目次
Brotherの枠認識(Hoop Recognition)の仕組みを理解する
Brother PRの多針刺繍機で刺繍枠を差し込んでロックした直後に、「枠を確認してください(Check Frame)」系のエラー音が鳴ると、作業が止まって一気に焦ります。ですが、これは故障や気のせいではなく、機械側が“物理的に”読み取りを誤っているだけのケースが多いです。
Brother PRシリーズは、カメラや“自動判別の魔法”で枠サイズを推測しているわけではありません。枠受けアーム(パンタグラフ側)の内部にある機構が、刺繍枠側の金属ブラケット(レール)の形状を触って読み取り、枠サイズとして認識します。
この仕組みは、durkee ez frames クランプ枠 のような社外クランプ枠や、より強い保持力を狙ったマグネット系の枠など、純正以外の治具を使い始めたときに特に重要になります。機械は“取り付け金具”は読めますが、その枠の物理的な中心が針のゼロ点と一致しているかまでは自動で判断できません。

機械が実際に読んでいるもの
仕組みを分解して考えるとシンプルです。枠受けアームの中に、小さなバネ付きのセンサーレバー(押し子)があり、刺繍枠の金属ブラケットを差し込むと、そのレバーがブラケットの縁をなぞるように上下します。
業界的には、こうした“形状(プロファイル)を物理的に読む”方式と捉えると理解が早いです。刺繍枠側の金属トラックは均一ではなく、厚い→薄いへと段階的に変化しています。その厚み変化がレバーを押し上げたり押し下げたりし、その位置情報が電気信号として機械に入り、画面上の枠サイズ表示につながります。



これは「設定」ではなく「ハード入力」
設定画面で枠サイズを“教え込む”感覚で探し回ってしまう方がいますが、ここは発想を切り替えた方が早く直ります。これはソフトの好みではなく、ハードの入力系です。
- 入力(Input): 枠ブラケットの厚みがレバーを押す
- 信号(Signal): レバー位置が信号として入る
- 出力(Output): 画面に枠サイズが表示される
機械の表示が間違うときは、ほとんどの場合 入力(枠のはまり具合) か 信号(センサー位置) が物理的に崩れています。
現場のコツ(経験則): 昨日は認識していたのに今日は認識しない、というとき、枠そのものを疑う前に“接点”を疑ってください。金属の厚みが一晩で変わることは基本ありません。変わりやすいのは、センサーを押さえているネジの締まり具合や、差し込みの座りです。
トラブルシュート:「大きい枠に交換してください」エラー
PRオーナーが最初につまずきやすいのがこれです。正しい枠を付けているのに、画面が「大きい枠に交換」と要求してくる。動画で原因として強調されているのは、枠受けアーム側面にある小さな黒いつまみネジ(サムスクリュー)の緩みです。


時間を溶かさない“最短の直し方”
実演では、ホストが枠受けアームのスライダー部にある黒いつまみネジを指で揺すって確認しています。ここが少しでも緩いと、枠を固定するスライド機構が振動で動き、センサー位置が持ち上がって誤認識につながります。
作業:しっかり増し締め(現場基準) 指先で軽く締めただけだと、稼働中の振動で戻ることがあります。
- 場所を特定: 枠受けアーム側面の小さな黒いつまみネジを探す
- 締める: 時計回りに止まるまで締める
- 確認: つまみが“動かない”状態になっているか、軽く揺すって再確認する
ここが緩むと、センサーが枠のトラックから離れてしまい、機械が厚みを正しく読めず「別の枠が付いている(または枠が付いていない)」と判断し、エラー表示になります。
注意: 挟み込み危険。 パンタグラフ周辺(枠受けアーム/針棒付近)に手を入れる前に、電源OFFまたは動作ロックを徹底してください。センタリング動作が入るとX/Yモーターの力で指を強く挟む恐れがあります。
ここから順に確認(低コスト→高コスト)
- 差し込みの座り: 枠ブラケットが奥まで入り、確実に当たり面まで到達しているか
- つまみネジ: 黒いつまみが緩んでいないか(“動かない”まで締まっているか)
- ゴミ/糸くず: センサー周辺に糸くずが噛むと、厚みの読み取りがズレます(エアで軽く除去)
- 付け直し: いったん外して付け直し、認識音/表示を再確認
補足: 新品の brother pr1055x を導入した直後にこの症状が出ると「初期不良?」と疑いがちですが、実際はこのネジの締まりが原因のことが多いです。ここが緩いままだと、以後の作業すべてに“位置ズレのクセ”が入りやすくなります。
社外枠で起きる「中心のウソ」:durkee ez frames の幾何学的ズレ
枠が認識できたら次の壁が出ます。中心が合っていない問題です。
社外のクランプ枠は、厚手素材や縫いにくいアイテム(硬いバッグ、厚手ジャケット等)を安定して保持でき、現場では重要な治具です。一方で、取り付け自体は純正と同じアームでも、枠の“張り出し量”などの幾何学が純正と異なることがあります。

まず純正枠で基準(正常)を作る
ズレを語る前に、機械が正常であることを確認します。動画では、純正の200×300mm枠にスタビライザー(裏当て)を入れ、中心に青い点を付けて検証しています。
- テスト: 針を下ろして(針位置確認)中心点に合わせる
- 結果: 針先が青点の真上に来る
- 結論: 純正枠に対しては機械の基準が正しい

durkee枠に交換すると、同じ設定でもズレる
次に、画面操作を変えずに durkee の枠へ付け替えます。取り付けアームは同じでも、
- 現象: 針を下ろすと中心点から約20mmずれている(動画では中心点より“上側”)
- 理由: 枠が機械本体からより前方へ張り出す設計になっており、機械の座標系(ゼロ点)が想定する中心と物理中心が一致しない


イメージ: 同じ場所に立っていても、手元にあるもの(純正枠)と、腕を伸ばした先にあるもの(社外枠)では“中心”の位置が変わります。機械の座標は変わらないので、こちらが補正して合わせる必要があります。
マグネット枠の位置づけ(作業改善の選択肢として)
厚物や衣類の枠張りで、中心合わせに時間がかかったり、枠跡が気になったり、ネジ締めで手が疲れたりするのは現場あるあるです。
ただし本記事の主題はあくまで「認識とセンター補正」です。治具の選択は作業量と素材で決めるのが現実的です。
注意: マグネットの安全。 工業用のマグネット刺繍枠は強力なネオジム磁石を使用することがあり、強い力で吸着します。指を挟まないこと、ペースメーカーや磁気カード等への影響に注意してください。
手順:枠の中心を補正する(Y -18.5mm)
当てずっぽうではなく、ズレ量を測って“再現できる数値”に落とし込みます。ここでは、機械側の位置合わせ(ジョグ)で、針が枠の物理中心に来るようにY方向を補正します。

何をしているか(なぜ効くか)
やることは「ズレ量を見える化して、その分だけY座標を動かす」だけです。動画のケースでは Y = -18.5 mm が中心一致の値として出ています。
※同じ8×8でも個体差や取り付け状態で -18.0 や -19.0 になる可能性があります。数値は目安として、最終判断は針先とマーキングの一致で行います。
準備(材料が雑だと数値がブレます)
精度を出すには、段取りが重要です。
- スタビライザー(裏当て): 位置合わせ用に、動きにくいものを使う(動画ではスタビライザーを使用)
- 細字マーカー: 中心点を明確にする
- 目印: 中心が分かる点(ドット)を作る
- 記録用ペン: 後で枠に数値を書けるもの
準備チェック(画面操作の前に):
- 中心マーク: スタビライザーに中心点(青点など)を付ける
- ネジ再確認: 黒いつまみネジが緩んでいない
- 針先が見える: 針先が確認しやすい状態にする
- 記録の用意: 枠に書き込むための油性ペンを手元に置く
セットアップ:Design Centerで“自動センター”の図形を作る
Brother PRの画面で Design Center を開き、円などの単純図形を作成します。これにより、機械側は図形を中心(X=0, Y=0)に置いた状態からスタートできます。

操作:ジョグで針先を中心点に合わせる
針先と中心点がズレているのを確認したら、画面の矢印キーで位置を動かします。
- 針を下ろして確認: 針先がスタビライザーのすぐ上に来るようにして見やすくする
- 矢印キーで移動: 動画のケースでは、中心に合わせるために 下方向(Yマイナス方向) へ動かします
- 目視で追い込む: 針先が中心点の真上に来たら止める

針先が中心点に一致した時点で、画面の座標を確認します。動画ではY軸が -18.5 mm になっています。

数値は“枠に書いて”標準化する
この作業を毎回やり直すのは非効率です。必ず枠に書いて運用を固定します。
油性ペンで、durkee枠の持ち手などに「Y -18.5」と記入します。これで次回からは、同じ枠を使うたびに同じ補正値で素早く位置合わせできます。
これは作業者の勘に頼らず、治具を“管理する”ための基本です。brother pr1050x 用 刺繍枠 でも brother pr1055x 刺繍枠 でも、枠や治具に情報を書いて標準化するのは、段取り時間を削る最短ルートです。
なぜマイナス(-)になるのか
動画では針が中心点より“上側”に来ています。中心に合わせるには、デザイン(座標)を下へ動かす必要があり、Brotherの座標系では下方向がYマイナスになります。
作業完了チェック:
- 針先が中心点の真上に一致している
- 画面のY補正値が約 -18.5mm になっている
- 枠に「Y -18.5」を記入した
安全最優先:補正後は“縫える範囲”が上側で減る
センターは合いましたが、別のリスクが生まれます。中心を下げた分、デザイン上側が機械の可動限界に近づき、枠に当たる危険が増えます。
動画で示されている意味
Brother PRシリーズには、パンタグラフが物理的に動ける範囲の上限があります。動画では、縫製可能な高さが概ね 7と7/8インチ 程度であることに触れています。
そのため、中心を -18.5mm 下げて合わせると、8×8枠の上側約1インチが“安全に縫えない領域”になり得ます。



「針を折らない」ためのルール
枠やスタビライザーが物理的にそこにあっても、機械がそこまで到達できない(または枠に干渉する)なら縫ってはいけません。
上側ギリギリにデザインを置くと、可動限界でモーターが突き当たったり、針周りが枠バーに当たったりして事故につながります。
対策: 社外枠を使うときは、毎回「トレース(Trace)」で外周を確認し、上側の枠バーに近い場合はデザインを下げる/縮小するなどで逃がしてください。
素材別:センター精度を落とさない保持の考え方
補正値が正しくても、枠張り中に素材がズレれば意味がありません。数mmの滑りで、位置合わせは簡単に崩れます。
- 硬い素材(キャンバス、厚手ジャケット等)
- 課題: 厚みで保持が不安定になりやすい
- 考え方: durkee ez frames クランプ枠 のようなクランプ枠でしっかり保持し、ズレを抑える
- 滑りやすい/伸びる素材(スポーツ系ニット等)
- 課題: 枠張り時に“クリープ”して中心が動く
- 考え方: スタビライザー選定とテンション管理を優先し、枠張り時の歪みを最小化する
- 補助: hooping station for embroidery machine のような枠固定台を使うと、枠張りの再現性が上がります
- 量産/同柄の繰り返し
- 課題: 作業者の疲労で枠張り品質がブレる
- 考え方: 治具と手順の標準化(補正値の記入、トレース徹底)でブレを潰す
「縫える面積が減るのに、なぜ8×8を使うの?」への答え
コメントでも「縫える範囲が減るなら、8×8枠は何のため?」という疑問が出ています。
現場的な答えは、縫い面積だけが価値ではないからです。8×8枠は、衣類や厚物を扱うときに、ファスナー・ボタン・段差などを針周りから逃がしやすく、枠張り作業そのものがやりやすくなります。ロゴが小さくても、作業性と安全マージンのために大きめ枠を選ぶ判断は十分にあります。
よくある質問(コメントより要約)
- 疑問: 「社外枠を使うと、枠サイズ表示が思った通りにならない/大きい枠を要求される」
- 整理: まずは枠認識のネジ(黒いつまみネジ)の締まりを疑い、次に“機種に合ったアーム(取付金具)か”を確認してください。コメントでは、機種とアームの組み合わせが合っていない可能性に触れられています。
- 疑問: 「スタビライザーを押さえるクリップは何を使っている?」
- 回答(動画投稿者の返信): Rapesco Supaclip を使用しているとのことです(粘着タイプのスタビライザーを使わないときに便利)。
現場用チェックリスト(機械の横に貼る)
- 差し込み確認: 枠ブラケットが奥まで確実に入っている
- つまみネジ: 黒いつまみネジを“毎日”締め直す
- 補正値の運用: 枠に記入した「Y -18.5」を基準にセットアップする
- トレース必須: 社外枠では毎回トレースで干渉確認してからスタート
結果
刺繍はミリ単位の管理です。この手順を押さえると、社外枠でも“勘”ではなく“再現性”で回せるようになります。
- 仕組みの理解: Brother PR hoop recognition はレバーで読む物理入力だと分かる
- エラー対策: 「大きい枠に交換」系の誤表示は、黒いつまみネジの緩みを最優先で疑える
- 位置合わせの標準化: Y -18.5 mm を枠に記入し、毎回同じ手順でセンターを再現できる
- 安全運用: 上側の“縫えない領域”を理解し、トレースで枠干渉を回避できる
手作業の補正に限界を感じたら、治具や運用の標準化で作業時間を削るのが次の一手です。目的は常に同じで、安定した品質の刺繍を、事故なく、ムダなく出すことです。
