目次
Embirdのパレット運用を極める:当て推量をやめて、量産の色管理を標準化する
役割: 現場の量産視点で「操作」を「運用」に落とし込む編集者 目的: ただボタンを押すのではなく、プロの色管理フローとして再現できる形にする
なぜEmbirdで糸色チャートを切り替えるのか?
Embirdでデータ作成(デジタイジング)や量産用の調整をしていると、「画面の色名」と「手元の糸」が噛み合わないストレスに当たります。たとえば、ソフト側がMadeira Rayonの色名で表示し続けるのに、棚にはMarathonやFloriani、Metroの糸が並んでいる——このズレです。
これは見た目の問題だけではありません。現場では「頭の中で変換する手間(認知負荷)」が増え、ミスの温床になります。画面が「Madeiraのゴールド」を示しているのに、実際に手に取っているのは「Marathonのゴールド」。この“翻訳作業”が、案件が重なるほど効いてきます。
プロの視点: 初期チャートのまま作業すると、実在しない在庫で運用しているのと同じ状態(=架空在庫)になりがちです。Embirdは1ブランド固定ではありません。手持ち糸のブランドに合わせてカタログ(チャート)を切り替えることで、次の2点が一気に改善します。
- 見た目の確度: 画面の指定が、ラック上の糸(コーン)と同じ体系で読める
- 量産の拡張性: 正しい色番で保存できるため、担当者交代や外注でも「別紙の変換メモ」が要りにくい

「Color from Catalog」機能を開く
初心者がやりがちなのが、色チップをクリックしてRGBスライダーで近い色を作る方法です。このやり方は基本的に避けましょう。 実糸の色番に紐づかない“宙ぶらりんの色”が増え、後工程(出力・量産・引き継ぎ)で破綻しやすくなります。
メーカーの糸カタログから選ぶ正規ルートは、画面右側のパネル(オブジェクト/カラー一覧)から入ります。ここがレイヤー操作の「司令塔」です。

手順1 — 変更したい色ブロックを特定して選択
精度が最優先です。顔全体ではなく「目だけ」など、狙ったパーツだけを確実に編集できる状態にします。
- 目視確認: 右側パネルで、変更したい箇所に対応する色ブロックを探します(動画例では黄色のブロックを対象にしています)。
- 「点滅(Blink)テスト」: その色の表示(目のアイコン)を一度OFF→ONして、キャンバス側で“消える場所”を確認します。
- 感覚的な合図: 狙ったパーツが一瞬で消えて戻ればOK。違う場所が消えるなら、そこで止めてレイヤーを選び直します。
- 選択: 色ブロックをクリックして、ハイライト表示にします。
チェックポイント: 右側パネル上で、対象の色ブロックに「選択枠(強調表示)」が出ていること。

手順2 — 右クリックからカタログ選択へ
- ハイライトされた色ブロックの上で右クリックします。
- コンテキストメニューでColorを選びます。
- Color from Catalogをクリックします。
チェックポイント: 「Thread Color from Catalog」というダイアログが開きます。ここが糸カタログ(在庫体系)にアクセスする入口です。
期待される状態: ただの「黄色」を選ぶのではなく、メーカーの色番(カタログ)から“特定の色”を選ぶ準備ができています。


注意(運用面): クライアント案件の途中で、承認済みの見本(モック)と別ブランドのカタログに切り替える場合は、必ず「別名で保存(Save As)」して版管理してください。例:
Design_v1_Madeira.embとDesign_v2_Marathon.emb。ブランドが変わると、同じ「ゴールド」でも見え方が変わることがあります。
Madeira/Marathon/Floriani などのカタログを切り替える
Embirdは、操作の流れによってはMadeira Rayonが初期表示として出やすいことがあります(動画でもその挙動に触れています)。普段ポリエステル糸で運用している場合、レーヨン前提の表示のままだと、光沢感や色味のイメージがズレやすくなります。
手順3 — ソフトの表示を「現場の糸」に合わせる
- 「Thread Color from Catalog」ウィンドウ上部のCatalogのドロップダウンを探します。
- 一覧をスクロールすると、Marathon Polyester、Metro、Florianiなどのカタログが見つかります。
- 実際に手元(棚/機械側)で使っている糸ブランドと一致するものを選びます。
この操作の意味: 動画ではMadeiraからMarathon Polyesterへ切り替えています。これは好みの問題というより、現場の運用(購入している糸体系)とソフトの指定体系を一致させるための基本動作です。
チェックポイント: ブランドを切り替えると、下の色一覧が更新され、色名とID(色番)がそのブランドの体系に切り替わります。糸コーンのラベル(色番)と照合できる状態になります。




不一致の“隠れコスト”
画面に糸をかざして「だいたいこの色」と判断するのは危険です。モニターは発光(RGB)で、糸は反射光で見えます。同じに見えても、環境光やモニター差で簡単にズレます。
対策: 画面の見た目だけでなく、カタログの色番で管理します。Embirdで「Marathonの特定色番」を選び、実際に同じ色番の糸を通す——これが再現性のある運用です。
デザインに新しい色を割り当てる
正しいカタログを選んだら、あとは「対象を選ぶ→色番を選ぶ→反映を確認する」の反復作業になります。
手順4 — 色の入れ替え(Color Swap)を実行
- ブランド(例:Marathon)を選んだ状態で、一覧から目的の色を探します。
- 目的の色(例:グリーン系の特定色)を選択します。
- OKをクリックします。
確認のしかた: メインキャンバスを見て、色が即座に切り替わることを確認します。変化が見えない場合、手順1で対象オブジェクトを正しく選べていない可能性が高いです。


手順5 — 大きい面積(広いパーツ)も同じ要領で処理
動画では、より大きい面積のパーツでも同じ手順を繰り返しています。やることは同じですが、見た目への影響が大きいので、選択ミスが起きると気づきやすい反面、戻し作業も増えがちです。
現場のコツ: 右側パネルで複数の対象をまとめて選択(Ctrl+クリック)してからカタログを開くと、同一色番を一括適用できます。複数パーツの色ブレを防ぎ、量産での統一感が出ます。


生産視点:ハード側の段取りにもつながる
データ側の色指定が整うと、次にボトルネックになりやすいのは実機側の段取りです。PC上で完璧でも、枠張りが不安定だと仕上がりは崩れます。
たとえば、枠張りで生地に枠跡が出たり、厚物やデリケート素材でテンションが安定しない場合、道具の見直しが効きます。データの色管理と同じく、物理側の再現性を上げる選択肢としてマグネット刺繍枠があります。ネジ締めの力加減に左右されにくく、テンションを一定にしやすいのが利点です。
カスタム糸色チャート(Custom Charts)の概要
動画では応用機能としてカスタムチャートにも触れています。例として 「Donna Sulky Rayon」 というユーザー作成チャートが表示されます。

判断フロー:カスタムチャートは必要?
次の考え方で判断すると迷いにくくなります。
- ケースA: 1ブランドをセットで揃えて運用している(例:Floriani中心で統一)。
- 結論: 基本は不要。内蔵のブランドカタログを使う。
- ケースB: 手持ち糸が混在している(ブランドがバラバラ)。
- 結論: 必要。手持ちだけをまとめた「My Inventory」的なチャートを作ると、選択ミスが減る。
- ケースC: 量産で「定番色(ハウスパレット)」だけを使う運用(限られた色数で回す)。
- 結論: 必要。「Shop Standards」のようなチャートに限定すると、発注が必要な色を誤って選びにくい。
補足
カスタムチャートは「在庫切れで止まる」事故を減らします。手元にある糸だけでデータを作る発想に寄せることで、刺繍直前に「その青が無い」と気づくロスを避けられます。
ソフト側の準備が物理作業を減らすのと同様に、物理側も治具や道具で変動要因を減らせます。量産現場で 刺繍ミシン 用 マグネット刺繍枠 が探されるのは、テンションの再現性を上げて“人の差”を減らしたいからです。
Primer
このガイドで身につくこと:
- 右側パネル(オブジェクト/カラー一覧)で対象レイヤーを正確に特定する
- 手順:右クリック > Color > Color from Catalog
- 初期表示(Madeira)に引っ張られず、運用ブランド(Marathon等)へ合わせる
- カスタムチャートで在庫と指定を一致させる考え方
ここまでがデータ側の土台です。次は、実機側の段取りに目を向けます。
Prep
Embirdを開く前に、現場では「事前点検(プレフライト)」が効きます。色指定が完璧でも、針やスタビライザーが合っていなければ仕上がりは崩れます。
消耗品の盲点リスト(買い忘れがちなもの)
- 実糸の色見本帳: 画面は環境で色が変わりますが、実糸サンプルは変わりません。
- メモ(案件管理): クライアントごとの使用色番を記録。
- 仮止めスプレー/仮接着: 浮かせ(フローティング)時の補助。
- 次の一手の道具: 厚物ジャケットやデリケート素材で枠張りが難しいなら、標準枠だけで粘らない。対策として マグネット刺繍枠 を選択肢に入れる。
Prepチェックリスト:デジタルと現場をつなぐ
- 在庫一致: Embirdで選ぶ色番の糸が、手元に実在するか
- コントラスト: 生地色に対して視認性が出る配色か(例:黒地に濃紺は沈みやすい)
- スタビライザー設計: 高密度になりやすいデザインはカットアウェイ等を検討
- 枠選定: デザインサイズに対して最小限の刺繍枠を使い、バタつきを抑える
Setup
Setupは「ソフトの環境」を「工場(作業場)の環境」に合わせ込む工程です。
ワークフローの理解
- デザインを開く: ファイルを読み込み。
- 監査: 右側のカラー/オブジェクト一覧を見て、色替え回数が不自然に多くないか確認。
- 統合: 似た色が別色扱いになっていないかを整理し、必要なら同一色番に寄せて色替え回数を減らす。
色替え回数を減らすと、実機の停止回数が減ります。色替え1回あたりのロスは小さく見えても、枚数が増えると効いてきます。
現場のコツ: さらに位置の再現性まで標準化したい場合、プロは ミシン刺繍 用 枠固定台 を使って胸位置などのセットを安定させます。ソフトで色を標準化するのと同じ発想で、枠張り位置も標準化します。
Setupチェックリスト:Embird側
- 右側パネルが表示され、一覧が見やすい状態
- デザインが作業枠内で把握しやすい位置にある
- 重要: Catalogのドロップダウンが、実運用の糸ブランドに合っている
Operation
ここが実行フェーズです。ミスを減らすために、一定のリズムで回します。
「選ぶ→切り替える→確認する」のループ
- 選ぶ: 対象オブジェクト(色ブロック)をクリックし、選択を確定。
- 切り替える: カタログを開き、必要ならブランドを選ぶ。
- 確認する: 色名/色番を読み、手元の糸と一致するか確認。
- 実行: OKで反映し、キャンバスで変化を確認。
Operationチェックリスト:作業中
- 対象固定: カタログを開く前に、正しいレイヤーが選択されている
- ブランド確認: ドロップダウンが意図せずMadeiraに戻っていない
- プレビュー整合: 想定と大きく違う色に見える場合、色番の選択ミスを疑う
- 保存: 大きな入れ替え後に保存している
注意(安全): マグネット刺繍枠 は強力なネオジム磁石を使用するタイプがあります。指を挟む危険があるため、着脱時は指を近づけすぎないでください。医療機器(ペースメーカー等)への配慮も必要です。
Quality Checks
画面はあくまで目安で、最終結果は縫い上がりです。
「現実との差」を見込むチェック
- 光沢: レーヨンは強め、ポリエステルはやや落ち着くなど、素材で見え方が変わる
- 太さの見え方: 濃色は細く見えることがある
- カバー力: 低コントラスト配色に変えると、密度や下縫いの設計が不足して見える場合がある
Troubleshooting
トラブルの多くは「デジタルの指定」と「現場の資材/仕様」の不一致から起きます。
| 症状 | よくある原因 | 対処(低コスト→高コスト) |
|---|---|---|
| 「ミシン側の画面で色が変/違って見える」 | .DSTなどの刺繍データ形式が、カタログ色情報を保持しない(停止命令中心) | 正常な挙動。 ミシン画面ではなく、Embirdのワークシート/印刷物を正とする |
| 「EmbirdがMadeira表示に戻りがち」 | 初期値のまま/新規セッションで既定に戻ることがある | 作業開始時に最初にカタログを選び直す(数秒で混乱を防げる) |
| 「違うパーツの色が変わった」 | 右側パネルでの選択ミス | すぐにUndo(Ctrl+Z)。必要なら表示ON/OFFで対象を再確認してからやり直す |
| 「色替え停止が多すぎる」 | 似た色が別色扱い(色番が一致していない) | 同一色番に統一し、色順を整理して停止回数を減らす |
Results
この手順を押さえることで、Embirdを「受け身で触る」状態から、「現場の色管理として使いこなす」状態に近づきます。
できるようになること:
- 複雑なデザインでも、対象パーツを正確に特定できる
- ソフト上の色を、メーカーの色番(Marathon/Floriani/Metro等)として扱える
- 手持ち在庫に合わせたカスタムチャートで、架空在庫によるミスを減らせる
次のレベル: データが整うと、次は現場の段取り(特に枠張り)が時間を食いやすいポイントになります。枠固定台 やマグネット式の刺繍枠は、その物理ボトルネックを減らすための定番手段です。
刺繍品質は工程の最弱点で決まります。ソフト側の弱点を潰したら、次は現場側も同じ発想で整えていきましょう。
