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3Dパフ刺繍は「サイズ」が命
3Dパフ刺繍は、単針機ユーザーにとって“最難関”になりがちな技法です。見た目はシンプルで、フォームを置いて高密度のサテン(サテンカラム)で縫い、余分なフォームをちぎって立体文字を出す——という流れ。
ただ実際は、仕上がりの立体感は フォーム厚み・縫い密度・針の貫通回数(穿孔) のバランスで決まります。どれかが崩れると、文字が「盛り上がらない」「フォームがちぎれない」「毛羽立つ」などの不具合が一気に出ます。
動画ではTaeがBrother Persona PRS100で、グレーの厚手パーカーに胸いっぱいの分割デザインを挑戦しています。位置合わせと完走という意味では成功ですが、本人はパフ感を「失敗」と評価。理由は明確で、購入した3Dフォントを 3インチ→7インチ に大きく拡大したことで、ステッチが“太く・長く・寝て”しまい、フォームを押さえ込む力が足りなくなったためです。
「パーカーに大きい3Dパフを入れたい」「機械を壊さずにやり切りたい」という表の目的と同時に、現場では「材料と時間を無駄にしたくない」という裏の目的があります。本記事は理屈よりも、失敗しにくい手順と確認点に寄せて整理します。

フォントを拡大すると密度が崩れる問題
Taeの一番大きい学びは、コストがかかるけれど重要です:3Dパフ用にデータ化されたフォントでも、大幅拡大後に同じ挙動をするとは限らない。
3インチから7インチへ拡大すると、ソフト側がステッチを再計算します。その結果、サテンカラムが広くなり、1針あたりの距離が伸びやすく、フォームを「切る/巻く」ための圧が不足します。
イメージとしては、チーズカッターのワイヤーです。細く張ったワイヤーは切れますが、太くたるんだワイヤーは潰すだけ。
3Dパフが成立する“当たり所”は、だいたいこの3つです。
- 圧縮(Compression): 糸がフォームを端まで押し込み、輪郭が立つこと
- 穿孔(Perforation): 針が十分な回数刺さり、フォームがきれいにちぎれること
- 被覆(Coverage): フォーム色が見えないだけの密度があること
拡大しすぎると、ソフトが一般刺繍寄りの密度に戻りやすく、フォームの上を“またぐ”ような長いサテンになり、フォームに食い込みません。
3Dフォーム向けフォントの選び方
動画では、購入した3Dフォントと 3mmフォーム を使用しています。重要なのは購入元ではなく、データの設計範囲です。すべてのサテン文字が拡大に耐える設計ではありません。
安定させたい場合は、次の考え方が安全です。
- サイズに合わせて買う: 必要サイズ向けにデータ化された3Dパフ用フォントを選ぶ(小さいものを無理に拡大しない)
- まず1文字だけで検証: いきなりパーカー本番に行かず、同条件(同じフォーム・同じ糸・同じスタビライザー)で1文字だけ試す
- 大物ほど慎重に: パーカーは生地が重く、縫い数も増えます。Taeは大きいパートで約30,000針かかったと話しています。
拡大すると「潰れて見える」実務的な理由
現場で体感できる理由はシンプルです。サテンカラムが広くなるほど、糸は中央部で“たわみ”やすく、フォームを押さえ込む力が逃げます。結果、角が立たず、ふくらみが寝た「枕」っぽい見え方になります。
診断の目安としては次の通りです。
- ちぎった後にフォームがギザギザ・毛羽立つ → 密度(穿孔)不足 の可能性
- フォームが縫い目の中に残って色が見える → 被覆不足 の可能性
成功率を上げる道具:マグネット刺繍枠と枠固定台
この案件は「道具で生産性が決まる」典型例です。Taeは マグネット刺繍枠 と 枠固定台 を使い、滑りやすいスタビライザーと重いパーカーを安定させています。
趣味から小規模受注へ移行する人ほど、道具選びは「状況→判断基準→選択肢」で整理すると迷いません。
- 状況(トリガー): 厚手パーカーで通常フープが閉まらない/枠張りがつらい/連続作業で手首が痛い
- 判断基準: 生地を潰しにくく、再枠張りが速く、位置合わせが再現できること
- 選択肢:
- レベル1: 標準プラ枠(負荷が高く、枠跡リスクも高い)
- レベル2: マグネット刺繍枠(手の負担が少なく、固定が速い)
- レベル3: 枠固定台(毎回まっすぐ・同じ位置に合わせやすい)
単針機の家庭・小規模運用でも、マグネットは贅沢品というより「枠跡を減らし、枠張りを安定させる安全装置」として効きます。

枠固定台が位置合わせに効く理由
Taeの手順は「テンプレ→中心印→枠替え」を繰り返す再現型です。枠固定台は外枠を安定させる“第三の手”になり、スタビライザーに十字を引く作業や、パーカーを押さえ付ける作業がブレにくくなります。
チェックポイント: 台にセットしたとき、枠が治具にしっかり収まり、ズレずに固定できること。これにより、
- スタビライザーへ十字線を引くときに材料が滑りにくい
- 仮止め後にパーカーを均一に押さえられる
- 分割デザインでも“生産基準”の位置合わせがしやすい

厚手パーカーでマグネット刺繍枠が有利な理由
Taeは「生地は枠に挟まず、スタビライザーだけ枠張りして、パーカーは貼り付ける」フローティングで進めています。マグネット刺繍枠は、スタビライザーを素早く均一に張れるため、この方法と相性が良いです。
厚手素材が通常枠で難しい理由は主に3つ。
- 物理的に閉まりにくい(厚みで内外枠が噛み合わない)
- 締め込みで歪む(ネジ締めで生地がねじれ、中心がズレる)
- 枠跡が出やすい(摩擦と圧で跡が残る)
マグネットは摩擦で引っ張るのではなく、上から押さえる力で固定するため、スタビライザーを基礎として安定させやすい、というのが動画の流れです。
マグネット枠でも「枠跡」対策は意識する
枠跡は、枠の圧痕が生地に残る現象です。Taeはフローティングなので生地自体を強く挟む場面は少ないですが、作業中に端を軽く押さえるだけでも素材によっては跡が残ることがあります。
注意:針・枠の干渉リスク
マグネット刺繍枠はフレームが硬く、針がフレームに当たると針折れにつながります。必ずトレース(輪郭チェック)で安全域を確認してください。
フローティング(浮かせ枠張り)を安定させる
このワークフローの要はフローティングです。Taeの流れは、スタビライザーだけ枠張り→スタビライザーに中心線→仮止めスプレー→パーカーの中心印と合わせて貼る。
「構造(支え)」はスタビライザーに任せ、「見せる素材」は貼り付けで扱う、という分離がポイントです。

スタビライザーだけを枠張りする
Taeはマグネット刺繍枠に、まずスタビライザーだけを枠張りします。 チェックポイント: 枠張り後、スタビライザーがたるまず、均一に張れていること。3Dパフは穿孔が必要なので、土台がフニャつくとフォームがちぎれにくくなります。

仮止めスプレーの使い方
Taeは仮止めスプレーで、パーカーをスタビライザーに貼り付けます。 補足: スプレーは「軽く」かけるのが前提で、ベタ塗りにすると針周りに糊が付きやすくなります。
また動画では、最初にメッシュ系スタビライザーを試したものの、重さで波打ちやすくなり、途中でカットアウェイに戻しています。厚手パーカー+高密度(3Dパフ)+フローティングの組み合わせでは、剛性があるカットアウェイの方が安定しやすい、という判断です。

生地を挟まずに中心印で合わせる
Taeは、十字入りの紙テンプレを印刷し、熱で消えるペンでパーカー側に中心印を入れ、スタビライザー側の中心線と突き合わせます。 ここがズレると分割デザインは目立ちます。貼り付け前に、中心印が一致しているかを目視で確定してから押さえるのが肝です。
※コメントでは「PRS100の動画をもっと見たい」という要望があり、同機種での実例として参考になります。
Brother Personaでの実行手順(チェックリスト化)
動画の流れは、現場でも通用する基本形です:計画→マーキング→フローティング→縫製→後処理。 ここでは“作業ステップ”というより、次へ進むための「ゲート(合格条件)」として整理します。

まず何が学べるか
- 単針機での3分割デザイン運用
- 紙テンプレ(十字)での位置合わせ
- 仮止めスプレーを使ったフローティング
- 3mmフォームでの縫い〜剥がし
事前準備(見落としがちな消耗品と下準備)
3Dパフは消耗品の影響が大きいので、先に揃えておきます。
- 熱で消えるペン:中心印用(動画で使用)
- 仮止めスプレー:フローティング固定用(動画で使用)
- ピンセット:フォームの細かい残り取り(動画で使用)
- ハサミ:糸切り・裏のスタビライザー処理(動画で使用)
1. 事前チェック(「作業台OK」ゲート)
- 紙テンプレ(十字入り)を用意できている
- パーカー胸位置の中心を取るための定規/ガイドがある
- スタビライザーを枠張りできる状態(シワ・折れがない)
- 3mmフォームを必要範囲より少し大きめに切ってある
ステップ1 — デザイン計画とテンプレ印刷
Taeはソフトで「デザインのみ」を印刷し、十字(中心)を出して位置合わせに使っています。 チェックポイント: 印刷物に十字がはっきり出ていること。塗りが濃くて十字が見えない場合は、印刷前にデザイン色を薄くして十字を見やすくします(動画内の注意点)。

ステップ2 — 分割デザイン用にパーカーへマーキング
Taeはパーカーを平らに置き、胸の中心を取り、テンプレを並べて全体バランスを確認してから、各パートの中心印を熱で消えるペンで入れます。 チェックポイント: 首元からの位置は目安として約3インチ下(動画内の言及)。 成功条件: 3つのパートそれぞれに、中心印が明確に入っていること。

ステップ3 — 枠張り戦略:フローティング
Taeはカットアウェイをマグネット刺繍枠に枠張りし、スタビライザー側にも中心線を引き、仮止めスプレー後にパーカーを貼り付けます。 チェックポイント: 手でなでたときにシワや浮きがなく、押してもズレないこと。ズレる場合は、貼り直し(位置を合わせ直す)を優先します。

セットアップ:機械への装着と安全確認
Taeはパーカーの開口部(首側)を機械側に向ける向きでセットし、フレームに当たらないよう配置を確認しています。 重要: もし上下逆向きで枠張りした場合は、機械画面側でデザインを180°回転して向きを一致させます(動画内の手順)。
2. セットアップチェック(「安全」ゲート)
- 枠がアームに確実に装着されている
- 画面上のデザイン向きが、実際のパーカー向きと一致している
- 余った生地(袖・フードなど)が針下に入り込まないよう逃がしている
- トレース(輪郭チェック)を実行する準備ができている
注意:トレースは必須
マグネット枠のフレームに針が当たると針折れや故障につながります。必ずトレースで干渉がないことを確認し、必要なら位置を微調整します。

ステップ4 — トレースで針と枠の干渉を防ぐ
機械のトレース機能(輪郭チェック)を使い、針がフレームに当たらないことを確認します。Taeも、縫い始め前にフレームに当たらないよう配置をマッピングしています。

ステップ5 — 3mmフォームで縫う
Taeは対象範囲にフォームを置き、縫製を開始します。 チェックポイント: フォームが文字範囲を確実に覆っていること。 つまずきポイント: フォントを大きく拡大してサテンが広くなると、フォームに食い込まず、立体が出にくくなります(動画の結論)。
運転中の見張り(単針機の大物は“放置しない”)
大物パーカーは自重で引っ張られやすいので、縫製中も生地の重みが枠にかからないよう取り回しを意識します。
3. 運転チェック(「稼働中」ゲート)
- フォームがズレていない
- 生地の重みで枠が引っ張られていない
- 枠替え前後で下糸(ボビン糸)の残量を確認できている
ステップ6 — フォームの除去と後処理
Taeは余分なフォームをちぎり、ピンセットで細かい残りを取って仕上げています。 作業のコツ: ちぎるときは、縫い目に対して無理に上へ引っ張るより、縫い目の“壁”に沿わせるように剥がすと残りが減ります。

ステップ7 — 残り2パートを同様に繰り返して完成
残りのパートも、フローティング→位置合わせ→縫製→フォーム処理を繰り返します。動画では「Emporium」パートが約18,000針と触れられており、分割でも縫い数が大きいことが分かります。 仕上げ: 裏側のカットアウェイを整えて完成です(動画でカット作業あり)。

判断フロー:フローティングで使うスタビライザー選び
Taeが遭遇した「メッシュが波打つ」問題を避けるための考え方です。
- Q1:素材は重い?(パーカー/スウェット系)
- はい → Q2へ
- いいえ(Tシャツ等) → メッシュ系でも成立する場合あり(要テスト)
- Q2:フローティング運用?(生地を挟まず貼り付け)
- はい → カットアウェイが安定しやすい(動画でも途中で切替)
- いいえ(通常枠張り) → 条件次第でメッシュも可
- Q3:高密度/高針数?(3Dパフ等)
- はい → カットアウェイ優先(波打ち・ズレのリスク低減)
よくある失敗の切り分け(現場用)
不具合はパターン化できます。症状→原因→対処を素早く当てます。
| 症状 | 可能性が高い原因 | まずやる対処 |
|---|---|---|
| スタビライザーが波打つ/シワが出る | 重いパーカーをフローティングしているのにメッシュ系を使った | 対処: カットアウェイに切り替える(動画でも切替) |
| フォームの縁が毛羽立つ | 密度(穿孔)が足りない/フォームがちぎれにくい | 対処: ピンセットで残りを除去し、次回はデータ(密度)見直しを検討 |
| 分割部分に隙間が出る | 貼り付け時の中心合わせがズレた | 対処: テンプレと中心印を再確認し、押さえる前に位置を確定する |
| 針折れ | フォームで針が振られる/枠に干渉 | 対処: トレースを必ず実施し、干渉があれば位置調整 |
| フォーム色が見える/立体が弱い | 拡大でサテンが広くなり、密度・被覆が不足 | 対処: 小さい3Dフォントの大幅拡大を避け、適正サイズのデータを使う |
仕上がりと結論
TaeはBrother Persona PRS100で、グレーのパーカーに大きな分割3Dパフ刺繍を完走しました。3回の枠張りを行い、マグネット刺繍枠+枠固定台を使って位置合わせし、仮止めスプレーによるフローティングで進めています。
一方で、本人が言う通りパフ感は「フラット寄り」です。これは手元のミスというより、3インチ設計の3Dフォントを7インチへ拡大したことで密度バランスが崩れたことが主因です。

最終まとめ(現場向け3点)
- フローティングはパーカーの定石: 生地を無理に挟まず、スタビライザーを土台にする
- 3Dは“密度の物理”が支配する: 大幅拡大は立体を潰しやすい
- 位置合わせは治具化で勝つ: マグネット刺繍枠と枠固定台で再現性を上げる
上のチェックリスト通りに変数を潰していけば、厚手パーカーでも「ズレ」「波打ち」「フォーム処理の地獄」を減らしながら、安定して3Dパフに挑戦できます。
