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マスタークラス:「キルトスクエア」風アップリケ・ハートの設計と刺繍
デジタイズから実際の刺繍まで、破綻しない作り方
「キルトスクエア」風の背景を作れるようになると、単純なハートでも一気に“作品感”が出ます。季節もの(バレンタイン)だけでなく、ワッペンやキルトブランケットのワンポイントなどにも応用しやすい、費用対効果の高いテクニックです。
このガイドでは、PE Design 11での実演手順を軸に、Embird/Embrilliance/Wilcom Hatch での相当機能も併記します。単にボタン操作を追うだけでなく、実際の縫い上がりで起きる厚み・ズレ(押し引き)・糸切れを避けるための考え方まで落とし込みます。

このデザインの「積層(スタック)」を先に理解する
今回作るのは、要素の重なり順が重要な設計です。構造が分かると、ハート以外の形にもそのまま置き換えできます。
- 主役(フォーカル): 中央のハート(後でアップリケ化して針数を節約)
- 抜け(リリーフ): 0.20インチのネガティブスペース(余白)で主役を浮かせる
- 背景(テクスチャ): 小さなハートのモチーフフィルで“キルトっぽさ”を作る
- 抜き(ノックアウト): ハートの下にある背景縫いを削除して厚みを抑える(ここが肝)
注意(安全): 刺繍機は高速で針とキャリッジが動きます。稼働中はフープ周辺に手を入れないでください。マグネット刺繍枠など磁力を使う枠は指を挟みやすいので、着脱はゆっくり確実に行い、医療機器(ペースメーカー等)をご使用の方は取り扱いに注意してください。
Step 1:土台作り — 形状とオフセット
ゴール: アップリケのための「安全な余白」を作る。
実演では PE Design 11 で 8x8 の枠を使用しています(8x8インチ)。考え方はどのソフトでも同じで、まず主役の形を作ります。

1.1 主役のハートを作図
- ツール選択: Shapes > Heart(ハート)を選びます。
- 作図: 画面中央付近にドラッグしてハートを配置します。
- 見た目チェック: 下側が細すぎると糸が詰まりやすく、太すぎると野暮ったく見えます。バランス重視で調整します。
- 属性: いったん Fill Stitch(塗りつぶし) のままでOK(後でアップリケに変換します)。
1.2 「呼吸する余白」を作る(オフセット)
アップリケ布の端と背景縫いがギリギリに当たると、布端が荒れたり、押し引きで背景が噛んだように見えます。そこで、意図的に“抜け”を作ります。
- 選択: ハートをクリックして選択。
- ツール: Create Offset Lines(他ソフトでは「アウトラインオフセット」等)を開く。
- 入力値(動画の設定):
- Spacing/Distance: 0.20インチ
- Direction: Outward(外側)
- Corner Type: Rounded(丸)
- 実行: オフセット線を生成します。

0.20インチの意味(このデザインでの基準値)
動画ではオフセット間隔を 0.20インチ に設定しています。ここは「見た目」と「縫いの安定」の両方に効きます。
- 余白が小さすぎると:背景がアップリケ端に寄って“噛み”やすい
- 余白が大きすぎると:中央と背景が離れて見え、まとまりが弱くなる
このチュートリアルでは、まず動画通りの値で作ってから、素材(キルト綿/スウェット等)に合わせて微調整するのが安全です。
Step 2:質感作り — モチーフ背景を作る
ゴール: 針数を増やしすぎずに「キルトっぽい表情」を出す。
2.1 背景の“器”を作図
- ツール選択: Shapes > Rectangle(四角)を選びます。
- 作図: ハートの背面に、枠内をカバーするサイズで四角を作ります。
2.2 モチーフを適用
- 属性変更: 標準の塗りつぶしから Motif Stitch(モチーフステッチ) に変更します(他ソフトでは Pattern Fill 等)。
- 柄選択: 動画では小さなハート柄のモチーフを選んでいます。

2.3 モチーフ調整(ここが仕上がりを分ける)
初期設定のモチーフは小さく密になりがちで、布が硬く感じる原因になります。動画でも、サイズと角度を調整しています。
- サイズを大きくする: モチーフのスケールを上げて、柄を“開く”。
- 縦横比を固定: Maintain Aspect Ratio を必ず有効にします。これを外すと、ハートが潰れて見えます。
- 角度を付ける: おおよそ 45度 に回転。格子が真っ直ぐだと、わずかな枠ズレが目立ちやすい一方、斜め配置は視覚的に誤差を吸収しやすいです。

Step 3:設計の肝 — ノックアウト(Remove Overlap/穴あけ)
ゴール: “硬い刺繍”を防ぎ、縫いズレも減らす。
背景の四角とハートをそのまま重ねただけだと、刺繍機は背景を全面縫ってから、さらに上にハートを縫います。すると:
- 厚みが出すぎる(硬くゴワつく)
- 針・糸への負担が増える
- 押し引きで形が崩れやすい
3.1 ノックアウト手順(PE Design 11)
- 重なり順: 大きい方の オフセットハート を右クリックし、前面(Top/Front)へ移動。
- 複数選択: 背景の四角を選択 →
Ctrl(MacはCmd)を押しながら オフセットハート も選択。 - 実行: Home > Remove Overlap を実行。

成功の目安: ハートの内側(下に隠れていた部分)のモチーフ縫いが消え、背景が“ドーナツ状”になっていればOKです。
他ソフトでの考え方(共通ロジック)
基本は 「形A - 形B = 穴」 です。

- Embird Studio: Hole Tool を使用。四角を作り、内側に穴(ハート相当)を作ります。 [FIG-08]
- Embrilliance StitchArtist L3: 四角にモチーフを割り当て、ハートを上位に配置。設定や書き出し時の処理で隠れた縫いを除去する流れになります。 [FIG-09]
- Wilcom Hatch: Digitize Holes を使用。背景を作成後、穴ツールでハート形をトレースして Enter。 [FIG-10] [FIG-11]
Step 4:アップリケ化 — Appliqué Wizard
ゴール: 中央ハートを「布+固定縫い+カバーステッチ」の工程に変換する。
4.1 内側ハートをアップリケに変換(PE Design 11)
- 選択: 元の 内側ハート(小さい方) を選択。
- ツール: Appliqué Wizard を開きます。
- 設定(動画の流れ):
- Tack down: ランニング(Run stitch)
- Covering: サテン/ジグザグ(Satin/Zigzag)
- Output: Replace(元の図形をアップリケデータに置き換え)

「枠張り現場」チェック(アップリケでズレるポイント)
アップリケは、途中で停止して布を置き、固定縫い後にトリミングして再開…という“手作業介入”が入ります。このときに位置ズレが起きやすいのが実務上の注意点です。
量産で同じブロックを繰り返す場合、ネジ式の刺繍枠だと枠跡(テカり)や、スクエアの直角出しが手間になりがちです。作業性を上げたい現場では、枠跡を抑えつつ着脱を早くできる マグネット刺繍枠 を検討するケースもあります。
Step 5:文字入れ — カーブ変形で馴染ませる
ゴール: ハート形状に沿う、読みやすいレタリングにする。

- 入力: Text Tool で「Be My」を入力。
- 変形: Transform Attributes から変形を適用(動画では波形の変形を使用)。
- 上側: ハート上部のカーブに合わせて、上向きのカーブに。
- 下側: 「Valentine」も同様に入力し、下側に合わせて変形。

文字が「スカスカ」になる落とし穴
- チェックポイント: 文字を拡大表示して、サテン柱が極端に細くなっていないか、縫いが成立しそうかを確認。
- 対策: サイズを控えめにする/別フォントに変更する(大きい文字向けのフォントを選ぶ)。
判断フロー:スタビライザーと枠張り方針
刺繍前に、土台(布+スタビライザー)を決めます。
Q1:ベース生地は?
- A:キルト綿・布帛(伸びない)
- スタビライザー: 中厚手のティアウェイ
- B:Tシャツ/スウェット(伸びる)
- スタビライザー: カットアウェイ系(伸縮生地はティアウェイだと割れやすい)
Q2:10枚以上など、同一品の繰り返しが多い?
- A:はい
- ミシン刺繍 用 枠固定台 を使うと、毎回の位置決めが揃いやすく、測り直しの時間を削減できます。
- B:いいえ
- 布に中心線を印付けして、枠張り時の基準にします。
実作業:縫い順と段取り(刺繍機で迷わない)
事前に手元へ置くもの(段取りチェック)
- アップリケ用の布
- トリミング用ハサミ(アップリケ周りを切りやすいもの)
- 下糸(ボビン糸)の残量確認(背景モチーフは面積が大きい)
- 針の状態確認(摩耗した針は糸切れの原因)
実行シーケンス(動画の流れに沿った基本)
- 背景モチーフ: 背景が先に縫われ、中央ハート部分は抜けた状態。
- アップリケ位置縫い: 位置を示すアウトラインが縫われたら停止。
- 布を置く: 必要に応じて仮固定し、位置縫いを覆うように配置。
- タックダウン: 固定縫いが入ったら停止。
- トリミング: 縫い線ギリギリを狙って布をカット。
- カバーステッチ: サテン/ジグザグで端を覆う。
- 文字: 最後に文字を縫って仕上げ。
トラブルシューティング
| 症状 | ありがちな物理原因 | デザイン/設定原因 | 対処 |
|---|---|---|---|
| モチーフが潰れて見える | - | 縦横比固定なしで拡大縮小した | モチーフ設定で Maintain Aspect Ratio を有効にしてから調整する |
| 背景が主役にかぶって硬い | - | ノックアウト未実行(重なり削除できていない) | 背景とオフセット形状を選び、Remove Overlap(穴あけ)をやり直す |
| 文字がスカスカ/読みにくい | 上糸の通し・テンション不良の可能性 | フォントを無理に拡大して密度が合っていない | まず糸経路を確認し、次にフォントサイズ/種類を見直す |
| 枠跡(テカり) | ネジ式枠の締めすぎ | - | 仕上げでスチーム等で整える。枠跡対策として マグネット刺繍枠 brother dream machine 用 のような選択肢を検討 |
まとめ:趣味の1枚から、安定した反復作業へ
「形を作る → オフセットで余白 → モチーフで質感 → ノックアウトで厚みを消す」という流れは、ソフトが変わっても通用する“設計の型”です。
同じデザインを何枚も安定して縫う段階になると、ボトルネックはデジタイズよりも枠張りや段取りに移りがちです。作業を反復しやすくするために、マグネット刺繍枠 のような治具・枠を取り入れて、枠張りのストレスを減らすのも現場的には有効です。
今日のうちに、まずは動画の値(0.20インチのオフセット、モチーフの縦横比固定、重なり削除)をそのまま再現して、きれいに“抜ける”背景を体験してみてください。
