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刺繍専用機を選ぶ理由(段取りの分離が生産性を上げる)
キルトブロックに名前を1つ入れるだけなのに、ミシン周りを片付けて刺繍ユニットを出して……という段取り替えで手が止まった経験があるなら、ボトルネックは「刺繍そのもの」ではなく「段取り」だと実感しているはずです。刺繍専用機はぜいたく品ではなく、作業を分離して同時進行できるようにするための“工程設計”です。つまり、
- 「刺繍(生産)」を回しながら
- 「縫製/組み立て(構築)」を別機で進める
という運用が可能になります。
動画では、Aliceが刺繍専用機を2台(BERNINA 500と700)並べて比較しています。ここで注目したいのは外観ではなく機械の思想です。両機とも送り歯がなく、X-Y移動(刺繍動作)に特化した設計。コンビ機にありがちな“縫う機構との兼ね合い”が少ない分、刺繍運用に寄せた使い方がしやすいのがポイントです。

この記事でわかること
動画内容を、業務寄りの運用目線で整理します。
- 500 vs 700の実務比較:スペック表ではなく、日々の段取りと生産性に効く差はどこか
- スタビライザーの考え方:「ちぎる/切って残す/溶かす」で迷いを減らす
- 作業の安全・安定化:「スタート前に潰す」ためのチェックポイント
- 治具・枠のアップグレード:標準枠からマグネット刺繍枠へ切り替える判断軸
動画で強調されていたBERNINA 500/700の要点
Aliceの説明は、宣伝文句よりも“運用上の現実”に寄っています。
- 送り歯なし=刺繍専用:両機とも刺繍に特化。縫製は別機に任せる前提で、刺繍を回し続ける運用がしやすい
- Pinpoint Placement(ピンポイント位置合わせ機能):単なる便利機能ではなく、位置ズレ(枠張りのズレ)を回収する保険。ストライプ柄や既製服で特に効く
- Park(パーク)機能:700のみ:700は専用ボタンで枠を退避できる。500はメニュー操作が必要。回数が増えるほど“地味に効く差”になる
- 懐(スロート)制限の落とし穴:Aliceが明言している通り、BERNINA 500はMaxi Hoopに対応しません。上限はMidi Hoopです

チェックポイント:枠サイズは「便利さ」ではなく「生産設計」
初心者は枠サイズを「大きいと便利」程度に捉えがちですが、現場では“1回の枠張りで何をどれだけ回せるか”という生産設計に直結します。
- Midiで足りるケース:ポケット、ベビー服、左胸ロゴ(4x4〜5x7インチ相当)中心なら、500の上限でも運用可能
- Maxiが必要になるケース:ジャケット背中、キルトの大きめブロック、複数デザインのまとめ打ち(段取り回数削減)を想定するなら、500の非対応は致命的になり得ます
bernina マグネット刺繍枠 サイズを調べるとき、単に寸法を知りたいのではなく、段取り時間(枠張り)と刺繍時間の比率をどう改善できるかを見ています。枠が大きいほど、素材を“浮かせ”たり、デザインを“まとめ打ち”したりしやすく、枠張り回数が減ります。
注意:安全(機械動作) 刺繍アームは高速で動きます。稼働中に生地を触ったり、糸切りをしたりしないでください。手・ハサミ・髪の毛は常に枠の可動範囲(枠外周)から خارجすのが基本です。
スタビライザー理解が仕上がりを決める(波打ち・歪みの根本対策)
スタビライザーは「消耗品」ではなく、刺繍の土台(構造材)です。波打ち、位置ズレ、アウトラインの崩れなど“素人っぽく見える原因”の多くは、安定化の理解不足から起きます。
動画では、完成品のFirefly Toteを例に、波打ちゼロのきれいな刺繍を見せています。

動画で整理されていた3分類(ちぎる/切って残す/溶かす)
Aliceはスタビライザーを「どう外すか」で3つに整理しています。
- ティアアウェイ(ちぎり):刺繍中だけ支えて、あとでちぎって除去。伸びない安定素材(綿布、タオル等)向き
- カットアウェイ(切って残す):余分を切るが、刺繍裏に残して支え続ける。ニットや着用で動くものは基本これ
- ウォッシュアウェイ(溶かす):水で溶解。フリースタンディングレース(FSL)や、毛足素材の上面押さえ(トッピング)に使う
「レシピ」発想:波打ちを減らす考え方
刺繍は、生地に針穴を開け、糸の張力で引き寄せる工程です。支え(スタビライザー)が弱いと、糸の引きで生地が負けて波打ちます。
- 触って確認(織物+ティアアウェイ):枠張り後、軽く叩いて“張り”が出ているか
- 伸び確認(Tシャツ等):枠内で少しでも伸びるなら、その時点で不安定。カットアウェイで動きを止める発想に切り替えます
「枠跡が出る」「枠圧で生地がつぶれる」などの悩みからマグネット刺繍枠を検討する人が多いのは、従来枠が“摩擦と強い締め付け”で保持するのに対し、マグネット刺繍枠は“上から押さえる力”で保持しやすく、繊維をつぶしにくいからです。
黒い服で「白が透ける」問題を止める
Aliceが典型的な失敗例として挙げているのが、黒いパーカー等で白いスタビライザーが見えてしまうケースです。
- 症状:サテンの隙間や裏側に白い毛羽が目立つ
- 動画の対策:黒のヘビーウェイト・カットアウェイ+黒の下糸(ボビン糸)
- 現場の補足:白しかない場合は、トリミング後に見える端を布用マーカーで処理する手もありますが、安定した品質を狙うなら黒資材を常備するのが確実です
フリースタンディングレース(FSL):動画で紹介された“組み合わせ”
自立するレースは、溶解系でも“強度”が必要です。Aliceが推していた組み合わせは以下です。
- レイヤー1:OESD Badge Master(厚手の水溶性)
- レイヤー2:OESD AquaMesh Plus(粘着タイプの水溶性)

判断フロー:生地+用途で迷わない
当てずっぽうをやめて、順に判断します。
- 素材がなくレース単体(FSL)?
- YES:ウォッシュアウェイ(厚手+粘着の組み合わせ)
- NO:次へ
- 着用で伸びる(Tシャツ/パーカー/ニット)?
- YES:カットアウェイ(例外なし。支えを残す)
- NO:次へ
- 薄い/目が粗い/不安定?
- YES:カットアウェイ(またはメッシュ系)
- NO:(標準的な織物)ティアアウェイ
準備チェック(スタビライザー+見落としがちな消耗品)
刺繍が遅い原因は、刺繍中ではなく“探し物”であることが多いです。先に揃えるだけで作業が安定します。
- スタビライザー:上の判断フローに合っているか
- トッピング:ミンキーやタオルなど毛足素材には水溶性フィルム
- 仮止め:枠に張れないものを“浮かせ”る場合の一時固定
- 針:消耗していないか(刺繍用を基本に)
- ピンセット:糸処理用
- 印付け:十字基準(クロスヘア)を作るためのチャコ等

刺繍スタジオにあると事故が減る仕上げ工具
「家庭っぽい仕上がり」になるか「商品として成立するか」は、最後の仕上げで差が出ます。Aliceが紹介していたのは、ハサミで起きがちな失敗を減らす工具です。
Point and Press:角出しをきれいに、布を傷めにくく
角を返す作業で、ハサミの先を使うと縫い代を突き破る事故が起きやすくなります。Point and Pressは“縫い目に圧をかける”発想で、角を出しやすい工具です。

現場目線のポイント: 角を出すときに必要なのは「刺す」ことではなく「押す」こと。縫い代側から押して形を作ると、穴あき事故が減り、角が揃いやすくなります。
アイレットパンチ:リボン穴で刺繍糸を切らない
刺繍で穴(アイレット)を作ったあと、ハサミで切り開こうとしてサテンの縁を切ってしまう——これは現場でもよく起きる“やり直し案件”です。
Aliceは、サイズ違いのビットがあるアイレットパンチ工具を紹介しています。

工程設計の視点: 枠固定台のような効率化機材を入れても、最後の穴あけで詰まると全体が遅くなります。パンチは垂直に抜けるので、周囲の刺繍糸を巻き込みにくく、仕上げの再現性が上がります。
現場のコツ(動画内容をルール化)
穴あけのルール: ハサミで「刺してひねる」はしない。自己修復マット等の上で、パンチを垂直に一気に入れる。
注意:工具の安全 パンチは強い力が必要です。必ずカッティングマットを敷き、利き手ではない手を打ち込み範囲に置かないでください。
クリスマス向け作例に学ぶ(素材ごとの“刺繍の物理”)
Aliceは完成品を見せながら、素材の違いが仕上がりにどう出るかを説明しています。
Firefly Tote:スタビライザーが効いた成功例

- 素材:しっかりした生地(安定)
- 結果:波打ちが出にくい
- 理由:素材自体が糸の張力に負けにくい。初心者の最初の成功体験に向く
ミンキー等のギフト小物:トッピングと支えが必須
動画ではミンキーのビブも登場します。

補足(素材特性):ミンキーは毛足があり、伸びやすく、動きやすい素材です。
- 落とし穴:刺繍が毛に沈んで見えにくい/伸びで丸が楕円になりやすい
- 対策:水溶性トッピングで沈みを防ぎ、裏はカットアウェイで動きを止める
FSLデコ:刺繍だけでなく“組み立て”が品質を決める
Aliceは立体のかぼちゃ等、FSLの組み立てにも触れています。

作業のコツ:パーツを合わせるときは、アリゲータークリップ等で仮保持すると位置がズレにくくなります。指だけで細い縁を揃えるのは難易度が上がります。
小ロットに移行するときの考え方
1個作るのと、50個作るのでは“手首の負担”が別物です。枠ネジを何十回も締める運用は、疲労の蓄積につながります。
このタイミングでマグネット刺繍枠を検討する人が増えます。標準枠の「緩める→押し込む→引っ張る→締める」を、マグネットの「上から固定」に置き換え、段取りを短縮しやすいからです。
クラス/ワークショップ(ソフト習得の重要性)
動画ではソフトウェア(V9など)のクラスやクラブ活動にも触れています。既製デザインを買うだけの運用から一歩進むには、ソフトの理解が近道になります。

現場提案:フィードバックが速い課題で練習する
最初から大きいキルトに行くより、短時間で結果が見える小物の方が上達が早いです。5〜10分で縫い上がる小さな課題なら、スタビライザー選定の良し悪しがすぐに分かります。
準備(見落としがちな消耗品と事前チェック)
成功は「準備9割」です。
初心者の失敗を大きく減らす事前チェック
- 下糸周りの確認:Aliceは「高テンション(黄色)」の刺繍用ボビンケースに触れています。縫製用と刺繍用を取り違えると、張力差が出やすくなります
- 糸掛けの確認:テンション皿に確実に入っているか(抵抗感があるか)
- 枠のクリアランス:デザインの四隅まで枠を動かし、壁やテーブル、布の引っ掛かりがないか
- bernina マグネット刺繍枠使用時の固定確認:取り付けブラケットが確実に噛み合っているか。固定が甘いとサテンが“段付き”になりやすい
準備チェックリスト
- 針:直近8時間以内に交換したか
- ボビン:刺繍用テンションのケースか
- 糸:上糸の太さと針番手の組み合わせは適正か
- デザイン:向き(必要なら90度回転)を確認したか
- スペース:枠の移動範囲の後方スペースを確保したか
セットアップ
準備から本番へ移る橋渡しです。
動画に出てきた枠(Midi/Maxi/クランプ枠)
AliceはMidi、Maxi、クランプ枠に触れています。
標準枠のつまずき: 標準枠でピンと張ろうとして生地を引っ張ると、バイアス方向が伸びます。枠から外した瞬間に戻って、円が楕円になるなどの歪みにつながります。
枠張りの原則:張力は必要、歪みは不要
生地は「固定」したいのであって、「引き伸ばす」必要はありません。
- 例:厚手ジャケットで内枠が入らない/薄手で枠圧が怖い
- 対策レベル1:クランプ枠(動画で言及)を使う
- 対策レベル2(生産向け):bernina マグネット刺繍枠へ
- 厚みの違いに追従しやすく、ネジ調整の手間を減らしやすい。横方向に引っ張らず、上から押さえる固定がしやすい
注意:マグネットの危険 ネオジム磁石は非常に強力です。
1. 挟み込み:勢いよく閉じることがあるため、指を挟まないように注意
2. 医療機器:ペースメーカー等を使用している方は、メーカー指示の距離を必ず守ってください
セットアップチェックリスト
- 枠サイズ:デザイン+周囲1インチの余裕が取れるか
- 枠の装着:アームへのロックは確実か
- スタビライザーの大きさ:四辺が枠でしっかり掴めるサイズか
- 位置合わせ:Pinpoint Placementで印に合わせたか
運用(刺繍中の管理と仕上げ)
機械が動き始めたら、オペレーターの仕事は“監視と介入判断”です。
手順:位置確認からきれいな仕上げまで
- トレース(外周確認):針の動きが枠端やクランプに当たらないか確認
- 糸絡み(鳥の巣)予防:最初の3〜5針は上糸端を軽く保持して吸い込みを防ぐ
- 音で異常検知:
- 規則的な打音:正常
- キュッという高音:針の摩耗や粘着剤の付着の可能性
- ガンガンという衝撃音:即停止。枠や金具に当たっている可能性
- 仕上げ:
- 枠から外す
- 糸処理(カーブシザー等で近く)
- スタビライザーをちぎる/切る
- 角はPoint and Pressで整える
- 穴はアイレットパンチで開ける
小ロットでも位置の再現性が重要なら、刺繍用 枠固定台で基準位置を固定すると、左胸ロゴ等の位置ブレを減らしやすくなります。
運用チェックリスト
- 開始:上糸端を保持したか
- 音:異音なしで回っているか
- 色替え:ジャンプ糸を都度処理して裏を汚さないか
- 仕上げ:印が残る場合、アイロン前に消せるタイプか確認したか
品質チェック(QA目線で見る)
完成したら「きれいに見える」だけで終わらせず、原因が追える見方で確認します。
- 密度(透かし確認):光にかざしてサテンの隙間が目立つなら、保持ズレや下地不足の可能性
- 裏の触感:裏がゴワつく/ループが出るなら、下糸テンションや糸掛けを疑う
- 位置合わせ(アウトライン):アウトラインが塗りに乗らず隙間が出るなら、枠内で生地が動いた可能性。次回はスタビライザー強化やマグネット刺繍枠を検討
- 黒物:白い毛羽が見えたら、次回は黒資材(黒スタビ+黒ボビン)に切り替えるメモを残す
トラブルシューティング
問題が起きたら、安い対策から順に切り分けます。
1)黒い服で白いスタビが見える
- 症状:縁が“塩コショウ”っぽく見える
- 原因:コントラスト素材に標準(白)資材を使った
- 応急:見える端を布用マーカーで処理
- 予防:黒のカットアウェイ+黒の下糸(ボビン糸)
2)糸切れ/糸が毛羽立つ
- 症状:上糸が頻繁に切れる、糸がささくれる
- 原因:針の摩耗、針の傷、糸掛け不良
- 応急:針交換→再糸掛け(押さえを上げてから)
- 予防:刺繍用針と品質の安定した糸を使う
3)波打ち/生地がうねる
- 症状:刺繍周りが地形図のように波打つ
- 原因:枠張り時に生地を引っ張って伸ばした(外すと戻って歪む)
- 応急:スチームで改善する場合もある
- 予防:枠内で引っ張らない。マグネット刺繍枠で上から固定するか、カットアウェイを強くする
枠張りテンションが安定しない場合、マグネット刺繍枠が“手癖による伸ばし”を減らし、波打ちの原因を潰しやすい選択肢になります。
まとめ(変数を管理すれば刺繍は安定する)
刺繍は変数のゲームです。管理すべきは「機械」「枠」「スタビライザー」「糸」。
- 機械:刺繍専用機(BERNINA 500/700)はPinpoint Placementなど運用に効く機能がある
- 土台:判断フローで、織物はティア、着用物はカット、レースはウォッシュ
- 段取り:ボビンケース等の前提条件を揃える
- 工具:ハサミ事故を減らすため、Point and Press/アイレットパンチを使う
段取りがつらい、手首が痛い、位置が揃わない——そう感じたら、まずは工程のボトルネックを見直してください。枠固定台やマグネット刺繍枠は、単なる便利グッズではなく、作業寿命と品質を伸ばすための“現場投資”になります。
