目次
厚手バッグに「フローティング」を使う理由
厚手のスポーツバッグ(特に光沢のあるエナメル/ビニール系)は、刺繍枠で挟み込む通常の枠張りが成立しにくい代表例です。素材が硬くて厚いだけでなく、縫い代・ファスナー・金具などが枠の邪魔になりやすく、無理に挟むと歪みや枠跡(枠焼け)が残ることもあります。
動画では、この問題をフローティングで解決しています。つまり「バッグ本体は枠に挟まず、スタビライザーだけを枠張りして、その上に両面テープでバッグを仮固定して縫う」方法です。押さえ込みの力をバッグではなくスタビライザー側で受けるため、厚物でも縫い工程に入れます。
仕上げは、チーム番号のように存在感のある立体表現。カット済みフォーム番号と剥離できるビニールシートを重ね、最後にサテン縁でロックして、プロっぽい3Dアップリケ番号にしています。
通常の枠張りが破綻しやすいポイント
通常の枠張り(素材そのものを枠で挟む方法)は、厚手バッグだと主に次の3点で失敗しがちです。
- 物理的に枠が閉まらない(無理に押し込む必要が出る)
- 表面が凹む/折れ筋が付く(コーティング素材は戻りにくく、枠跡が残りやすい)
- 挟めたとしても、厚みが均一に潰れず縫い負荷でズレる
注意: 厚手バッグに対して、力任せに枠を閉めないでください。枠の破損、指の挟み込み、バッグ表面の永久変形につながります。通常の力で閉まらない場合は、動画のようにフローティングへ切り替えるのが安全です。
スタビライザー+両面テープで粘着ベースを作る
動画の土台作りはシンプルで、再現性があります。
- スタビライザーを1枚、しっかりテンションをかけて枠張り
- 枠内に両面テープを複数本貼る
- 台紙を剥がして粘着面を露出
- バッグのフラップ(刺繍する面)を押し当てて固定
この「粘着スタビライザー枠」が、フローティングの核であり、後工程の3Dアップリケを成立させる前提になります。




デリケートなビニール表面で枠跡(枠焼け)を避ける
バッグを直接挟まないとはいえ、作業中の圧や擦れで表面が曇ったり、ツヤが変わったりすることがあります。コーティング/エナメル系は織物のように復元しにくく、局所的な圧力や摩擦がそのまま「痕」になりがちです。
フローティングは、枠のクランプ圧をバッグではなくスタビライザーにかけるので、枠跡リスクを下げられます。
同種の案件(バッグ、バックパック、合皮、厚手アウターなど)が増えてきたら、マグネット刺繍枠/マグネットフレームを検討するのも現実的です。
- 導入を考えるきっかけ: 厚物の枠張りに時間がかかる/挟み跡が出る
- 判断基準: 「枠に入らない」理由で受注を断る、またはズレでやり直しが発生する頻度が高い
- 期待できること: クランプ作業の負担軽減、保持の再現性向上、枠張り時間の短縮(運用次第)
(対応可否は機種・アームのクリアランス・枠仕様で変わります。必ず取扱説明書と枠/フレームの仕様で確認してください。)
バッグ刺繍の機械セットアップ
動画はBrother PRの多針刺繍機(Brother PR-650の記載あり)+筒形枠を使用しています。ポイントは「特別な設定」ではなく、干渉(クリアランス)と安定保持です。厚手バッグは、枠移動中に本体がアームへ当たったり、重みでテープ固定部を引っ張ったりしやすいので、縫い始める前の確認が重要です。
Brother PRのような多針刺繍機を使う場合
多針刺繍機は、厚物や形状物を扱う現場で強みがあります。検索では brother pr や brother pr 650 hoops といった語が出てきますが、実務で効くのは「枠張りの安定」と「工程停止(色替え/手作業)を前提にした段取り」です。
動画では大きめの枠(約200×300mm)とされており、番号のレイアウトに余裕が出るだけでなく、ファスナーや金具を針落ち周辺から遠ざけやすくなります。

バッグの干渉チェック(縫い始める前)
縫い始める前に、ゆっくり・確実に確認します。
- ファスナー、引き手、ストラップ、金具が針落ち範囲に入っていない
- 枠移動でバッグ本体がアームや筐体に当たらない
- フラップは全開にしてから押し付け固定(動画もこの順)
現場感覚としては、次のサインが出たら要注意です。
- 枠移動が「重い」「引っかかる」感じがある → 最初は縫えても後半でズレやすい
- スロー動作で擦れ音・コツコツ当たる音がする → その場で停止して向きと支持を見直す
枠の向き(オリエンテーション)
動画では、枠を機械アームに装着してからアウトライン縫いに入ります。向きが悪いと、バッグの重みがテープ固定部を引っ張り、ズレの原因になります。
実務ルールとしては、バッグの重い部分ができるだけテーブル上で支えられる向きにし、「ぶら下がってテープを引っ張る」状態を避けるのが安定します。
3Dビニールアップリケの作り方
動画の立体感は、レイヤー構造で作っています。
- 位置合わせ用アウトライン(配置線)を縫う
- アウトライン内にフォーム番号を置いて仮固定
- 上からグリーンの剥離ビニールシートをかぶせる
- サテン縁で外周を縫い、フォームとビニールを固定
- 余分なビニールを剥がしてエッジを出す
順番が崩れると仕上がりが崩れるタイプの工程なので、「何を先に固定し、何を最後に縫い切るか」を守るのがコツです。
フォームとビニールの重ね方
動画ではカット済みフォーム番号と剥離できるビニールシートを使用しています。フォームが高さ(立体感)を作り、ビニールが表面の色とツヤ、そして剥がし後のシャープな縁を作ります。
なお、動画内ではフォーム厚みやビニールの種類名は明示されていません。結果が変わり得る変数として扱い、まずは同等素材でテストするのが安全です。

アウトライン(配置線)の重要性
アウトライン縫いは「目安」ではなく、フォームを置くための地図です。データが想定する位置と形に合わせて置けるかどうかで、後のサテン縁の被り方が決まります。
アップリケ系のデータは一般に、配置線(アウトライン)→最終縁(サテン)という流れを持ちます。配置線がズレていると、以降の工程を丁寧にやっても「なんとなく歪んだ番号」になりやすいです。
現場のコツ: 複数枚回す場合は、フォーム番号のセットを混ぜないように管理し、向き(上下)も毎回揃えます。わずかな回転ズレでも、サテンの被りムラとして見えます。

剥離ビニールの仕上げ(ちぎり工程)
最終縫いの前に、フォームの上へビニールシートを置きます。サテン縁が外周を押さえながら、ちぎりやすい「ミシン目」の役割も作るため、後で余分なビニールを剥がしやすくなります。
ただし、剥離材の除去は失敗が出やすい工程です。勢いよく引くとサテン縁を持ち上げたり、糸を引っ張ったりします。コントロールしたテンションで少しずつ剥がします。
Brother PRでの手順(動画の流れそのまま)
ここでは動画の順序をそのままトレースし、再現性を上げるためのチェックポイントと「この時点でこうなっているべき」を追記します。
Step 1 — フローティング用の枠準備(00:24–01:52)
目的: 厚手素材を直接枠張りせず、バッグを固定できる粘着面を作る。
作業(動画の動き):
- スタビライザーを1枚枠張りする。
- 枠内のスタビライザー面に両面テープを複数本貼る。
- テープの台紙を剥がす。
チェックポイント(次へ進む前に必須):
- スタビライザーがピンと張れている。
- テープの粘着面が露出している。
- 粘着面を触りすぎていない(触りすぎると粘着が落ちやすい)。
この時点の状態: フローティング用の「粘着スタビライザー枠」ができている。

準備チェックリスト(Prep完了時点):
- スタビライザーは枠にしっかり噛むサイズで用意
- 筒形枠に汚れやバリがなく、スタビライザーを傷めない
- 両面テープを用意(あらかじめ短冊に切っておくと段取りが速い)
- スプレーのり(後工程のフォーム用)
- カット済みフォーム番号が、アップリケデータの形状と一致(動画の前提条件)
- 剥離できるビニールシートを手元に準備
- 作業環境:平らなテーブル(バッグ支持用)/スプレーのりは換気できる場所で
Step 2 — バッグをフローティング固定(01:53–02:04)
目的: バッグを枠に固定する。
作業(動画の動き):
- フラップを全開にする。
- 露出した両面テープ面にフラップをしっかり押し当てる。
- 手でならして密着させる。
チェックポイント:
- 刺繍面がセンターに来ていて平ら。
- 針落ち範囲にファスナーや金具が入っていない。
この時点の状態: バッグが枠に固定され、縫い出せる。

注意: 縫い途中でズレる場合、原因の多くは「粘着が弱い」ことです(テープ本数不足、粘着面を触りすぎ、表面の汚れ、バッグの重みで引っ張られる等)。ビニール+サテンはやり直しが目立ちやすいので、ここでの固定が時短の分岐点になります。
Step 3 — 配置線を縫い、フォーム番号を置く(02:05–03:10)
目的: フォーム番号を正確に配置して仮固定する。
作業(動画の動き):
- 枠を機械に装着する。
- 最初の停止(色替え)まで縫う=アウトライン(配置線)を縫う。
- 枠を外す(または引き出して)作業スペースを確保する。
- フォーム番号の裏にスプレーのりを吹く。
- 縫ったアウトライン内に、フォーム番号をぴったり合わせて置く。
チェックポイント:
- フォームの位置がアウトラインと論理的に一致している(線の内側に収まっている)。
この時点の状態: フォーム番号が所定位置に仮固定されている。

注意: スプレーのりは過剰に使うと、針・針板周りへ付着してトラブルの原因になります。機械から離れた場所で軽く吹き、オーバースプレーが枠や針周辺に回らないようにしてください。枠の再装着時はアーム周りの挟み込みにも注意します。
Step 4 — ビニールをかぶせ、サテン縁で最終固定(03:11–04:03)
目的: ビニール表面を作り、サテン縁で外周を固定して仕上げる。
作業(動画の動き):
- グリーンの剥離ビニールシートをフォーム番号の上に置く。
- 最終工程(押さえ縫い〜サテン縁)を縫う。
- 縫い中、ビニールが浮いたりシワにならないよう平らに保つ。
この時点の状態: ビニールで表面が覆われ、サテン縁でしっかり固定されている。


セットアップチェックリスト(Setup完了時点):
- 枠がアームに確実にロックされている
- バッグの重みがテープ固定部を引っ張らないよう、テーブルで支持できている
- 針落ち範囲にファスナー/引き手/ストラップ/縫い代が入っていない
- 枠移動で干渉しない向きにできている
- 工程順が確認できている:配置線 → フォーム置き → ビニール+サテン
- 運用上、枠固定台などの導入を検討している場合でも、厚手バッグはまず「干渉と支持」が優先(検索語として embroidery hooping system や hooping for embroidery machine を見かけても、最終判断はクリアランス)
Step 5 — ビニールを剥がして仕上げ(04:04–04:52)
目的: 余分なビニールを除去し、エッジを整える。
作業(動画の動き):
- 枠を機械から外す。
- サテン縁の外側から、余分なビニールをやさしくちぎり取る。
チェックポイント:
- 端にビニールの「ヒゲ(残り)」が出ていない。
この時点の状態: 3Dアップリケ番号が完成している。



運用チェックリスト(Operation完了時点):
- 配置線後:線が途切れず、歪みがない/バッグがズレていない
- フォーム置き後:アウトライン内に収まり、端に隙間がない
- 最終縫い前:ビニールが平らで、フォーム全体を覆っている
- サテン中:引っかかり、浮き、バッグの引きずりがない
- 剥離後:外周→内側の順で除去し、サテン縁に逆らって引っ張らない
仕上げのポイント
動画の完成形は、立体感のある番号と、ビニールの滑らかな表面、そしてシャープなサテン縁です。
スタビライザーからバッグを外す
バッグは両面テープでスタビライザーに固定されているため、剥がすときはゆっくり行います。勢いよく剥がすと、縫い部に余計な力がかかったり、粘着が表面に残ったりしやすくなります。
粘着残りが出た場合は、次回のテープ本数や貼り方を見直すほうが安全で、コーティング表面を強く擦るのは避けます。
余分なビニールの除去
動画では、外周の大きい部分をちぎり取った後、数字の内側など小さい部分も取り除いています。
仕上げ基準の目安:
- サテン下からビニールの残りが見えない
- サテン縁が浮いていない
- 「3」「8」などの内側がきれいに抜けている
最終検品(短時間で回せる基準)
- エッジ: サテンがビニール端を確実に覆っている
- 見た目: 番号の傾きや間隔が不自然でない
- 表面: 擦れ、凹み、粘着汚れがない
販売用途(チームバッグ等)なら、撮影は同じ照明条件で行うと、ビニール表面のムラや傷を早期に見つけやすくなります。
使用ツール(動画で確認できる範囲)
動画で使用されているのは、基本に忠実な構成です。
- Brother PR 多針刺繍機(Brother PR-650の記載あり)
- 筒形刺繍枠
- スタビライザー
- 両面テープ
- スプレーのり
- カット済みフォーム番号
- 剥離できるビニールシート
スプレーのり
配置線後にフォーム番号を保持するために使用します。吹きすぎず、薄く均一に。
両面テープ
フローティングの「固定アンカー」です。フローティング手法の調べ物では floating embroidery hoop のような言い回しも見かけますが、実務要件はシンプルで「縫い中に保持でき、作業後に無理なく剥がせる」ことです。
スタビライザー(品質が結果を左右)
スタビライザーは土台そのものです。ここがたわむと、配置線もサテン縁もブレやすくなります。
判断フロー:厚手バッグのスタビライザー+保持方法(素早い選定)
1) 通常の枠張りで、無理なく枠が閉まるか?
- はい → 通常の枠張り(最速・最安定)
- いいえ → 2へ
2) 刺繍面が比較的フラット(フラップ/ポケット面)で、枠張りした土台に押し付け固定できるか?
- はい → 動画の方法:スタビライザー枠張り+両面テープでフローティング
- いいえ → 3へ
3) 頻度は単発(1〜5点/月)か、ロット(20〜100点以上)か?
- 単発 → テープのフローティングで対応しやすい。支持と干渉チェックを丁寧に。
- ロット → 段取りの改善を検討:
- 枠張り時間や手の負担がボトルネックなら、マグネット刺繍枠/フレームでクランプ作業を軽減できる可能性
- 色数や段取り替えを含めた処理量が限界なら、多針機運用の最適化(動画のように停止工程を前提に組む)を検討
注意: マグネット刺繍枠/フレームは強力な磁石を含みます。医療用インプラント、磁気カード、精密機器に近づけないでください。吸着時の指挟み込みにも注意します。
枠張りの再現性や位置合わせの話題では hoop master embroidery hooping station や dime totally tubular hooping station のような枠固定台も見かけます。位置合わせには有効ですが、厚手バッグでは最終的にバッグの嵩と干渉が制約になるため、まずは支持とクリアランスを優先してください。
トラブルシューティング
症状 → 原因 → 対処の順で、現場で切り分けやすい形にまとめます。
症状:縫い途中でバッグがズレる
主な原因:
- 粘着が弱い(テープ本数不足、粘着面を触りすぎ、表面の汚れ)
- バッグの重みが枠移動中に下方向へ引っ張る
対処:
- 動画のようにテープを複数本貼り、粘着面は極力触らない
- バッグをテーブルで支え、ぶら下がりを減らす
- フラップを全開にして平らに押し付けたか再確認
症状:配置線とフォーム番号の形が合わない
主な原因:
- フォーム番号がデータ形状と一致していない(動画の前提条件)
対処:
- データのアウトラインに合うカット済みフォーム番号を使う
- データ側を自作/調整する場合は、配置線と最終サテンの被りが成立するかをテストで確認
症状:ビニールがサテン縁を越えて裂け、端がガタつく
主な原因:
- 剥がす方向や角度が悪い/勢いが強い
- サテン縁が「ちぎり線」を作りにくい(データ依存)
対処:
- 縫い目に沿う方向で、ゆっくり剥がす(テンションをコントロール)
- 外周の大きい部分→内側の小さい部分の順で除去
- 同じ症状が続く場合は、別の剥離ビニールを試す/データの縁設定を見直す
症状:サテン縁がムラになる/角が浮く
主な原因:
- フォームがアウトライン内に収まっていない
- ビニールが浮いた/シワになった
- 縫い中にバッグが引きずられている
対処:
- フォームをアウトライン内に正確に置き直す
- ビニールを平らに保つ(動画でも明確に示されるポイント)
- バッグ支持を強化して引きずりを減らす
仕上がり(まとめ)
動画の順序どおりに、粘着スタビライザー枠 → バッグのフローティング固定 → 配置線 → スプレーのりでフォーム配置 → ビニール重ね → サテン縁 → 丁寧な剥離、を守れば、厚手スポーツバッグのポケット面に立体感のあるチーム番号をきれいに作れます。
成否を分ける要点は次の5つです。
- スタビライザーをしっかりテンションで枠張りする
- フローティング固定の粘着を確保する(触りすぎない)
- 配置線に対してフォームを正確に置く
- サテン中にビニールを平らに保つ
- 剥離はゆっくり、縫い目に逆らわない
有償案件として繰り返すなら、「縫い時間」だけでなく「段取り(枠張り・支持・干渉回避)」をコストとして見える化するのが有効です。ボトルネックがセットアップ作業に移ったタイミングで、マグネット刺繍枠/フレームや運用改善を、機種の互換性・クリアランス・処理量に合わせて検討してください。
