目次
参照画像の取り込みと下準備
きれいな縫い上がりは、「ミシンへ送る」ボタンを押すずっと前から決まっています。業務レベルのデジタイズでは、刺繍データを“絵”ではなく、針に出す指示の集合として扱います。今回はBrother PE-Design 10で、クリスマス電球の連なりをゼロから作ります。
ただし本題は「電球を描くこと」だけではありません。ポイントは パス(縫い流れ)の考え方 です。縫いパスを最適化して、できるだけ止まらずに連続で縫えるデータにします。単頭式 刺繍ミシンで運用している現場ほど、この考え方は効きます。不要なジャンプ糸が減ると、衣類の裏側が“糸の鳥の巣”になりにくく、後処理も軽くなります。
このガイドでは、1個の「マスター電球」(本体+口金+ハイライト)を作ってから複製し、電球同士をつなぐコードを描き、モノグラムを追加します。そして初心者が飛ばしがちな重要工程——縫い順の手動調整で、ソフトが勝手に作るジャンプを消していきます。

こんな方に向いています
PE-Designの基本(塗りつぶし/サテン/線縫いのオブジェクト)を理解している中級者で、 「縫い時間より糸切り・糸処理のほうが長い」「量産データが汚くなる」ことに悩んでいる方向けです。
「連続パス」発想が重要な理由
画面上でつながって見えても、ミシンは“見た目”ではなく縫い順リストに従って動きます。たとえば、電球の口金(ベース)の終点がコード(配線)の始点につながっていなければ、ミシンは止まり、糸を切る(またはジャンプする)→移動→再開、という動作になります。
データが悪いときの“体感チェック”
- 音: トリマーが頻繁に作動して「ガツン、ガツン」と切る音が続く(連続縫いの一定音にならない)。
- 触感: 裏面がゴワつき、結び目や糸渡りが多くなる。
- 見た目: 本来つながるはずの箇所に長いジャンプ糸(渡り糸)が出る。
生産面での影響
- 時間: トリム動作が増えるほど、無駄な停止時間が積み上がる。
- 品質: サテンは開始・終了が弱点。止まりが少ないほど、ほつれや緩みのリスクが下がる。
- 位置ズレ: 停止と移動が増えるほど、生地がわずかに戻ったりズレたりする余地が増える。
ワークフローを本気で改善するなら、ソフトの操作だけでなく「実機でどう縫われるか」までセットで考える必要があります。もちろん、どれだけ良いデータでも枠張りが不安定だと失敗します。現場では、安定した ミシン刺繍用 刺繍枠 を使って、画面で設計したパスが生地上でも狙い通りに着地する状態を作ります。

図形ツールで電球本体と口金(ベース)を作る
ここは「マスター部品」作りの工程です。まずは1個を正しく作り、後で複製します。ここでパスを整えておくと、後工程でデータが“自分に逆らわない”状態になります。

手順1 — 画像を取り込み、デジタイズ用サイズに合わせる
- PE-Design 10を開き、[画像]タブへ。
- 黄色いフォルダのアイコンからPC内の画像を参照します。
- 保存しておいたJPEG参照画像を選ぶと、デザイン画面のグリッド上に表示されます。
- 操作: 角のハンドルでサイズ調整します。
- 現場のコツ: 仕上がりサイズはこの時点で決めておきます。後から大きく拡大・縮小すると、密度バランスが崩れやすくなります。
- 画像の外側をクリックして選択解除します。ハンドルが消え、誤って画像を動かしにくくなります。
チェックポイント: 参照画像が、刺繍したい実寸イメージのサイズでグリッド上に置けている。
期待される結果: ズームしても、背景画像がズレずにトレース作業ができます。

手順2 — [閉じた曲線]で電球本体を作成
電球本体は色の面(塗り)です。
- [図形]メニューへ。
- [閉じた曲線]を選択します。
- 重要設定: アウトライン(Line Sew)を Not Sewn(縫わない) に設定し、塗り(Region Sew / Fill)を 青 にします。
- 操作: 参照画像の輪郭に沿ってポイントを置き、形状をトレースします。
チェックポイント: 参照画像の上に青い塗りオブジェクトが重なり、外周の線縫いが入っていない。
期待される結果: 1つのきれいな塗りオブジェクトとして成立します。
補足(プッシュ・プルの考え方): 電球のような面形状では、外周のランニングが塗りに埋もれたり、逆に生地を押して“隙間(ギャップ)”の原因になることがあります。アウトラインを「縫わない」にして塗りだけで成立させると、素材差にも強い見た目になりやすいです。
手順3 — [直線で閉じる]で口金を作り、開始/終了点(入/出点)を固定する
ここが「連続パス」化の要です。
- [直線で閉じる]ツールを選択(ショートカット:Z)。
- 電球の口金(四角形に近い部分)をデジタイズします。
- 色をモスグリーン系に変更します(後でコードと同色に合わせます)。
- 肝となる操作: [開始/終了点(Entry/Exit Point)]ツールに切り替えます。
- 操作: 口金オブジェクトの開始点と終了点を、どちらも口金のいちばん下へドラッグして移動します。
チェックポイント: 入/出点のマーカーが、口金の下端にまとまっている(同じ位置に寄せられている)。
期待される結果: 口金の縫い終わりが、次に描くコード(配線)の縫い始めにつながりやすくなります。


現場のコツ(視聴者フィードバックより)
作業効率は“手の動き”で決まります。選択したオブジェクトは、右クリックでプロパティやグループ化などの操作に素早くアクセスできることがあります。上部メニューまでマウス移動しないだけでも、日々の積み重ねで差が出ます。
[マニュアルパンチ]でハイライト(反射)を作る
白い反射(ハイライト)が入ると、電球に立体感が出ます。ここでは [マニュアルパンチ] を使い、針落ちを自分でコントロールします。

手順4 — 反射をマニュアルパンチで作成(最初にランニング、その後サテン)
サテン(ジグザグ)は、最初の数針が安定しないと緩みやすくなります。そこで、先に短いランニングで“糸を噛ませる”のが有効です。
- [図形]>[マニュアルパンチ]を選択。
- 色を白に設定。
- アンカー(固定): ハイライトを入れる位置に、短い直線で2〜3点ほど置いてランニングを作ります。
- サテン: 以降は 上→下→上→下 の順でポイントを置き、ジグザグ(サテン)を作ります。
- ダブルクリックで終了。
チェックポイント: 白い反射が“ツヤ”として見える。
期待される結果: サテンが締まり、最初の緩み(ループっぽさ)が出にくくなります。
要素の複製と配色変更
マスター電球(入/出点を整えた口金+固定したハイライト)ができたら、同じ作業を繰り返さずに複製します。

手順5 — パーツが「バラけない」ようにグループ化
- 選択ツールで、青い本体・緑の口金・白のハイライトをまとめて囲って選択。
- 操作: グループ化(Ctrl+G または 右クリック > グループ)。
チェックポイント: 電球をドラッグしても、口金とハイライトが一緒に動く。
期待される結果: 1つのユニットとして扱えます。
手順6 — グループを複製(Ctrl + D)
- グループを選択。
- Ctrl + D を押す。
- 合計4個になるまで繰り返します。
チェックポイント: 同じ形の電球が4つ並ぶ。
期待される結果: サイズや形のブレがなく、見た目が揃います。

手順7 — グループ全体ではなく「本体だけ」を配色変更する
PE-Designでよくあるつまずきポイントです。
- やりがち: グループ全体を選んで赤にすると、口金もハイライトも全部赤になる。
- 対処: グループを選択した後、もう一度“本体オブジェクトだけ”をクリックして部分選択します。
- 2個目の電球は本体だけを選んで オレンジ。
- 3個目の電球は本体だけを選んで グリーン。
- 4個目の電球は本体だけを選んで レッド。
チェックポイント: 口金は緑のまま、ハイライトは白のまま。本体色だけが変わっている。
期待される結果: 構造は統一したまま、カラフルな電球列になります。
手順8 — 背景画像を非表示にして配置を整える
- 上部の表示切替で参照画像(Image)をオフにし、作業画面を見やすくします。
- 電球を弧状や波状に並べます。
- 回転ハンドルで自然な傾きを付けます。
チェックポイント: 直線に整列しすぎず、“吊り下がっている”雰囲気が出ている。
電球をつなぐコード(配線)を作る
見た目としてはコードが電球をつなぎますが、構造的にはコードが次の電球へ移動するための縫いパスになります。ここが連続縫いの通り道です。

手順9 — [開いた曲線]+ジグザグ線縫いでコードを描く
- [図形]>[開いた曲線]を選択。
- 設定: Line Sew = ON、Line Sew Type = Zigzag Stitch。
- チェックポイント: ジグザグ幅は、細すぎると埋もれ、太すぎると“コード”ではなく“帯”に見えます。
- 色は口金と同じモスグリーンを選びます。
- 操作: 1個目の口金の下端からスタートし、2個目の口金の下端でダブルクリックして終了します(各接続点を狙います)。
チェックポイント: 緑のジグザグが口金同士を物理的につないでいる。
期待される結果: 1本の連続したコードに見えます。
補足(素材への追従性): ニット(Tシャツ等)は伸びるため、直線のランニングだと着用時に負荷が集中しやすいことがあります。ジグザグは横方向の“逃げ”が作れるため、伸縮素材での割れ(糸切れ・目開き)を抑えやすい考え方です。
ジャンプ糸を消す核心:縫い順の手動調整
ここがチュートリアルの核です。ソフトの自動最適化は色ごとにまとめがちで、結果として枠内を飛び回る縫い順になります。今回は直列に縫い流すように強制します。

手順10 — モノグラムを追加
- テキストツールを選択。
- 文字書体を選びます。
- 「M」を入力し、中央に配置。
チェックポイント: 見た目としては完成。ここから“縫えるデータ”に仕上げます。
手順11 — 「縫い順の最適化」だけに頼らない
自動最適化は色替え回数を減らす方向に働きますが、接続関係(トポロジー)までは理解しません。単頭式 刺繍ミシン では、飛び縫いが増えるほど効率と位置精度が落ちます。ここでは「つながる順番」を人が作ります。
手順12 — オブジェクトを手動で並べ替える:口金 → コード → 口金 → コード
線路をつなぐイメージで考えます。
- 右側の Sewing Order / Sequence(縫い順) パネルを開きます。
- 必要に応じて展開し、各パーツが見える状態にします。
- 狙う順番(ロジック):
- 電球1の口金
- すぐにコード1
- すぐに電球2の口金
- すぐにコード2
- (以降繰り返し)
- 操作: 縫い順パネルでレイヤーをドラッグ&ドロップして、この順番に並べます。
成功指標: ワークスペース上で、緑要素間を結ぶ点線(ジャンプ表示)が消えていきます。
チェックポイント: 縫い順が“連続した鎖”になっている。
期待される結果: 緑の口金〜コード部分が、ほぼ止まらずに流れるように縫われます。
手順13 — シミュレーターで流れを確認(速度を落として見る)
- シミュレーター(再生アイコン)を実行。
- 速度スライダーを遅くします。
- 目視確認: 口金→コードへ自然につながっているか、途中で飛んでいないかを確認します。
チェックポイント: トリムは基本的に色替え時(例:緑から赤へ)にだけ発生する。
作業チェックリスト(Go / No-Go)
- 入/出点: すべての口金の開始/終了点が下端に揃っている。
- コード仕様: コードがジグザグ線縫いになっている。
- 縫い順: 縫い順が「口金1 → コード1 → 口金2 → コード2…」になっている。
- シミュレーション: 緑の層で想定外のジャンプがない。
- 割り切り: モノグラムは色替えがあるため、そこでトリムが入るのは正常。
トラブルシューティング
うまく動かないときは、まず原因を切り分けます。
| 症状 | ありがちな原因 | すぐ効く対処 |
|---|---|---|
| ジャンプが多い | 既定の作成順/色まとめ順で縫っている。 | 縫い順パネルで「口金→コード」の順に手動で並べ替える。 |
| 隙間(白抜け)が出る | 生地の引き(プッシュ・プル)。 | コードの始点/終点を口金の内側に少し重ね、接続を確実にする。 |
| 配色が崩れる | グループ全体を選択して色変更した。 | グループ選択後に本体だけを再クリックして部分選択で変更する。 |
| ステッチが緩い | サテン開始前の固定が弱い。 | マニュアルパンチで短いランニング(アンカー)を入れてからサテンに入る。 |
| 転送できない | 新しいPC/ドライバー周りの問題。 | Win 10/11でUSB転送できない場合はデバイスマネージャーを確認し、ドライバー互換性を見直す。 |
準備(Prep)
デジタイズは半分で、残り半分は“縫う前の段取り”です。
忘れがちな消耗品・事前チェック
- 針: ニット(Tシャツ等)はボールポイント、布帛(綿など)はシャープ系が基本。
- 糸: 青・オレンジ・緑・赤・白を揃えておく。
- 糸切り: モノグラム前後の処理用に小回りの利くハサミ。
- スタビライザー: 刺繍の土台です(最初に一度決めると迷いが減ります)。
- 目安: 伸びる素材はカットアウェイ、安定素材はティアアウェイ。
- 枠張り: 連続パス系デザインは、枠が斜めだとコードが“曲がって見える”原因になります。トリムを減らしても、枠張りで時間を取られると意味が薄れます。
そのため、商用現場では 刺繍 枠固定台 を使い、位置合わせを“再現可能な作業”に落とし込むことが多いです。
判断フロー:素材の挙動でスタビライザーを選ぶ
- 素材は伸びる(ニット/スパン系)?
- YES: カットアウェイ。
- NO: 2へ。
- 不安定/毛足がある(タオル/フリース等)?
- YES: 下にティアアウェイ+上に水溶性トッパー。
- NO(一般的な綿/キャンバス): ティアアウェイ。
準備チェックリスト
- 参照画像のサイズをトレース前に確定した。
- 使う糸色が手元の糸と一致している。
- 針種が素材に合っている。
- ボビン周りの糸くずを清掃した。
- テスト布が本番に近い。
セットアップ(Setup)
PC上の設計を、実機の針動作につなげる工程です。
「画面では完璧、縫うと汚い」を防ぐチェック
- 糸切り設定: 自動糸切りはON推奨。ただし緑の連続コード部分で切れないのは正常(むしろ狙い)。
- 枠テンション: 太鼓の皮のように張るが、伸ばしすぎない。
- 触感チェック: 軽く叩いて“鈍い音”がする程度。
枠張りがボトルネックになる場合 単頭運用では、標準枠が枠跡(白っぽい擦れ)を出したり、ネジ締めが負担になることがあります。対策として、brother 刺繍ミシン 用 マグネット刺繍枠 や マグネット刺繍枠 のようなマグネット刺繍枠を選ぶケースもあります。摩擦ではなく磁力で保持するため、枠跡を抑えやすく、付け外しもスムーズです。
セットアップチェックリスト
- 電球本体:アウトラインがOFF(Not Sewn)。
- 口金:入/出点が下端に揃っている。
- 枠張り:生地が均一に張れている。
- 下糸(ボビン糸):残量が十分。
- 開始位置:テンプレートに対して針位置が合っている。
品質チェック(Quality Checks)
本番前に“プレフライト”で事故を潰します。
画面上の品質チェック
- 拡大チェック: 400%程度で、口金とコードの接続点に隙間がないか確認。
- 対処: コードを口金に少し重ねて接続を確実にする。
- ポイント数チェック: 1mm内にポイントが密集していないか。
- 対処: 余分なポイントを削除し、曲線を滑らかにする。
パス品質チェック(トリム監査)
- 縫い順パネルを開く。
- 緑の口金と緑のコードの間にハサミ(トリム)アイコンが出ていないか確認。
- 判定: 出ているなら手順12へ戻る。出ていなければ縫いに進めます。
実縫いチェック
- 端布で試し縫い。
- 裏面チェック: サテン列の中央付近に下糸(白)が適正に見えるか。
- NG例: 上糸が裏でループする場合は上糸テンションが緩い可能性。
- 歪みチェック: 画面では合っているのに、実物でコードが口金を外れる場合は、スタビライザー不足または枠張りの緩みが疑われます。
複数枚で位置合わせが安定しない場合、原因は“技術不足”ではなく“治具不足”のこともあります。刺繍ミシン 用 枠入れ の精度を上げ、固定台やマグネット枠で変動要因を減らすと、結果が揃いやすくなります。
仕上がり(Results)
これで、PE-Design 10上で量産に耐えるクリスマス電球データが完成です。
今回のDesignDNA(設計の要点)
- 効率: 「口金 → コード」の縫い順で不要トリムを削減。
- 構造: ジグザグコードで伸縮素材にも追従しやすい。
- 見た目: 本体アウトラインを縫わないことで、すっきりした現代的な表現。
- 安定: ポイントを増やしすぎず、針負荷を抑える。
得られるのは“かわいい季節デザイン”だけではありません。絵を描く感覚から一歩進み、ミシンをプログラムする発想に切り替わるのが最大の収穫です。
量産(例:20枚のチームシャツ、名入れストッキング)を考えるなら、ハード面の見直しも効きます。たとえば マグネット刺繍枠 は、枠跡や枠張り負担を減らしやすい投資の一つです。さらにスケールさせるなら、多針刺繍機で色替えの手作業を減らし、運用時間を圧縮できます。
