のコツ:枠跡(枠焼け)と歪みを減らす考え方
幅広サテン(今回の4.5mm)のように引きが強いデザインでは、枠張り条件の差が仕上がりに出やすくなります。一般的な刺繍枠だと、素材によっては枠跡(押し跡)が気になることもあります。そうした対策として マグネット刺繍枠(マグネットで挟み込むタイプの刺繍枠)を選ぶ運用もあります。
仕上げ要素(目)を追加し、保存用に整える
目のような正円は、手でノードを打つより形状ツールを使うほうがきれいに出ます。

手順:形状ツールで目を作る
- Shape Tool(Circle) を使って円を挿入します。
- 外周リング(アウトライン)を不要なら削除し、Fill のみ残します。
- 画像に合わせてサイズ調整し、色を White に設定。
- Copy & Paste。
- コピーを小さくして瞳にし、色を Black に設定します。

チェックポイント(見た目): きれいな円の白目と黒目ができます。
期待される結果: 手作業より左右差が出にくい目になります。
背景画像を削除し、枠境界を復元してセンタリング
画像を読み込むと、表示領域が画像比率に引っ張られて“枠の境界”が正しく見えなくなることがあります。最後に必ず枠設定を戻します。
- 重要: 背景のクリップアート画像を選択して Delete(ファイル軽量化)。
- Preferences → Hoop に戻ります。
- 130 × 180 mm を再選択して、作業領域を枠基準に戻します。
- Select All(Ctrl + A) → Center Design で中央へ。
- File → Save As(例:"Whale_Applique_5x7_v1")。



チェックポイント(見た目): デザインが枠の中心に収まり、余計な背景画像が残っていません。
期待される結果: 軽量で、枠基準が正しく、量産に回しやすい“保存版”データになります。
注意: マグネット刺繍枠の安全。 強力な磁石を使用するため、挟み込み事故の危険があります。取り扱い時は指を挟まないよう十分注意し、医療機器(ペースメーカー等)を使用している場合は近づけないでください。
事前準備:見落としがちな消耗品とチェック
ソフト上の作業が終わったら、次は現場条件です。実際には「デジタイズのミス」に見える不具合の多くが、枠張り・下地・糸掛けなどのセットアップ起因です。
見落としがちな消耗品("しまった"防止)
- 新しい針(75/11 Sharp): アップリケは布をカットする工程が絡むため、鈍い針はトラブルの元になります。
- 下糸(ボビン糸): サテン途中で下糸切れを起こすと、目立つ段差が出ます。
- アップリケ用はさみ(ダックビル等): タックダウン際まで安全にカットしやすい。
- 水溶性チャコ等: 中心や位置合わせの目印に。
- スタビライザー: 下の選定フロー参照。
準備チェック(プレフライト)
- 枠確認: 画面が 130 × 180 mm になっているか。
- 順番確認: シミュレーターで「配置 → タックダウン → サテン」になっているか。
- 布のプレス: アップリケ布のシワは仕上がりに残ります。
- サイズ余裕: アップリケ布がクジラ形状より十分大きいか。
- ハード確認: 使用中の 刺繍枠 刺繍ミシン 用 が確実に装着され、機械側で認識されているか。
選定フロー:生地 → スタビライザー
スタビライザー選定ミスは、シワ(パッカリング)の最大要因です。
- ベース生地が伸びる(Tシャツ、スウェット、ニット)?
- YES: カットアウェイ推奨。ティアアウェイだと伸びで縫いが割れやすくなります。
- NO: 次へ。
- ベース生地が薄い/透けやすい(薄手コットン、リネン等)?
- YES: ポリメッシュ(ノーショーメッシュ)など、柔らかいカットアウェイ系が扱いやすい。
- NO: 次へ。
- ベース生地が厚く安定(デニム、帆布、タオル等)?
- YES: ティアアウェイでも安定しやすい。
セットアップ:アップリケの枠張り戦略
枠張り(hooping)はテンションを与える工程です。狙いは「ニュートラルテンション」=ピンと平らだが、伸ばしすぎない状態。
"ドラムスキン"テスト
- スタビライザー: 叩くと張りがある。
- 生地: シワなく平らだが、目が引っ張られていない。
手張りが安定しない場合、ここがボトルネックになります。標準枠は内枠を押し込む力が必要で、斜行や歪みの原因にもなります。そこで brother 5x7 マグネット刺繍枠 のようなマグネット枠を使うと、布を置いて上枠を載せるだけで保持でき、作業者の力加減の差を減らせます。
セットアップチェック
- 向き: 枠は横向き(Landscape)で運用する前提になっているか。
- 干渉: 枠が壁や周辺物に当たらないか。
- 糸掛け: 上糸がテンションディスクに正しく入っているか(軽く引いて抵抗がある)。
- 量産効率: 同じ高さ・同じ位置を繰り返すなら 刺繍用 枠固定台 のような固定運用を検討したか。
実行:縫い順(ストップ位置が合図)
以下の順番を守ると、アップリケの作業が迷いません。
フェーズ1:下地(背景)
- しずくを縫う(背景)。
- 配置線を縫う(クジラの外周を1周)。
- STOP(ここで作業)。
フェーズ2:サンドイッチ
- 作業: アップリケ布を配置線の上に被せます(位置が完全に隠れる大きさ)。
- タックダウンを縫う(仮止め)。
- STOP。
- 作業: 余分な布をタックダウン際までカットします(目安:縫い線から1〜2mm手前)。※縫い糸を切らない。
フェーズ3:仕上げ
- 作業: 枠を戻して再装着。
- サテン縁を縫う(幅4.5mm)。
- 押さえランを縫う(Medium Blue)。
- 目を縫う(白→黒)。
実行チェック
- 手の位置: サテン中は高速で動くため、指を近づけない。
- 下糸残量: サテン途中で切れない量があるか。
- 安全: brother マグネット刺繍枠 5x7 使用時は、上枠(磁石)が確実に密着しているか。
品質チェックとトラブル対策
仕上がり監査(現場向け)
外す前に、最低限ここを見ます。
- 位置合わせ: 目が所定位置に入っているか(ズレて額に乗っていないか)。
- カバー: サテン縁から布端が“ヒゲ”のように出ていないか(カット不足/幅不足)。
- シワ: 周囲が波打っていないか(枠張り不足/スタビライザー不適)。
量産では“同じ品質を毎回出す”ことが価値です。作業者ごとの枠張り差が大きい場合、マグネット刺繍枠 のように保持圧が一定になりやすい枠へ寄せると、ばらつき低減に役立ちます。
トラブルシューティング表
| 症状 | 主な原因 | 切り分け&対処 |
|---|---|---|
| 生地がつれる(パッカリング) | 枠張りが甘い/スタビライザー不適。 | 対処: カットアウェイを検討。"ドラムスキン"テストをやり直し。伸縮生地を引っ張って枠張りしない。 |
| 下糸が表に出る | 上糸テンション過多/下糸セット不良。 | 対処: まず上糸をかけ直す。テンション部の清掃。ボビンがバネに正しく入っているか確認。 |
| サテンと布端に隙間 | 引き補正不足/カットが遠い。 | 対処: ソフト側で引き補正を見直す。現場側はタックダウン際まで丁寧にカット。 |
| 糸絡み(鳥の巣) | 糸が天秤に入っていない等の糸掛け不良。 | 対処: 絡みを安全に除去し、天秤(上下するレバー)を通っているか確認して再糸掛け。 |
| 枠が途中で緩む/外れる | 厚物で標準枠の保持が不足。 | 対処: 外枠ネジの締め具合を調整。頻発するなら マグネット刺繍枠 のような保持力の高い枠を検討。 |
まとめと次の一手
これで、クジラのアップリケを 130 × 180 mm 枠に収め、サテン縁 4.5 mm の安全幅で仕上げるデータ作成〜保存まで完了です。アウトラインを1本作って複製展開することで、配置線・タックダウン・サテン縁の整合性が高く、再現性のあるデータになります。
次の改善ポイントは、ソフトよりも現場条件(枠張り、スタビライザー、糸調子、カット精度)です。安全側の条件(適切なスタビライザー、針の更新、無理のない速度)から始め、安定してきたら効率化へ進めてください。
